近衛騎士は大はしゃぎ
前話の裏話です。近衛騎士の皆様、大はしゃぎ。幾つになっても男の子だもんね。
ミリアと共に王宮へ呼ばれたのは、タムルク王国との終戦協定が城塞都市オラークスで正式に結ばれてから半年後、国際連携機構の設立総会からは一月前の事だった。
呼び出しの使者は近衛騎士。護衛として一小隊で来ている。なかなかに仰々しいけど、顔触れを見て驚いた。なんと俺の元部下が混じってたんだ。
お前、王都警備隊で王都の東門中隊に居たはずだろ。なんで近衛騎士になってんの。
「いや、実は近衛兵が人手不足で貴族街の警備に王都警備隊が動員されまして」
うん、知ってる。
「平民街と貴族街の扱いが同じではいかがなものかという話が出まして」
あー、有りそうな話だ。特に伯爵家って高位貴族の中では下の方だから、かえって権威主義だったりするし。
「で、近衛兵の業務を近衛騎士団が兼任することになりまして」
いや待て。近衛騎士は王族の警護を専任するエリート集団だぞ。全員が侯爵以上の家の子弟で王位継承権を持つ、陛下の私兵なんだけど。王宮内なら有りだけど、貴族街の警備やらせるって無理じゃないか。
「そうだったんですけどね。タムルク王国と戦争が起きたら、近衛騎士の皆様が大挙して騎士団に移動されたんですよ。王宮に残るより国軍に入って国を護りたいって」
そうだった。騎士団のスマホモドキを持ってる高級軍人って、ほとんど元近衛騎士だった。
「それでまあ、欠員を埋めるために王都警備隊から騎士爵持ちを集めて、名目上近衛騎士を名乗って良いってことになりまして。さすがに王宮には入れないし、担当は貴族街だけです」
俺が出征している間にそんな事になってたとは。びっくりだよ。
後で聞いた話だけど、封建社会解体のための布石だそうな。
近衛騎士に限らず特権階級を廃止するのは反発が大きいから、そのまま残して門戸を広げて、特権を有名無実化していくとか。
そういや、家の伯爵領の代官になってもらったスミス氏、将来は平民出身の近衛騎士を誕生させるとか言ってたっけ。
「遅ればせながら、伯爵陞爵と大将昇進、心からお祝い申し上げます。おめでとうございます、隊長」
昔の役職で呼ばれて、ほっこりした。裏の無い純粋な祝意というのは、嬉しいものだ。
王宮に着いて通された場所は元貴賓室、現聖女執務室だ。
正直、この部屋は苦手だ。ミリアが聖女ではなく、天津箱舟船長として扱われるから。
国王陛下が下座で俺が上座って、いつまで経っても慣れません。
「大変申し訳ないが、どうしても天津箱舟の機能を使わねばならぬ事態になった。惑星開発プログラムの根幹を成す交通網の整備なのだが、既存の工法では完成までに時間が掛かりすぎると結論が出た。それも国力を全て振り向けてだ。陸上の街道と違い運河ではな。水源まで繋げなければ、一部だけ運用開始も出来ぬ」
それって、実現不可能って事じゃないですか、陛下。
その後見せられた設計図というか計画書? 地図? 大机の上に拡げられた図面には、十を超える池とそれを結ぶ複数の線が引かれていた。中央部にいくつかシミのような不定形の模様が描かれている。
陛下が模様の中についている黒い点を指差された。
「この点がデパ国王都デルーア、こちらがトマーニケの帝都トマニア、これがタムルク王都だ」
……あの、このシミって、国境なんですか。縮尺が可笑しくないですか。既存の国が全部まとめて手のひらに収まるんですが。この池、洗濯桶くらいはありますよね。
「池ではなく、海と呼んでくれ。この筋が運河だが、実質的には海と海を結ぶ海峡になる。現在の人類の生存圏に係わるのはこの一本だけだが、他の運河も一度に造ってしまいたい。神の奇跡は、そう何度も起こせないからな」
それまで黙っていたミリアが、不思議な事を言い出した。
「うーん、火星の幻の運河みたい。確かにこれを造るのは、専用の重機を使ったって何百年もかかるでしょうね。重機無しだと何千年だろ。ピラミッドを造る方がずっと簡単そう」
何でも、惑星開発プログラムは五千年前には策定済みだそうで、天津箱舟のポテンシャルなら出来て当たり前だそうな。
直線部分は天津箱舟から直接砲撃して一瞬で掘削するし、細かな修正は近衛騎士が操縦する搭載艇の編隊飛行で行うのだとか。
理解できない言葉が混ざるのはいつもの事だが、ホウゲキとかヘンタイヒコウって何だ。陛下も首を傾げてらしたけど、ブルーインパルスって何。そんなに興奮する物なのかミリア。
「とにかく、神の奇跡で押し通すしかない。再現不可能としておかなければ、どんな騒動が起きるか、考えたくも無いのだ。各国との調整は王宮が請け負うが、船長閣下には聖女としての立場で表舞台に立っていただくことになる」
陛下が憮然としていらっしゃる。
「すでに聖女としてのお披露目が済んでいる以上、神の奇跡と紐付けられるのは不可避。ならば、いっそ大々的に押し出した方が牽制になる。出る杭は打たれるが、そそり立つ塔には手出しされない。そうであろう」
仰りながら、一番納得なさってないのが陛下だった。
「船長閣下を利用するなど、断腸の思い。己の不甲斐無さを痛感しております。なれど惑星開発プログラムをこれ以上停滞させる訳にもいかず。誠に以て申し訳ございません」
大袈裟な扱いは不要とミリアが船長命令で禁じていたにも関わらず、陛下がガバリと頭を下げられた。
陛下の心痛は十分に伝わりました。これ以上、船長命令違反を言い立てて罰する気は有りません。それで良いよな、ミリア。
対物質バリアを全開にして運河を掘削しながら、大気圏内を超低空飛行した天津箱舟搭載艇。
そのパイロットたちがミリアを囲んで大騒ぎしたのは、国連設立記念式典の翌日だった。
前話が唐突だったので、それまでの流れを少々。
お星さまとブックマーク、そして一周年のお祝いの言葉、ありがとうございました。完結目指して頑張ります。




