契約結婚は計画的に
上位貴族の子弟が騎士爵になると、孫の世代が平民になってしまいます。別に禁止されているわけではありませんが、不文律というものは、時に法律よりも強制力を持っていたりします。
俺、オスカー・ランドール・ツオーネは、このたび、オスカー・ツオーネ・ランドールになりました。
ツオーネ男爵家に話をつけたのは、リアーチェ・デイネルス女侯爵その人でした。上位貴族らしい迫力のリアーチェ義姉。もう、義姉様とお呼びしますよ。
その義姉様が善は急げと馬車で乗り付けたもんだから、義父さんと義母さん、腰が抜けるほど驚いてた。俺の両親とキャサリン義姉と兄貴も一緒だ。大勢でいきなり押し掛けて、返す返す、申し訳ない。
「わたくし、マーク・ランドール様を護ると決めた以上、隙を作りたくはございませんの。どうしても再婚を承服しかねるとおっしゃるなら、対案をお示しくださいませ。それが有効であれば、採用することやぶさかではございません」
義姉様、そんな風に言い切られたら、男爵風情では反論できません。
うん、本当にツオーネの義両親には申し訳ない。甥っ子のマークが成人して貴族学園卒業したら、さっさとキャサリン義姉さんと離縁してオスカー・ランドール・ツオーネに戻りますから。
それから具体的な条件が話し合われた。というか、説明を受けた。
俺たちは上位貴族じゃないんです。そりゃ、妾や愛人を作る人はいますよ。でも、正式に第二夫人を娶るなんて無理なんです。詳しい実態なんて、わかんないんです。しょーがないじゃないか。
本来なら、先に結婚したニーナが第一夫人、後から結婚するキャサリン義姉は第二夫人になるんだそうだ。だけど、今回の場合、マークの跡取り問題や子爵家と男爵家の格の違いで、ニーナの方が第二夫人にならなきゃならない。
あんまりだよ。理不尽じゃないか。ニーナは何も悪くないのに。
「第二夫人となられるニーナ様は、ツオーネ男爵家の正当な後継者。ランドール子爵家に嫁ぐ形となりますが、ニーナ・ランドールではなく、ニーナ・ツオーネ・ランドールと名乗っていただきます。無事、オスカー様がキャサリン義姉様と離縁なさいましたら、元通り、ニーナ・ツオーネ様に戻っていただけますわ」
義姉様がにこにことおっしゃる。
「ただ、念のため、契約結婚になさるのがよろしいかと思いますの。ツオーネ男爵家に不利益が無いようにいたしましょう」
にこにこにこ。
「質問、よろしいか」
「はい、何でございましょう」
さすがツオーネ男爵、義姉様の前でも、堂々としてる。家の親より頼りになりそう。
「我が家に不利益とは。オスカー君が将来離縁すると確約していただけるということだろうか」
「それは出来ませんわ。契約結婚は法的に強制力を持ちますもの。離縁を前提とした条件では、貴族院に認めていただけませんわ」
ああ、あそこ。俺が騎士爵に叙爵した時に、登録手続きしたところだ。
貴族院は貴族に関する一切合切を司る役所で、婚姻はもちろん、養子縁組や爵位関係全般を許認可している。
「わたくしが心配しているのは、ツオーネ男爵家の後継問題に余計な口出しがあるかも知れないという点でございます。ですから、ツオーネ男爵家の後継者はニーナ・ツオーネ様の血を引く男子に限ると契約すればよろしいかと。ランドール家を護る代わりにツオーネ家が乗っ取られるのを見過ごすなど、出来る道理がございません」
「いや、こう言ってはなんだが、わが家はしがない男爵家だ。オスカー君に軍で働き続けてもらわねば、領地経営だけでは貴族の体面を保てぬ有様でな。庭園の代わりに畑を作っているような貧乏貴族を欲しがるやからがいるだろうか」
あの、義父さん、それはぶっちゃけ過ぎではないでしょうか。
「いくらでも。喉から手が出るほど爵位を求めておりますわよ」
義姉様の声が硬くなった。
「上位貴族の子弟は、一代限りの準男爵や騎士爵になることは許されておりません。爵位を得るか、養子として他家へ出なければ、部屋住みのまま仕事も婚姻も出来ず、一生飼い殺しになるしかないのです。子孫に相続できる爵位は限られております。王宮では壮絶な椅子取り合戦が行われておりますわ」
上位貴族、やっぱり怖い。
やっとここまで話が進みました。
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