デイネルス侯爵邸
ミリアちゃん、天津箱舟を口にしてはいないので、守秘義務に違反はしていません。神託を求めてはいけないと言われていませんしね。
デイネルス侯爵邸に帰ったのは、俺たちの馬車が最後だった。
俺と兄貴がテムニー侯爵家から王宮に呼び出された経緯は、ニーナとミリアの使っていた馬車の馭者が、一足先に戻って報告したそうだ。
ニーナもミリアもすっかり忘れていたらしく、危うく王宮に置いてけぼりにするところだった。さすがは王宮内の連絡網と言うか、手抜かりが無い。
キャサリン義姉さんとリアーチェ義姉様は晩餐用のドレスに着替えていたし、マークとカークは夕食を取って子供用の客間に戻っていた。
あー、夕食のために着替えが必要って、そんな窮屈な生活、俺には無理だな。
ミリア同席で始まった晩餐会は、ニーナの報告で、度々手が止まった。
卒業試験全問正解にお祝いムードになり、王城の文部省で神官長様に迎えられた所までは和やかだった。
王宮の礼拝堂に招かれたことも、そうなるわねって納得していた。高位貴族の皆様は、試験で「上がり」になって礼拝堂コースが当たり前なんだそうだ。
問題はその後。
コッカセイショウが前世の記憶にあった歌だった事。
歌ったら、御神託が下された事。
神代古語をミリアが理解できる事。
神官長様から聖女認定を受けて、国王陛下に承認していただいた事。
うん、盛りだくさんだよな。天津箱舟を秘匿したところで、前代未聞の騒動間違い無しだ。前世絡みで神代古語の記憶があるなんて、ちょっと信じ難いし。
晩餐の後、場所を居間に移して話が続いた。
「ミリアが聖女として王宮に伺候する事は決定事項だ。期間や頻度はこれから調整するし、具体的にどんな役割を果たすかも未定。とりあえず我が家で預かる手筈を整えたい」
兄貴、頼りにしてます。
「オスカー、僕は明日一番に王宮へ伺候して、宰相閣下と調整に入る。その間に、お前はテイラム大佐に説明してくれ。色々と力になってもらう必要があるからな」
テイラムはデイネルス侯爵家寄り子の近衛兵の宿舎に間借りしてる。屋敷の敷地内だから、歩いて行ける距離だ。例に漏れず近衛兵が減っていて、空き部屋が増えているから余裕だと笑っていた。
「分かった。今からでも……」
「いや、今日は休め。疲れた頭じゃ碌に働かないぞ」
戦場じゃ徹夜くらい当たり前だけどな。ここは言われた通り休んどこう。
「了解しましたわ、マイダーリン。でも、実感がわきませんの。ミリアちゃん、御神託はどのようなものですの」
リアーチェ義姉様の言う通りだ。俺は体験したから実感できたけど、話を聞いただけじゃ分からないよな。
ミリアが首をひねった。
「王宮内では、呼び掛けたら応えてくれたんだけど、どこでも出来るのかな」
多分、王宮の貴賓室に残してきた資料の中になら、答えが載っていると思う。でも、秘匿事項に引っかかるから口には出来ない。
「ちょっと試してみて良い? 気になる事だってあるし」
ミリアが真剣な顔で天井を見上げた。言った。
「コンピューター、リアーチェ伯母様の不妊治療は可能かしら」
ミリアの質問がちょっと解らない。フニンチリョウって、それ何だ。
ミリアの問いに、コンピューター神の御神託が下された。王宮で耳にしたそれと同じ声だ。
神代古語を理解できるのはミリアだけ。俺達には分からない。
「私の前に居る人よ。伯父様の奥さんなの」
ふわりと、柔らかな光が現れた。リアーチェ義姉様を包み込むように上から下へと移動して消える。
再び、御神託が下された。今度は長い。なんとおっしゃっているんだろう。
『検診、終了しました。生殖細胞の遺伝情報、異常無し。卵巣機能、異常無し。子宮機能、脆弱。不育症の疑いあり』
不育症か。妊娠できるけど、出産まで育ちきれないってことね。遺伝情報に異常なしなら、望みは有るわ。
「伯母様の正常な出産には何が必要なの」
『天津箱舟の医療施設への入院をお勧めします』
「うーん、難しいかも。次善の方法は何」
『主治医とデータリンクし、経過観察の継続をお勧めします』
主治医か。心当たりが無い。この国でデータリンクは可能なんだろうか。伯母様、高齢出産になっちゃうし、やっぱり無理してでも入院してもらうべきよね。
「リアーチェ伯母様、次に妊娠なさったら、教えてください。私が責任もって出産までこぎつけます。聖女の名にかけて約束します」
不妊治療、不育症について、この話内での設定ですので、真に受けないようお願いいたします。
ミリアちゃんにとって、天津箱舟の正しい利用法です。異論は認めないと宣言しそうな勢いです。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。




