家族会議と女傑様
悲しい別れと、女傑様。
葬儀が終わっても、まだ信じられなかった。
上の兄貴が死んだ。
まだ三十前なのに。甥っ子は四歳になったばっかで可愛い盛りなのに。
街道の落石事故で馬車がひっくり返ったって、そんな偶然あるのかよ。ほんのちょっとタイミングがずれてたら、違う馬車に乗ってたら、風邪でもひいて寝込んでくれてたら!
父さんと母さんは目を真っ赤にしてる。甥っ子のマークは、大勢の大人が出入りしていつもと違うことを感じているのだろう。怯えたように静かにしている。
「あなた」
妻のニーナが、そっと腕に手を乗せてくれた。
「ああ、大丈夫だ。行こう」
これから家族会議だ。
進学のために家を出たのは十五の時だった。かれこれ八年前になる。王都の建物のような華やかさはないが、懐かしの我が家だ。ああ、今はもう我が家じゃなくて実家だな。
広さだけは有る田舎の屋敷に、家族が全員顔をそろえた。俺の結婚式以来だ。
まずは俺の両親の現ランドール子爵夫妻。同居している義姉と甥っ子。それから婿養子に行った次兄が夫婦で来ている。三男の俺も嫁と来ているけど、娘はまだ二歳なので、家で義両親に見てもらっている。
「皆様、悲しみに暮れる前に、今、するべきことがございます」
義姉、いや、リアーチェ・デイネルス女侯爵がピンと背筋を伸ばしておっしゃった。こんな時だが、さすがの貫録だ。座っている一人掛けのソファが、そこだけ王宮のように見える。
「このままでは、ご子息マーク・ランドール様のお命が危ないとお気付きでしょうか」
は?
未亡人になったキャサリン義姉の涙がひっこんだ。両親も虚を突かれて顔をあげている。もちろん俺もだ。
「リ、リアーチェ、どういうことかな」
あー、兄貴、尻に敷かれてるんだろーなー。
「わたくし、それはそれは厄介な親族が大勢おりますの。マイダーリンがわたくしと離縁してランドール子爵の後継になれば万々歳なんてふざけたことを考えそうな……。そのためなら、正当な相続人を排除するくらい、平気でやりますわよ。ですから、わたくしは、何が何でもご子息の身の安全を確保していただきたいのです」
え、えっと、ちょっと待ってください。兄貴のことマイダーリンなんですかって、そうじゃなくて。
「あ、ああ、父上、信じられないかもだけど、リアーチェの言う通りなんだ。上位貴族は、なんて言うか、世界が違うんだ。僕も平民と貴族は常識が違ってて当たり前だと思ってたけど、上位貴族と中位貴族の違いはそれ以上なんだよ」
兄貴の言葉には、これでもかと実感がこもっていた。苦労してるんだな、兄貴。
「まず、確認させていただきます。現在、ランドール子爵家には、後継者候補が三人いらっしゃる。御長男の遺児、マーク・ランドール様。次男の現デイネルス侯爵マイダーリン。三男の次期ツオーネ男爵オスカー・ランドール・ツオーネ様。お義父様は御健勝でいらっしゃいますから、代替わりは急がない。マーク・ランドール様の成人を待って正式に代替りする。ここまではよろしいですか」
はいっ。異議無し!
「では、キャサリンお義姉様。お義姉様の身の振り方ですが、大きく三つございますわ。このままランドール家に留まる。御実家に戻る。世俗と縁を断って修道院に入る。わたくしの希望は留まっていただくことでございます。マーク様にランドール家を継いでいただく一番の方法ですもの」
「もちろんです。私は、マークと一緒にいます。実家を当てになんてしませんわ。伯爵家の四女なんて、厄介払いしたい余計者ですもの。出戻って来るくらいなら、さっさと死ねぐらい面と向かって言われますわよ。お義父様、お義母様、どうかここに置いてください。私、この家に来て初めて人間扱いしてもらえたんです。家の道具扱いは二度と御免です」
「政略の駒扱いが嫌なら、修道院という選択肢もございましてよ」
「それではマークと居られません。マークを手放すなんて絶対に嫌。マークは私の大切な家族なんです」
義姉二人の会話がポンポン進んで、口を挟む隙なんて無かった。
義姉さん、正直言って、大人しくて優しい人って印象しか無かったけど、色々あったんだなぁ。この家に来て幸せになれたのに、なんで兄貴死んじまったんだよ。
「正しい判断ですわ。では、次はお義姉様の再婚問題でございますわね」
え?
「お義姉様は、まだお若いですもの。お義姉様を手に入れて、あわよくばランドール家を乗っ取ろうという有象無象が湧いてまいりますわ。御実家あたりから圧力が掛かれば、断れない縁談だってございましょう。そうなれば、先夫の遺児なんて邪魔者、あっさり始末されますわ。そんなことになりましたら、マイダーリンが悲しみますわ」
何それ怖い。
「ですから、オスカー様。キャサリンお義姉様と再婚してくださいませ」
は?
「い、いや、あの、俺にはニーナが居ますけど」
ちらりと横を見たら、ニーナの表情が消えていた。こ、怖い。
「だからですわ。オスカー様なら、絶対にマーク様を押しのけてランドール家を手に入れようとなさいませんもの。マーク様の成人まで、キャサリン義姉様の虫よけ役にぴったりでございますわ。マイダーリンはすでに侯爵家の当主でございますから、他家の婿にはなれません。再婚は可能ですが、その場合、お義姉様はランドール家籍から抜けて、デイネルス侯爵家の第二夫人になってしまいます。それでは本末転倒でございますわ」
こ、ここで引いちゃいけない。ニーナと離縁させられてしまう。
「それはわかりますけど…。でも、俺だってツオーネ家の婿ですし」
「オスカー様はまだツオーネ男爵家の当主ではございませんもの。キャサリンお義姉様の夫となっても即座にランドール家当主にならない以上、なんの問題もございません。それに、オスカー様はほとんど任地においででしょう。休日は男爵家でお過ごしとお聞きしています。今のまま法律上だけお義姉様と婚姻すれば、完全に別居。白い婚姻を申し立てれば、容易く離縁が認められますわ」
うう、耐えろ俺。女侯爵の圧に負けるな。
「いや、俺、ニーナと離縁なんてしたくないです。書類上だけでも」
初めて、リアーチェ義姉の圧が弱まった。なんだか、きょとんとしている。
「なぜ、離縁の必要がございますの」
「は?」
「え?」
そこで兄貴がでっかい溜息をついた。
「オスカー、リアーチェは、第二夫人を娶れって言ってるんだ。上位貴族の常識ってやつさ。何人妻を持っても問題ないんだそうだよ」
「あー……」
やっぱり、上位貴族は怖い。
この話を書いていたら、女傑様の婿取り物語が浮かんで来ました(笑)
詐欺の手口に、複数の選択肢を提示するというのがあるそうです。自分で選んでいると錯覚させて、良いように誘導するんだとか。怖いですね。あと、上位貴族も怖い(笑)