山道の休憩
ようやく晴れ間が出たら、猛暑が戻ってきました。暑いです。
峠を越えて、なだらかに下っていく一本道。眼下の草原を目に収めながら、小休止できる場所を探して馬を進めた。
目印になりそうな大木の根元に、丸太を利用した簡素なベンチがあった。多分、この先の村の住人が用意したのだろう。ツオーネ村からほど良い距離だ。
有難く拝借して、昼食を摂ることにする。
「さて、では、改めて自己紹介しますね。私はグレーン・スミス。スミス公爵家長男。家督は妹に譲って近衛騎士に就任しました。現在は家を出て騎士爵を得ています。是非ともランドール伯爵家に仕官させていただきたく、お願い申し上げます」
「は、はいいぃぃ!?」
いきなりの爆弾発言に、俺は声を抑えられなかった。
いやいやいや、公爵家長男なら、普通、公爵家の後継者でしょう。何言ってるんですか。それと残りの近衛騎士の皆様、なんで当たり前の顔して聞き流してるんです。ここは驚く所でしょうが。
「慣例として、近衛騎士は男子のみ。スミス公爵家は私と妹の二人でしたので、妹に家を任せるのは当然でしょう」
グレーン卿がにこにこと仰る。
「御存じの通り、高位貴族は血の濃さが祟って、後継者不足。一人も近衛騎士を輩出できない家が多いのです。妹には本当に感謝しています。おかげで、公爵家の面目を守れました」
ああ、そうですね。高位貴族の存在意義は、天津箱舟乗組員候補たる近衛騎士の輩出でしたね。世間一般の認識だと、爵位にあぶれた多すぎる子弟の受け皿なんですけどね。
そこは分かりましたけど、わが家に仕官したいって、何の冗談ですか。
「今までは、血統の保持が第一でした。不用意に王位継承権保持者の血を増やせば、伯爵以下の血縁関係が絡んで来ます。それでは血が薄まり過ぎてしまう。故に、近衛騎士は家から独立せず、生涯独身を貫くという慣例が出来たのですよ。血が濃くなりすぎる前は、増えすぎる子孫をどう制御するかが問題でしたからねぇ」
他の近衛騎士の皆さんが、うんうんと頷かれた。
「それを全て解決していただいたのが、聖女様です。もう、血統にこだわり続ける必要はありません」
知っています。国王陛下直々にご説明いただきましたから。理解しきれたかと問われると、自信ないですけど。
「爵位関係なく、家から独立すれば騎士爵に叙爵されます。つまり、生家に囚われることなく、職業選択の自由と婚姻の自由を得ることができる。船長閣下の『平民になって自由恋愛で結婚して暖かい家庭を築く』というお言葉、正に天啓でした」
ああああ! あの時のミリアの発言! 王太子殿下を盛大にフッた時の奴だ。
「いやでも、騎士爵になると、子供は平民になってしまいますよ。さすがにまずいんじゃ」
俺は騎士爵だったから、良く知っている。
ニーナが家督を継いで女男爵になると同時に、俺はツオーネ男爵を名乗るはずだった。それまでは騎士爵のままだ。結局、騎士爵を返上したのは七年前、ランドール子爵家当主になる手続きの時だった。
「騎士爵は名誉職というか、ほとんど平民と変わらない下級貴族ですよ。近衛騎士の皆さんには相応しくないでしょう」
「いいえ、全く。そもそも近衛騎士は国王の私兵。人選は陛下のお心ひとつ。特に資格要件は定められておりません。平民だろうが王族だろうが、陛下が任命すればそれで済みます」
そんな無茶な。暴論ですよ。
「陛下には、了承いただいております。すでに我ら五名、身分は騎士爵です。我らが前例となり、騎士爵の身分と近衛騎士の階級を併せ持つのが当たり前にしていきます。いずれは、平民出身の近衛騎士を誕生させる予定ですよ。封建社会解消の一助になるでしょう」
いや、あの、俺にどうしろと。正直、理解を超えてます。
「ですので、ランドール伯爵家に仕官する障害は何もありません。是非とも伯爵領で働かせていただきたい。この地で、天津箱舟の役職を全うさせていただきたいのです」
天津箱舟の役職ですか。
そうですよね、理由がなきゃ、俺に仕官したいなんて言う筈ないですよね。
きっちり説明していただきましょうか。
近衛騎士の五人、なぜランドール伯爵家に仕官したいのか、ふふふ、薀蓄大好きの血が騒ぎます(笑)
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。ちょっと説明臭い回が続きますが、お付き合いいただければ幸いです。




