戦線異常なし
ちょと短いなと書き足してたら、今度は長くなりました(笑)
戦闘が無いと、オスカー君、色々雑用を押し付けられているような。亡命許可得るためにあちこち根回しした苦労は、苦労と自覚していません。そこがオスカー君クオリティ。
城塞都市オラークスの無血開城の一報は、スマホモドキを通じて即座にデルスパニア王国の王宮へ伝えられた。通信手段が秘匿事項である以上、黒旗の軍使が早馬で到着するまでは公表できない情報だ。
「どうしてそうなる」
心底呆れた軍務大臣の声に、スマホモドキから返って来るのは、カワルト騎士団の騎士団長の声だった。
『同席していた副団長によれば、ランドール大将の手柄としか言いようが無いようで。ラークス伯爵は警戒していたはずなのに、大将閣下と話している内にどんどん態度が軟化して、本音をこぼし始めたと。まるで手品のようだったと報告を受けております』
「あー……あれか」
『あー……あれか』
スマホモドキから聞こえて来た王弟殿下の声に、騎士団長は無言でうなずいた。
オスカー・ランドール大将。その特殊能力が発揮された結果と言われれば、納得するしかない。
『騎士団同士の軋轢を緩和する人間潤滑油だと思っていたが、まさか、敵国にまで有効とはな。魅了魔法持ちってのは笑える冗談だと思っていたが、本気で研究するべきかも知れん』
「それこそ、笑えない冗談でしょう。魔法など存在しません。強いて言うなら、哲学か行動心理学の領域では」
『まあな。とりあえず、カワルト騎士団は現状維持だ。これ以上の進軍は深入りし過ぎる。占領地を増やしたくない。勝ちすぎると後始末が面倒だ』
「御意。黒旗の折り返しの軍令が届くまで、オラークスへの対陣を続けます。オラークスへの食糧支援の許可はいただけますか。商人の通行許可を出すだけでも構いませんが」
ラークス伯爵が早々に降伏を申し出た一因は食糧不足だ。流通が途絶え、備蓄も徴収されて残っていない。このままでは餓死者が出てしまうと、鬼気迫る懇願をぶちかましてきた。
形振り構わず民を護ろうとする姿勢は、貴族らしくは無いが、好感が持てる。
「敵国の城塞都市に食料を供給するなど、利敵行為ではありますが、ランドール大将より要請がありまして」
『ほう、なら良いぞ。ランドール大将のお墨付きなら問題ない。どの道、占領地の農村には支給しているんだからな。今更だろう。詳細は任せる。頼んだぞ』
通信の切れたスマホモドキを見下ろしながら、騎士団長は息をついた。舞台裏でのやり取りとは言え、軍のトップとの打ち合わせは気疲れする。
了承は得たが、あくまで内々のものだ。直接オラークスへ物資を届けるわけにはいかない。農村への支給の横流しを黙認するという形が妥当か。
「ま、実務はランドール大将に任せれば良いか。彼が原因だからな。一方的に振り回されるだけというのは、性に合わん」
一万人の団員を抱える騎士団のトップともなれば、家柄だけで務まる筈がない。彼もまた、実に「良い性格」をしていた。
デルスパニア王国の進軍が一段落して、現在は膠着状態。膠着状態で良いんだよな、戦闘停止してるんだから。
俺の所属する前線司令部へ集まる情報を精査しながら、現状把握に努める。
ラークス州を含めて、占拠した敵地は五州。その中の軍事拠点や主要都市に駐留して睨みを聞かせている騎士団が十二。残りの三騎士団が遊兵として、街道沿いや最前線の警備に当たっている。
タムルク王国軍は、王都近辺で待ち受けていると言えば聞こえが良いが、どうしようもなく立ち竦んでいるらしい。
まあ、デルスパニア王国軍が動員した騎士団は十五。様々な補助隊員を除いた純粋な戦闘員だけで十万人超えてるんだから、数じゃ勝負にならない。
その上、こっちが職業軍人なのに対して、タムルク王国軍は半数以上が徴兵された農民兵だ、数でも質でも敵わないんだから、勝敗は誰の目にも明らかだろう。
今のところ、方針は現状維持。タムルク王家から降伏なり停戦なりの使者が来るのを待っているところだ。
王都では政権争いが起きてるらしいが、我が国としては交渉相手が代わるだけなので、関与する気はない。なんなら王家がすげ代わったって、問題ない。
これだけ余裕を持っていられるのも、潤沢な補給が有るお陰だ。
まあ、大軍を動員したら、短期決戦に持ち込まないと物資不足で自滅するのが常識だからな。タムルク王国軍はそれを狙って動かないんだろうけど、今回は相手が悪かったと言うしかない。
こっそり教えてもらったんだが、今届いている食料は、天津箱舟の食糧生産プラントの試運転の産物なんだとか。そのまま市場に流したら需給バランスが崩れて大混乱になるから、処分場所が出来て好都合なんだそうな。
食料が安くなるのは良いことじゃないかってテイラムに言ったら、可哀そうな者を見る目で見られてちょっと凹んだのは内緒だ。
「主要穀物が値崩れしたら、農村が疲弊して、税収に影響が出て、世の中不景気になるよね。下手したら国が潰れるって危機感、持って欲しいなぁ」
悪かったな、俺はテイラムや兄貴と違って、頭の出来が良くないんだよ。貴族学園の成績中の下は伊達じゃ無いんだ。……言ってて虚しくなるから言わないけど。
占領地には、王都方面から脱走兵が帰って来ている。中には、給料も無しに解雇されて、行き倒れるくらいならと投降してきた農民兵までいた。
徴兵したなら、地元までちゃんと帰らせてやれよと思うが、タムルク王国軍は瓦解寸前らしい。
治安維持の必要もあって、脱走兵は保護することになった。食い詰めて野盗集団にでもなられたら面倒だからな。
といっても、捕虜扱いじゃない。衣食住の保証なんてコストが掛かり過ぎるし、監視の手間だって省きたい。
なので、日雇い労働者扱いで雇用することにした。仕事は男手の足りない農村への派遣や街道工事、戦闘で破壊された建物の修復再建、その他諸々。
ついでに、農村への無償援助も終了した。飢餓状態からは脱していたし、一方的な施しはいつか破綻するからな。
代わりに、有償で販売する。日雇い仕事の斡旋も始めたから、食い詰める心配は無いはずだ。
孤児や未亡人、四肢欠損で働けない者はどうすれば良いかって。そんなのは村単位の福祉の仕事だろ。俺たちは敵国の軍隊なんだが。
ああ、もう、分かったから。
希望者はデルスパニア王国への亡命を認める。ただし、行先は辺境地帯の開拓地だ。一から生活を築くことになるから、苦労は覚悟しておけよ。
四肢欠損者に対しては、無料で最新医療を施す。要は人体実験の被験者になれってことだ。結果の責任は持たないが、最低限の衣食住は保障される。
本当に最小限だからな。野垂れ死によりマシってやつ以外は応募するなよ。あくまで自己責任だからな。後からこんなはずじゃなかったって言うんじゃないぞ。俺はちゃんと説明したからな。
後に、天津箱舟の医療技術で四肢を再生させた男たちは、秘匿義務と引き換えに高収入の職を得て、こんなはずじゃなかったと口にする事になった。
だんだん寒くなってきました。朝晩の冷え込み、お気を付けくださいませ。
お星さまとブックマーク、それに感想、ありがとうございます。新しいマウス、快調です。




