伯爵家の秘密
またまた複雑な話になりました。ごめんなさい。
何度も読み返していただけると嬉しいです。
「大体、どうして娘四人を全員嫁に出したの。一人だけでも家に残して婿を取れば良かったのに」
「あら、それなら、ご本人にお聞きするとよろしいわ」
ニーナの疑問に応えたのは、リアーチェ義姉様だった。でも、ご本人って、誰の事だ。
「我が家のお隣がテムニー侯爵家ですもの。立派な当事者でございましょう。第二夫人に足を運んでくださるよう、お願いしてありますの。午後のお茶の時間をご一緒するお約束ですわ」
あ。ここ、貴族街だった。
そっかぁ、ご近所かぁ。びっくりだわ。
お隣の奥さんが遊びに来て、楽しくおしゃべりして帰りました。ありふれた日常のひとコマです。
そこに三十年ぶりに再会した姉妹がいたとか、お隣への移動手段に馬車が必要だとか、高位貴族の後継者問題が絡んでいたりとかは、些細な事です。ええ、本当に。
おしゃべりの内容があまりに衝撃的すぎて、他が全て霞んでしまいました。
やっぱり俺に高位貴族の世界は無理だよ。助けてテイラム!
お隣のテムニー侯爵家の第二夫人は、家の母さんと同年代だった。
そりゃそうだよな、バルトコル女伯爵はもう七十代だ。その御息女なんだから、キャサリン義姉さんと親子ほど年が離れていて当たり前だった。
「わたくしたちの御祖父様、先代バルトコル伯爵は誠実な方でしたわ。生涯、ただ一人の女性を愛し、その幸せを壊さないよう、平民の暮しを守って差し上げたのですもの。キャサリン、貴女のお母様もちゃんと御祖父様に愛されていらしたのよ。なぜ娘四人を全員嫁に出したかでしたわね。そうですわね。こんな機会はもう無いと思いますから、順を追って全てお伝えしますわ。伯爵家の秘事ですから、口外無用でお願いいたします」
しっかり目を合わせて子供たちに秘密を守るよう言い聞かせたテムニー侯爵夫人は、リアーチェ義姉様に負けないくらい、上位貴族の迫力をお持ちでした。さすがは王家の血を引くお方だと納得したよ。
バルトコル女伯爵は体が弱かった。産まれた御息女も例に漏れず、成人まで生きられるか危ぶまれるほどだった。協議の末、分家から第二夫人を娶って、娘が二人生まれた。
「わたくしの妹が二人、どちらかに婿を取って、伯爵家を継ぐはずでしたわ」
ところが、妹たちはバルトコル伯爵の子供ではないことが発覚した。
父親は平民で、相思相愛の二人は結婚して分家の籍から離れるはずだった。中位貴族の娘が結婚して平民になるのは、ごく普通の事だ。そこに伯爵家との縁談が持ち上がり、それでも二人は離れられずに……という流れらしい。
「父と第二夫人との離縁という選択肢はありませんでしたわ。伯爵家の醜聞になりますし、第二夫人は分家の出ですから、薄いとはいえ、伯爵家の血筋。わたくしがいつ死ぬか分からない状況でしたから、後継者候補として手元に残す必要がありましたの」
離縁はしないが、そのまま結婚生活を続けることは無理となって、第二夫人は別邸に移った。娘たちの父親は、夫人の専属執事として同行している。これ以降子供が生まれたら父親の子として平民にするという条件で、二人の内縁関係を黙認したのだ。
「このこと、父は知りません。妹たちを実子と信じていますの。蒸し返しても誰も幸せにならないなら、秘密のままで。皆様も、この部屋を出たらお忘れになって下さいましね」
それは、はい、黙ってます。言えるはずないじゃないか。
「父に秘密にするために、母が一芝居打ちましたの。なぜ男子を産まないと詰って、別邸に追いやりました。二度と本邸へ足を踏み入れるなとね。父は別居を受け入れました。元々政略結婚でしたし、家族の情はあっても恋愛感情はありませんでしたから」
ニーナが決まりの悪い顔をしている。バルトコル伯爵の事をボロクソにこき下ろしちゃったけど、訳ありだったからね。謝りたくても、謝る相手いないし。
「わたくしがなんとか成人まで生き延びたころ、キャサリンのお母様の問題が伯爵家に持ち込まれましたの。わたくしから見たら、母とは腹違いの叔母様ですわ」
先代伯爵の庶子で、第三夫人になった方ですね。
「お母様を亡くされて、叔母様は一人暮らしでしたの。トマーニケ帝国から来た商人の方と恋仲になって、結婚の約束を交わしたそうですわ。一度帝国に帰って今の仕事を終わらせて、戻って来たらデルスパニア王国で所帯を持とうねと」
幸せいっぱい、夢いっぱい。
ところが。
予定を過ぎても商人は戻ってこない。予定からひと月経ち、ふた月経ったころ妊娠が発覚して、とうとう先代伯爵に助けを求めた。
「平民の未婚の女性が一人で出産子育てなんて、援助が無ければ無理ですわ。叔母様はちゃんと現実を見られる方でした。ちょうど父の第三夫人を探していましたし、お腹の子は父の子だという事にして、平民だけど仕方が無いと周囲を説得しましたの」
じゃあ、伯爵はキャサリン義姉さんが実子じゃないって知ってたの。
「そうですわ。まあ、父が一目惚れしたのは予定外でしたけど、どちらかというと、色恋よりも庇護欲をそそられたんでしょうね。わたくしの目からはそう見えました。生れたキャサリンは御祖父様の実の孫でわたくしの従妹。第二夫人の産んだ妹二人とは血の濃さが比べ物になりません。キャサリンに婿を取れば伯爵家は安泰です。長女のわたくしを差し置いてと非難されないよう、わたくしは家を出ることになりましたの」
女伯爵の嫡女を格上の侯爵家へ嫁がせる。これならキャサリンを後継者にしても角が立たない。子供を産めなくても肩身の狭い思いをしないよう、すでに男子が二人いるテムニー侯爵家が選ばれた。
「まさかわたくしに男子が産まれるとは、誰も思っていませんでしたの。産まれたら伯爵家の後継者にするという約束も形式だけで、当てにされてはいませんでした」
それが産まれてしまった。伯爵家の後継確定だ。妹の誰かが婿を取って跡を継ぐ話は無くなってしまった。
「妹たちは、誰も婚約者がいませんでした。キャサリンはまだ幼児でしたしね。婿取りではなく、嫁入りに条件を換えて縁談を調えて、それぞれ嫁いでいきました。その後、子供の居なくなった伯爵家にわたくしの息子が戻るはずでしたの」
手続きを始めようとしたところで、侯爵家長男が公爵家へ引っ張られてしまった。次男が騎士団を退団し侯爵家に戻るまで、待ってくれと頼まれた。
騎士団で役職に就いていた次男は、引継ぎに時間を取られた。その間にトマーニケ帝国との小競り合いが始まり、退団は一時延期。本格的な戦争が始まって、無期限延期。終戦後も平和とは言えず、退団の機会を逃している内に戦死してしまった。
「我が子が侯爵家の後継になるなんて、本当に想定外でしたわ。後継の居なくなった伯爵家がランドール子爵家へ無理を言ったとリアーチェ様にお聞きして、とても驚きました。父も諦めが悪いこと。バルトコル伯爵家は、無理に無理を重ねているのです。いっそ爵位を返上した方がすっきりすると、わたくしなどは思うのですけどね」
「あの、お訊きしても、よろしいですか」
キャサリン義姉さんが、震える声で尋ねた。
「わたくしの母は、今、どうしているのでしょうか」
すっと、侯爵夫人が立ち上がった。キャサリン義姉さんの手を両手で包んだ。
「貴女が生まれてすぐ、叔母様の婚約者が戻ってきたのです。大きな商談を成功させて、出世なさって。叔母様を幸せにするために頑張られたのですよ。貴女がお腹にいるとは知らなかったのです。こんなことになるなら、貴女を伯爵家に引き留めるのではなかった。叔母様と一緒に貴女のお父様の所へお返しするのだった。本当に、本当に御免なさいね。今となっては詮無き事ですけれど」
「それじゃ……」
「お二人で、トマーニケ帝国へ行かれました。キャサリン、貴女の事をくれぐれもよろしくと仰って。国を出て、人生をやり直していらっしゃいます。縁を切ったこと、恨んではいけませんよ。伯爵令嬢の父が他国の平民では障りがあると、身を引かれたのですから。貴女のお父様の泣きはらした赤い目、わたくしは一生忘れません」
キャサリン義姉さんが声を上げて泣き出した。
義姉さん、良かったですね。貴女は愛されていたんですよ。
筆が滑りました。今までで一番長い話になりました。キャサリン義姉さんのお父さんがバルトコル伯爵じゃなかったなんて、いや、驚きました。一時間前まで、お冨も知りませんでした(笑)
こじつけと辻褄合わせのお冨、頑張りました。はっはっはっ、はぁ。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。頑張ります。




