招待状
ちょっとシリアス路線です。トマーニケ帝国にも、甥っ子を可愛がる三男坊が(笑)
トマーニケ帝国の帝都トマニア。その中央にそびえる帝城にデルスパニア王国からの正使が訪れた。
正使はゼブレ・オートル前侯爵。家督と領地経営を息子に譲り、外交官として実績を積み、トマーニケ帝国とデルスパニア王国との停戦協定で全権大使として辣腕を振るった人物である。
終戦協定では外務大臣が代表を務めたため、ゼブレ卿は副使に甘んじていたが、実務のほとんどを差配していた実力者だ。
そんな人物がわざわざ足を運んで来たのだ。いったい何事かと帝城の上層部が身構えたのは、無理のない事だった。
現皇帝には二人の兄がいた。正妃の産んだ第一皇子と第二皇子。兄たちは本当に仲が良く、帝室の将来は安泰のはずだった。
歯車が狂ったのは、皇太子である第一皇子が事故死してからだ。先帝陛下は息子の死を嘆き、忘れ形見の孫を皇太孫とした。
それに異を唱えたのが第二皇子。皇太子妃とその実家が陰謀により兄を殺害し、幼い甥を傀儡にしようとしていると糾弾した。不正義を見過ごすことは出来ない、皇太孫である甥を保護し、皇太子殺害の犯人を断罪しなければならないと。
皇太子妃とその実家は、第二皇子こそが皇位簒奪のために皇太子を殺害したと言い張った。兄を殺し、邪魔な甥を排除しようとしていると。
真実がどこにあったのかは分からない。双方の主張は水掛け論になり、派閥争いに発展した。
そんなごたごたを抱えた帝国が一枚岩に成れるはずもなく、折悪しくデルスパニア王国との国境紛争が起こると、手柄争いからズルズルと戦争に突入してしまった。
混乱の中崩御した先代皇帝の無念は如何ばかりか。
デルスパニア王国との停戦協議をまとめたのは、側妃を母に持つ第三皇子だった。
終戦協議の開始を条件に話を付け、全軍撤退の指揮を執って帝都に帰還した時には、すでに戦闘が始まっていた。
帝都内の争乱で治まるか、国全体を巻き込んだ内戦に拡大するか。
撤退軍の指揮官たちに突き上げられる形で介入した第三皇子は、皇太子妃とその一族、それと第二皇子の死亡を確認することになった。生き残ったのは、幼い甥一人。
第三皇子はやむなく皇帝に即位した。ただし、甥が成人し次第、譲位すると宣言した上でだ。
「聖女様、ですか」
年若きトマーニケ皇帝は、デルスパニア国王からの親書に目を通して独り言ちた。
「左様にございます。我が国王は、是非ともトマーニケ帝国より来賓を招き、聖女様のお披露目に立ち会っていただきたいと希望しております。先年の戦乱以降、冷え込んだ両国の関係を修復したいとの意向、皇帝陛下にも利があると愚考いたします。御配慮賜りますよう、お願い申し上げます」
好々爺然として話を進めるゼブレ卿が油断のならぬ人物であると、皇帝は承知していた。かつて停戦交渉で論戦という真剣勝負を交わした相手だ。
「ほう、その利とやらは、我が国にか。それとも余個人の利かな」
「両方、でございますよ。陛下のお立場は盤石とは言い難い。未だに陛下のことを漁夫の利を得たとか、初めから帝位を望んで邪魔者の共倒れを画策したとか、世間の目を誤魔化すために甥を皇太甥として立てているがその内消すつもりだとか、聞くに堪えない噂を捏造する輩がおりますなぁ」
目の笑っていないゼブレ卿に、皇帝も似たような笑顔を返す。
「そこまではっきり言われると、いっそ清々しいものよ。良いのかな。この機に乗じて帝国を弱体化しなくても」
「はて、隣国の弱体化が我が国の利にどう結びつくのやら。我が国に攻め入ろうなどと考える不届き者が出ないよう、陛下にはしっかり帝国を安定化させていただきたい。これは聖女様のご希望。我らデルスパニア王国は、全力でご希望を叶えるのみにございます」
敵ながら、ゼブレ卿は信頼に値する人物だ。その彼が真摯に口にする聖女とやらに、皇帝は興味を覚えていた。
「良かろう。ご招待、有難く受けよう」
わざわざゼブレ卿を寄こすほどデルスパニア王国が重要視する聖女とやら、確かめなければならない。王国で何が起きているのか。それに国交改善のきっかけにできれば重畳だ。
さて、誰を遣わせるか。出来れば自分の目で確かめたいが、皇帝の身では気楽に出歩くことも出来ぬ。
皇帝は気楽な第三皇子であったころを懐かしく思いながら、気の抜けぬ話し合いを続けた。
ゼブレ・オートル前侯爵は、近衛騎士のキリー・オートル君のお父さんです。侯爵家なので、天津箱舟の船長閣下についてしっかり承知しています。
トマーニケ帝国、キャサリン義姉さんの親族を出すか出さないか、ちょっと考慮中。どうしましょうかね。
お星様とブックマーク、ありがとうございます。総合評価、22000超えました。メッチャ嬉しいです。




