王家の血統書
積雪、十五センチになりました。明日の朝の通勤は、車で渋滞にはまるより歩く方が早いかも。
残念ながら、兄貴を問い詰める余裕は無かった。間を置かず奥の休憩室から重臣の皆様が戻られて、それぞれに退室していかれたからだ。
こちらを見ず仕事の話を口にしてられたのは、ひょっとして照れ隠しかな。
「では、セマトシー騎士団に出陣命令を出してまいります」
「予算の組み直しの叩き台を至急作成しましょう。削る予算については、国土大臣、延期できる案件の話し合いを……」
「正式な開戦の布告の日時は……」
いかにも有能な皆様のご様子に、任せておけば大丈夫という安心感が湧いてくる。
一番後ろから宰相閣下が来られた。
「さて、二人とも、こちらへ」
訂正。安心感がどこかへ逃亡しました。
奥の休憩室は、ごく普通の応接間だった。大きな窓の外には中庭が広がっている。三方を囲む建物には窓がなく、実質壁になっているから、警備上の問題は無さそうだ。
シンプルだけど上質な家具、過剰な装飾の無い落ち着いた空間。あまりに普通過ぎて、豪華絢爛な王宮では浮きまくっている。
この場は無礼講だからと、陛下の対面に座っているけれど、落ち着かないことこの上ない。
「オスカー・ランドール大尉、君には、覚悟を決めてもらわねばならない」
陛下から初めて個人的に直接いただくお言葉がこれって、絶対兄貴のせいだ。ええ、立候補はさせていただきます。さっきの話聞いてたら、今更断れないよなぁ。
「将来、君は国王の叔父になる。これは決定事項だ。だからそれまでに国軍で地位を築いてもらわねばならん。もちろん手助けはするが、基本は実力で頑張ってもらいたい」
多分、俺はポカンと口を開けていたんだろう。なんだか理解不能なことを言われた気がする。
「国王の、叔父、です、か」
聞き間違いにしても酷すぎる。
「そこは、私から説明しよう」
一人だけ残った宰相閣下が、淡々と話して下さった。
「良いかね。両親は二人だ。祖父母は、父方母方合わせて四人になる。曾祖父母は八人。代がさかのぼるごとに二倍に増えていく。ところが従兄弟同士になると、祖父母の数が六人に減る。父方でも従兄弟、母方でも従兄弟になれば、祖父母は四人だけだ。 従兄弟とは言え、血の濃さで言えば兄弟と同じになってしまう。ここまでは解るな」
はい、解ります。
「王家と高位貴族は代々婚姻を繰り返してきた。五代もさかのぼれば、全員、従兄弟並みになる。行き過ぎた近親婚は、弊害をもたらす。障害児が生まれたり、死産流産が増えたり、どうしても病弱になったりだ。だからと言って、簡単には外の血を入れられない。血統こそが王家と高位貴族の地位を担保するからだ。高位貴族で血が離れていること。条件に合う婚姻相手を選ぶのに、どこの家も苦労している」
うん、そうでしょうねとしか言えないです。
「ここでデイネルス侯爵だ。エザール卿は王家の血をひいていない。これから生まれる侯爵家の令息や令嬢は充分に血が薄い。その子を王家に迎え入れれば、高位貴族の血を薄めてくれる王子、王女が生まれる。誰が反対できると言うのか」
せ、切実なんですね。
「将来の王家の姻戚として、今から地位を上げてもらいたい。爵位は早々変更できないが、軍での出世なら比較的簡単だろう。先ずは子爵家当主となって、少佐に昇進してもらう。佐官なら、作戦部隊を指揮して独立行動をとれるからな。手始めが今回の立候補だ」
話が一周して戻ってきたけど、ちょっと待て。
「お言葉ですが、本官はランドール子爵を継ぐつもりは有りません。我が家の後継者は亡き兄の遺児、マーク・ランドールです。マークが成人次第、自分はランドール家を出て、ツオーネ男爵家へ戻る予定です」
俺にも譲れないものは有るんだ。
隣に座っていた兄貴が、いつもの溜息をついた。なんだか嫌な予感がする。
「御覧の通り、弟は野心の無い善良な男です。頼まれると断れないという人の善さもある。ただ、それだけに騙されやすい」
我が兄ながら酷い言い草さだ。まあ、自覚はあるけど、そこまで不用心じゃないぞ。
「オスカー、ニーナさんとの契約結婚の条件、覚えているな」
「もちろんだ。ツオーネ男爵家の後継者はニーナの血を引く男子に限るだよ」
「そう。つまり、ニーナさん自身もお前も、男爵家を継ぐことは不可能なんだよ。お前、ニーナさんの血は引いてないだろ。あきらめて子爵家当主になれ」
今日一番の衝撃に、俺の頭は真っ白になった。
やーっと、契約結婚の伏線回収です。オスカー君、今回のことが無くても王家と関わることが決まってました(笑)
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。寒さ厳しい折ですが、皆様、暖かくしてお過ごし下さい。




