国歌斉唱は国家事業
ミリアちゃん、天津箱舟の船長、初仕事です。
皆さん忘れているようですけど、ここには私の母が居ます。国王陛下の土下座なんて、子爵家第二夫人に見せて良いもんじゃないでしょう。
求む、自重!
「皆様、面を上げて、着席なさってください。話はそれからです」
ここは強気で主導権取らないと。天津箱舟の船長就任なんて物騒な案件、どう考えても権謀術策に巻き込まれる厄介事だよね。国王陛下が形だけでも下手に出ている間に、上手く妥協点を探らなきゃ。
「これはこれは、なかなか肝の据わったお嬢さんだ。さすがと言わせていただこう」
陛下のすぐ後ろで平伏していた王太子殿下が、爽やかな笑顔でおっしゃった。良いからさっさとソファに座って下さい。
近衛騎士の小父さんたち、王太子殿下を睨まなくて良いから。王族と中位貴族なんだから、上から目線で対応していただいた方が自然でしょ。畏まられるよりよっぽど気楽です。
小父さんたちも座ってね。ぞろぞろ立ちんぼされたら、威圧感が半端ないんですってば。
「さて、ランドール子爵夫人、理解が追い付いていないとは思うが、しばし御息女をお借りする。この場はあくまで非公式、無体を働くことは無いと国王として誓約しよう。詳しい説明は後程、ランドール子爵を交えて行うが、まずは取り急ぎ確認せねばならぬのでな」
陛下のお言葉に、ニーナ母さんが蒼い顔で頷いてる。
「畏まりました」
声が震えてるよ、母さん。
「ミリア・ランドール子爵令嬢。まずは、乗員登録の手順を教えて頂きたい。ここに居る近衛騎士が登録可能かどうか、早急に試したいのだ」
陛下の御下問に、そう言えばと思い当たる。
「私が船長就任したのは、最先任だからですよね。私以外、乗員登録した人は居ないんですね」
陛下が苦い顔になった。
「その通り。天津箱舟についての情報は様々伝わっている。乗員の心得もしかり。登録さえできれば、出来る事が格段に広がる。なのに、肝心の登録方法が失伝してしまったのだ。幸い、登録施設は残っている。先ほど子爵令嬢が登録した宮中礼拝堂がそうだ。ところで……」
陛下の視線が強くなった。真っ直ぐ私の目を見つめてくる。
「貴女は神代古語を理解しておられるのだな。船長就任も、最先任も、きちんと意味が解っていらっしゃる」
そりゃあ、日本語でしたから。でも、どう説明しよう。神代古語ですか。
転生とか前世の記憶とか、信じてもらえるのかな。
困惑した私の沈黙をどう取ったのか、陛下が謝罪してきた。
「申し訳ない。詮索はしないと約束しよう。だからどうか、『コッカセイショウ』を教えて頂きたい。神官長の話から歌唱だと推察できるが、どのような歌なのだろうか」
はいはい、君が代ですね。詮索無しは助かります。問題を先送りしただけとも言うけど。
残念ながら手元に楽譜は無い。アカペラで歌って音が外れていたらまずいだろうし。
メロディーラインを伝えるなら、鍵盤楽器が欲しい。キーを押しさえすれば、ちゃんと正確な音が出るからね。
「ホテルのラウンジなら、グランドピアノが有ったりするんだけど」
キョロキョロ見回したけど、ここは近衛騎士の控室。有る訳ないか。
「楽器が欲しいです。出来ればピアノ、有りませんか」
前世で校内の合唱コンクール、クラスのピアノ伴奏してた記憶がある。一本指奏法なら、なんとかなるだろう。
「ぴあの、ですか」
陛下が怪訝そうに言ったとき、天井から礼拝堂で聞いたアナウンスが降って来た。
『グランドピアノ、メーカーの指定を願います』
「え、メーカーって、ヤマハとかカワイとかスタンウェイとか?」
進み過ぎた科学は、魔法と区別が付かないそうだ。
床に光のサークルが表れて、その上にドーンとグランドピアノが出現するって、どこから転送してきたの。まさか無から作ったなんて言わないでしょうね。質量保存の法則どこ行った。
「おおお」と感動の雄叫びを挙げる小父さんたち。
コンサートホール用のフルサイズのグランドピアノ。それもヤマハとカワイとスタンウェイの三台。
ポカンと口を開けている母さん。
試しに君が代の楽譜が欲しいと口に出したら、ピアノの譜面台に広げた状態で出てきた。演奏用の椅子を追加オーダーして、試し弾きして、即席の音楽教室開催にこぎつけたけど、問題発生。
なんと、近衛騎士の小父さんたち、日本語の読み書きができないと判明。
リスニングはできるよ。でも、喋るのはカタコト。君が代の歌詞カードはさっぱり読めず、しょうがないから私が音読して現代語で書き留めてもらった。
ちょっと待って。読み書きできないってことは、登録用の入力フォーム、私が打ち込まなきゃいけないの。本人入力じゃなくても、認めてもらえるのかな。つきっきりで横から教えるのは有りなの。
悩むのは後だ。とにかく小父さんたち、君が代歌えるようになって。
爽やかな笑顔の王太子殿下、テイラム君が影武者してた第三王子のお兄さんだから、アラフォー以上だよね。ということは、国王陛下は還暦より年上かな。
うーん、もうちょっと若いイメージなんだけど。
うん、世代交代があったことにしよう。国王陛下は亡くなった第三王子のお兄さん。第二王子は軍務大臣。第三王子が今生きてたら、王弟殿下。
王太子殿下の年齢はミリアちゃんと釣り合いそう。いやいや、遅れて来た第二王子の方が近いかな。
欲しいと口に出したら、天津箱舟が現物を出してくれます。条件や制限は要確認。これって最強のチートでは(笑)
ちなみにこの世界、鍵盤楽器が存在してなかったりして。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。次回、オスカー君に連絡がいくかも。




