ミリアちゃんの帰路
王宮と高位貴族の屋敷、歩くには遠すぎるけど、馬車だとすぐそこです。
王宮の正面玄関に出ると、デイネルス侯爵家の馬車が待っていた。兄貴と乗って来た奴だ。いかにも高位貴族らしい豪華さで、見せびらかすように家紋が付いている。俺が妻のニーナを、兄貴がミリアをエスコートして乗り込む時には、空は茜色に染まっていた。
パタンとドアが閉められると、兄貴がでっかい溜息をついて背もたれに体重を預けた。
「疲れた。まったく、なんて日だ」
激しく同意します。ごめん、兄貴。
「とりあえず、ミリアは我が家に留め置くことになるから。オスカーとニーナさんは同行するとして、マークとカーク、キャサリン夫人はどうするんだ」
うん、それは……どうしよう。
「相談するしかないと思うわ。キャサリンさんはバルトコル伯爵家のゴタゴタから距離を取った方が良いでしょうし、キャサリンさんが命を狙われてたって事件は、もう解決してるのかしら。王都に居るより子爵領に帰った方が安全かしら」
そう、だよな。俺は伯爵家の内情なんて全然知らなかった。
自慢じゃないが平民スレスレの騎士爵風情じゃ、高位貴族のお家騒動なんて知りようがない。雲の上の話は、触らぬ神に祟りなしだ。
子爵家当主になってしまったけど、マークに家督を譲るまでの中継ぎだし、軍の仕事で忙しかったし、貴族関連は全部兄貴とテイラムに丸投げしてた。
「表向き、事件は無かったことになっている。伯爵家の瑕疵になるからな。犯人も公的なお咎めは無しだ。ま、伯爵家からの冷遇をあまんじて受けるしかなかったようだが。でなければ、キャサリン夫人を守るために絶縁する必要はなかっただろう」
兄貴が気にするなと手を振った。
「これくらい、どこの家でも転がっている話だよ。王家や政府が一々首を突っ込んだりはしない。領地経営に影響が出なければ、全部、家庭内の問題で一括りだ。ちなみに、天津神の末裔と言われている公爵家と侯爵家では逆の現象が起きている。当主を押し付けあって近衛騎士になろうとするんだ。不思議に思っていたけど、今日、納得した」
「当主に成りたくないの」
ミリアがきょとんとしてる。兄貴がフッと笑った。
「高位貴族になると、富と権力が集中する。金銭的には贅沢し放題だけどね。当主の仕事は忙しくて、贅沢してる暇が無いんだ。権力は一定水準超えたらひたすら面倒くさいだけだよ。宰相なんて、国の雑用係だし」
兄貴、実感こもってるなぁ。
「あ、それ知ってる。お金持ちとお時間持ちの話」
お時間持ち? 何だそれ。
「あのね、貧しい村で、のんびりしてる男に金持ちの旦那さんが『どうして働かないんだ』って聞くの。男が『働くとどうなるんだ』って聞き返すと『お金を稼げる。お金を稼いで金持ちになると、のんびりと好きな事をして暮らせる』て言われるの」
うん、それで。
「男は『今、のんびりと好きな事をして暮らしているから、同じじゃないか』って聞き返して、旦那さんは何も答えられなかったって話だよ」
それは、何も言えないだろうな。って、あれ。
「兄貴、兄貴が侯爵家の婿になったのって、後継者争いが激しかったからじゃなかったっけ」
兄貴が肩をすくめた。
「リアーチェは血の濃さが王家以上というか、結婚できるほど血の離れている家が一つも無かったんだ。かろうじて王家なら従兄弟レベルだったんだけどね、侯爵家に臣籍降下していただける方は先代国王の第三王子だけだった」
兄貴の視線が宙に浮いた。病死された王子殿下を悼んでいるんだろう。
生きていらしたら、今上陛下の王弟殿下だ。兄貴はその方の側近になってたはずだった。
「家督を継いで当主になるには、伯爵家は家格的に論外。家格の合う高位貴族はどこも後継者不足で、養子募集中の家ばかり。リアーチェが女侯爵として立つしかなかったんだけど、どういう訳か僕に縁談が来てね。後で聞いたら、王家から婿養子をもらえなくなった代償として、ランドール子爵家との縁談許可をもぎ取ったそうだ。王家相手に何してるんだか」
あのリアーチェ義姉様なら、できるだろうなぁ。
「こんな裏話、そうそう広める訳にはいかないからな。納得してもらえそうな後継者争いをでっち上げたってわけだ。納得したか」
納得するしかないでしょうが。兄貴の話は全部疑ってかからなきゃいけないと再認識させられましたよ。
「それで、マークとカークだが……着いたようだな」
馬車のスピードが徐々に落ちて、侯爵邸の玄関に横付けされた。
あれ、いつの間に侯爵家の敷地に入っていたんだろう。
わーい、エザール兄貴にいっぱいしゃべってもらったよ。いつも台詞無しでごめんね。
今上天皇とは、今現在、在位されている陛下をさします。大正天皇、昭和天皇のように、個人の特定できる呼称を付けるのは亡くなられた後。
今上天皇を令和天皇と呼称すると、死亡扱いになってしまうので失礼に当たります。
外国だと、エリザベス二世のように、個人を特定する呼称が生前から有ったりします。
現代地球でさえ文化や常識の違いが山ほどあるんですから、時代が違ったり異世界だったりすると、どれだけギャップが有るんでしょうね。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。




