キャサリン義姉さんの縁談
キャサリン義姉さんが主役です。
「デアモント公爵閣下。わたくしに求婚いただいたこと、嬉しく思います。お受けするには条件がございます。ご了承いただけなければ、このお話は無かったことに」
キャサリン義姉さんの冷静な声が、王都のランドール伯爵邸の応接室に響いた。
えーと。鈍い俺にも解るよ。キャサリン義姉さん、恋愛感情ゼロですね。押せ押せの公爵閣下との落差が……。この縁談、断った方が良いかな。
「伺おう。我が公爵家、可能な限りの考慮を全力でさせて頂く」
公爵家の全力って、想像を超えるんだろうなぁ。想像したくないって言うか。
公爵閣下、真剣になられると緊張感が凄いです。さすがの貫録だけど、これ、縁談ですよね。国際条約の締結交渉じゃありませんよねぇえ。
「この縁談を受けるためには、オスカー様との婚姻を解消しなければなりません。重婚を認められるのは、王族、または貴族家の当主のみでございますから」
「私は独り身だ。結婚歴は無い。兄が身罷るまでは近衛騎士を務めていたのでな。これからはキャサリン夫人一筋を誓わせていただく。何度でも言わせていただこう。貴女が我が生涯唯一の女性だ」
マークが微妙な顔になった。そりゃ、母親が口説かれてるんだからな。
学園の寮にいたから、公爵閣下の口説き文句を直接目にするのは今日が初めてか。
「お言葉、ありがとうございます。ですが、わたくしが問題にしているのは、ランドール家との縁が切れてしまうことでございますわ。マークがデアモント公爵家に籍を移してしまえば、ランドールの祖父母とも縁遠くなってしまいます」
「気にせずとも、今まで通り交流していただいて結構。遠慮は要らぬ。むしろ聖女様の兄と言う立場は大きなアドバンテージとなる。何か言ってくるような者があれば、潰せばよい。公爵家の権威をお見せする良い機会となろう」
キャサリン義姉さんがホゥと息をついた。
「そういう話ではございません。言い方を変えましょう。わたくし、バルトコル伯爵家が断絶して、実家が無くなりましたの。ですから、後ろ盾がございません」
「後ろ盾など無くとも、全力でお守りさせていただくが」
「最後までお聞きくださいませ。わたくし、ランドールの義父様と義母様に、養子縁組していただきたいのですわ。そうすればランドール家がわたくしの実家になります」
お。おおお。すっごいナイスアイディア。義姉さん、グッジョブ!
「素敵だわ。キャサリンお母様がお母様で無くなっても、伯母様になるのね。マーク兄様は従兄弟になるけど、兄様って呼んで良いかしら」
ミリアが歓声を挙げた時点で、決着した。
父さんと母さんもマークを孫に出来るんだから反対しないし、デアモント公爵だって船長閣下に否やは無いだろう。
マークとカークが笑顔でハイタッチして、全員笑顔、満場一致。母さんが娘を嫁に出すんだからと張り切って大興奮したのは余談だ。
すみませんね、息子三人で。母さん、一人は娘が欲しかったって何度も愚痴ってたっけ。
二人きりで庭を歩く。結婚が決まって、くすぐったい気持ちになる。
「わたくしね、オスカー様が初恋でしたの」
公爵様は、わたくしの話を黙って聞いて下さる。
「ランドール家と縁談が決まって、親に言われるままに嫁ぎましたわ。そこに恋愛はありませんでしたけど、大切にしていただきました。亡くなったあの方は良き父であり良き夫でした。それで十分幸せだと思っていたのですけれど」
義弟となったエザール卿は、身分差を乗り越えた恋愛結婚。オスカー卿は見合いではあったけれど、傍から見ても相思相愛の万年新婚夫婦。
「初恋とは、少し違うかしら。わたくし、ニーナ様が羨ましかったのです。ニーナ様のように、オスカー様に愛されたかった。再婚してオスカー様の妻に成れましたけど、どこまで行っても、わたくしは義姉でしかありませんでした」
「知っていますよ。そんな貴女だから、私は貴女を好きになったのです。私は貴女の愛する人に成れなくていい。貴女を愛する人でいることを許していただきたい」
「まあ。もう認めていますわ。あんなに熱烈に口説かれたら、ほだされてしまいますもの。もう恋に夢中になる歳ではありませんけれど」
足が止まった。ゆっくりと向き合う。
「キャサリン夫人、いや、キャサリン」
「はい」
華やかな笑顔を浮かべて、抱擁を受け入れた。
む、難しい。お冨に恋愛モノは書けるんだろうか。高齢者の再婚が増えているらしい昨今ですが、穏やかに家族になれると良いですね。
デアモント公爵、独身です。キャサリン義姉さんを幸せにしてくれるかな。




