そして彼は婿養子
お待たせしました。伯爵との対面シーンです
「初対面であるな、私はカレスン・バルトコル、バルトコル伯爵家の当主であり、キャサリン・ランドールの父である。初めまして、婿殿」
名乗られたからには、名乗り返さなくてはならない。婿呼ばわりされたけど、舅殿とか義父上なんて返すつもりはさらさらない。俺の義父さんはニーナの父親、ツオーネ男爵だけだ。
「ランドール子爵家当主、オスカー・ランドールです。初めましてバルトコル伯爵」
それだけ言って、後は無言を通した。ここは陛下の御前だ。言質を取られてたまるか。用があるのはそっちだろ。
互いに目を合わせること数秒、カレスン卿は陛下に向き直ると、座ったまま一礼した。
「この場を設けていただき、感謝に堪えません。オスカー卿とは、長い話をしなければなりませぬゆえ、陛下のご臨席を賜ることは恐れ多き事なれば、一旦、この場を辞したく存じ上げます」
「よい。このまま続けるがよかろう。余が席を外す。ランドール子爵、その方に命じる。バルトコル伯爵の話を聞き終わるまで、退出を禁ずる。聞いた上でどう判断するかはそなたの自由だ。ではな」
そりゃあ、お忙しい陛下が付き合ってくださらないのは当然さ。で、お暇なんですか、王弟殿下。
「そんな顔をするな、ランドール中将。公平な第三者の同席は必須だろう。何しろ公式な国王召喚なんぞ、何年振りかって話だからな。この部屋から出るまでは、陛下の御前と心得ろ。断っても良いが、その場合は宮廷書記官が一言一句洩らさずに書き留めることになるぞ。申請すれば誰でも閲覧できる公文書にな」
相変わらずですね、さばさばしてるのに威厳のある軍務大臣閣下。まあ、軍人としては理想的な上司ですが、公文書扱いはご免こうむります。
そもそも、話って何なんだ。こんな大袈裟な舞台を整える必要があるのか。サッパリ見当がつかないんだが。
伯爵の話は長かった。本当に長かった。陛下の退出禁止が無ければ、途中で席を立っていた自信がある。
まず、今まで没交渉だったことを謝罪された。その理由と今回の話の前提になる情報を提示してもらったんだが、本当に、本当に長かったんだ。
先代のバルトコル伯爵は、当時の王弟殿下の息女の降嫁を受けた。残念ながら伯爵夫人は病弱で、一人娘を残して帰らぬ人となった。
デルスパニア王国では、女性が家督相続できる。いい例が兄貴だ。兄貴は一応侯爵だけど、家督は持っていない。持っているのは女侯爵のリアーチェ義姉様だ。
先代伯爵の夫人は王の姪、その忘れ形見は家督を相続することが確定していた。婿養子として選ばれたのが、今目の前に居るカレスン卿。元々は伯爵家の分家であるランデス男爵家の次男だった。
先代伯爵は、お家騒動を嫌って、生涯再婚しなかった。再婚はしなかったが、生涯を共にした女性はいた。女性は身分が低く後ろ盾がなかったため、たとえ男子が生まれても家督相続に絡む心配は無い。それが選ばれた理由だという。
結局男子は生まれなかった。一人だけ娘を生んだが、伯爵家の籍には入らず、母と共に平民として暮らしていた。
カレスン卿は女伯爵との間に一人娘を儲けた。やはり王家の血か、女伯爵は体が丈夫ではなく、二人目の出産は命にかかわると医者に止められてしまった。産まれた長女もまた病弱で、無事に成人できるか危ぶまれた。
話し合いの末、第二夫人を娶ることになったが、女伯爵は男子を欲しがった。第二夫人が生んだ妹に家督を譲ったら、自分の生んだ長女の立場がない。弟ができれば、長女が身を引く名分になる。
しかし、第二夫人が生んだのは娘が二人。なぜ男子を生まないと女伯爵に攻め立てられ、第二夫人は気を病んでしまい、別邸に籠ってカレスン卿を拒絶した。
これが最後と第三夫人を娶ることになったが、なかなか相手が決まらなかった。
それはそうだろう。カレスン卿は婿養子、第三夫人になって男子を生んだところで、上には女伯爵が居る。とても安泰とはいえないし、下手をしたら第二夫人の二の舞になる。
そんな時、カレスン卿は先代伯爵から庶子の存在を教えられた。カレスン卿にとって、妻の腹違いの妹だ。
母を亡くして一人になったので、面倒を見るよう頼まれたのだが、ここでカレスン卿がまさかの一目ぼれ。あまりに遅すぎた初恋は、それはもう、拗れまくった。
カレスン卿から聞かされたあれこれは、惚気と愚痴を煮詰めて後悔をトッピングしてたとだけ言っておく。
すったもんだの挙句、その女性を第三夫人に迎え、生まれたのがキャサリン義姉さん。そう、『また女』だったわけだ。
ここで、女伯爵が盛大にブチ切れた。
どうして男子が生まれない。
どうして夫を腹違いの妹に譲らなきゃならない。
どうして夫はわたくしだけを愛さない。
どうして父は母亡き後、内縁とは言え妻子を持った。
どうして母はわたくしを残して死んでしまった。
どうしてわたくしは父に愛されなかった。
どうして、どうして、どうして。
どうしてわたくしは健康な子供を産むことができないの。
カレスン卿は、頭を殴られた思いだった。わがままなだけの政略結婚の相手だと思っていた女伯爵が、一人の女性だということに初めて気付いた。鬱屈した思いをずっと自分の中に押し込んでいたのだと、寄り添い支えるのは夫である自分の役割だったと。
女伯爵は、キャサリン義姉さんが目に入ると錯乱するようになった。下手をしたらキャサリン義姉さんの命が危ない。
カレスン卿は女伯爵に付き添い、第三夫人に別れを告げた。それが彼のけじめだった。伯爵家に縛られることなく、幸せになって欲しかった。
第二夫人は、そのまま別宅で暮らすことを望んだので、不自由がないように手配した。
娘たちを乳母と使用人に任せっきりにしたのは、他意は無く、それが伯爵家の流儀だと受け入れていたからだった。それぞれ他家に嫁に出し、外孫ができたら跡継ぎ候補にする約束をした。
ここまで話して、軍務大臣のストップが入った。
「本題に入る前に、一旦、休憩にしよう」
はい? これだけ話して、まだ前振りなんですか。
いや、長かった。これでもかいつまんで書いてます。実際に話を聞いてたオスカー君は、疲労困憊かも(笑)
お冨はハッピーエンドが大好きです。根っからの悪人なんて、読みたくないし書きたくないので、物足りないかも知れませんがご容赦ください。
うん、デイネルス女侯爵だって、私の中では根っからの悪人じゃないんです。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。次話こそ、タイトルにある伯爵のエピソードに入ります。




