デイネルス侯爵邸の客人
ようやく王宮を出られました。
今日から年末年始の休みに入りました。大掃除と買い出し、明日からはお節作りです。
王都旧市街、通称貴族街。
王城を囲むように広がる高位貴族家の屋敷は、一つ一つが広大な敷地を持つ。これは戦乱の時代の名残で、いざというとき、王都の住民の避難場所兼、王城を護る砦として使うためだ。
高い塀をめぐらせて中を覗かせないのは、決して、富と権力を誇示するためではない。建前と伝統は大事なのだ。
デイネルス侯爵家の屋敷も例に漏れず、正門から玄関まで、馬車で移動する造りになっている。整えられた庭園の奥に見える館は一部四階建てで、縦にも横にも大きい。玄関扉も見合った大きさで、全開にすれば、それこそ一部隊が横並びで一斉に飛び出せそうだ。
ここに来るのは、初めての顔合わせの時と兄貴の結婚式の時以来、三度目になる。あまりに世界が違い過ぎて、自分から訪問しようとは思えない場所だ。今回だって、王命が無かったら兄貴と同行しなかっただろう。
二人並んで豪勢な廊下を歩いてたら、兄貴から話しかけて来た。
「そんな顔するなよ、オスカー。打ち合わせが終わったら、食事でもしよう。大丈夫、身内だから小さい食堂を使うよう言っておく。晩餐会用の大ホールで食べたいって言うなら、そっちにするけど」
冗談じゃない。
「遠慮する。ちっさい方で良い」
小さいと言っても、この館基準なんだろうけど。
「そういうところだ、オスカー。人が良すぎるぞ。そこは食事を断れ。条件闘争に移行できるだろ。相手が是非にでもと言ってきたら、譲歩を引き出すか、今回限りと言質を取るかしろ。基本的に二つしか選択肢を出さない相手は、どっちに転んでも良いと思っている。自分から第三の選択肢を出して、ようやっと互角だと思っとけ」
また頭が痛くなることを。俺はそういうの苦手なんだよ。
「まあ、お前に向いてないのは重々承知してるよ。むしろ、人間としてはお前の方が好ましいんだろうな」
うん、兄貴は大変だな。前に高位貴族の常識は全然違うって言ってたけど、今日ほど実感したことは無いよ。
「しょうがないから、補佐を付けるぞ。家のことはニーナさんとキャサリン義姉さんが頼りになるから心配いらないけど、これから軍で出世するとなると、色々あるからな」
その色々が怖いんですけど。まあ、やっかみとか当然あるだろうし、ほんとにしょうがないんだろうなぁ。
「安心しろ、お前のよく知ってる人物だ。相性も良いだろ」
え、誰だろ。
名前を聞く前に、目的地に到着したらしい。開けっ放しのドアを通った先で、十人ぐらいが一度に席に就けるくらいの、楕円のテーブルが中央に鎮座していた。
「やあ、隊長、お疲れ様」
「なんでお前がここに居るんだ、テイラム」
そこに座っていたのは、俺の副官だった。
「軍使のホーネット中佐の件、王都警備隊本部に報告しに行ったら、そのまま王宮へ連れていかれて、国軍総司令官の執務室の控室で待たされてさ。そしたら近衛騎士が伝言持ってきて、この屋敷で隊長が来るまで待機してろって言われたわけだ。わざわざ軍の馬車まで出してくれたけど、隊長、何やらかしたの」
あー、どう言えば良いんだ。
「からかわないで頂きたいですね。オスカーは僕の可愛い弟なんですよ、殿下」
「あ、俺はもう殿下じゃないから。敬語も要らないよ。それとも、デイネルス侯爵閣下におかれましてはって、言われたいのかな、エザール卿」
あ、あれ?
「エザールで良い。それで頼めるか」
「もちろん。隊長のフォローは副官の職務さ。オスカーの事は気に入っている。万全に守ってやるよ」
何、二人で分かり合ってるんだよ。殿下って何だ。ちゃんと説明しろ。
何気にプロローグから名前付きで登場していたテイラム君。これからもオスカー君の親友枠で、準レギュラーです。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。今日は雨。屋根の雪が解けて、固まりになって地面に落下、小さな地響きが連続しています。雪の地方の方、屋根からの落雪には充分注意してくださいね。




