ランドール伯爵領へ 農道を行く
田んぼだー!
幕末、日本の農村を見た外国人が、農地を西洋の庭園並みに手入れされていると表現したそうです。「農業ではなく園芸をしている」だそうな。
ひたすら広がる農地の中央を、一本の直線が貫いている。踏み固められただけの土の道だが、綺麗に均され馬車が揺れない。幅は、馬車が余裕を持ってすれ違えるくらい広い。
これ、国道よりはランク下がるけど、立派な地方街道並みだよな。私道には見えないぞ。これでただの農道って、冗談だろう。
それに、なんで規則正しく草が生えているんだ。畝も無いのに、真っ直ぐ筋になって植わってるって、ここは庭園か。
「ここの作物は米という穀物ですよ。植わっている草の状態では稲と言います。正条植えという手法で、株と株の間を等間隔に保っているんですよ。麦と違って、米は栽培方法次第で驚くほど収量が増える作物です。我がスミス家の本分ですからね、妥協は有り得ません。今植わっているのはダンジョンで発見された古代米ですが、品種改良の準備は出来ています。味、収量、耐病性、栽培期間、全てにおいてパーフェクトな品種を作り出して見せますとも」
あー、スミス公爵家は天津箱舟の食糧担当の家柄だったな。ダンジョンで発見された古代米って、天津箱舟に保存されてた品種ってことですね。
「ダンジョン! 米が採れるの」
馬車の窓にかじりついていたカークが、パッと振り向いた。
「そうですよ、カーク様。デパ地下ダンジョンでは、色々な物が発見されています。青いビートバンの他にも、植物の種の保存庫が発見されましてね。私の生家のスミス公爵家に口伝で伝えられていた作物の種があったんですよ。ランドール伯爵領はこれから開拓する土地ですから、ダメ元で試験栽培させていただいております。もし失敗した場合は、公爵家が責任もって賠償いたしますので、ご心配なく」
「デパ地下……」
カークが微妙な顔になった。
「ああ、我が国はデルスパニアだからな。デパ国とかデパ軍と良く省略されるんだ。ダンジョンは地下に広がった古代遺跡のことだよ。まだ見つかったばかりで、未知の宝庫だ」
「はい、今回の視察でご覧いただきますから、楽しみにして下さい。きっとカーク様のお気に召しますでしょう」
「うん、楽しみ」
そうそう、カークも男の子だからな、地下都市の探検なら、絶対ワクワクするよな。父さんも初めてだから、すっごく楽しみなんだぞ。
農道の先に在った開拓村で一泊した。
人口は千人あまりだったけど、きちんと区画整理されていて、将来一万人規模の町になる予定だとか。更地の住宅予定地や、店が一軒しか入っていない複合商業施設を案内してもらった。
大歓迎してくれた村人たちに、何かあったら代官のグレーン卿に陳情してくれと言い置いて、先へ進んだ。
いや、俺にどうしろと。頑張れとしか言えないんだけど。
俺に領地経営の才能は無いから。せいぜい現状維持が精いっぱいだから。新規開拓なんて、全部お任せしますから。皆さん、頑張って下さい。
延々と続く農地は、見覚えのない様々な作物の連続だった。計画的に引かれた用水路には、例のビートバンを利用した小舟が収穫物を満載して浮かんでいた。
時々見かける農夫の表情が明るくて、俺も嬉しくなる。
開拓村ごとに一泊して五日目、とうとう農地が途切れた。ここから領都キョウトまで、未開の草原が続く。かろうじて馬車の通れる道が通っているだけだ。ここからは野宿になる。
最後の村まで迎えに来ていた国軍の兵士が、警備に着いてくれた。領軍を編成するまでの暫定措置だ。
開拓途上の領地は色々と特例で融通を効かせてもらえて、正直助かる。
領都が伯爵領の端にあるのは、海峡に近い立地を重視したからだけど、王都から本当に遠い。王都と領都を結ぶ国道が出来たら、何日くらいの距離になるのかな。
未整備の道をガタゴト馬車に揺れながら、時たま現れる森を眺める。振動が強くて、カークもグロッキー気味だ。
まだ子供だからな。軍人の俺と比べたら可哀そうだ。
「しっかり把握して下さい。これがランドール伯爵領の原風景です。この先どれだけ発展しても、ここが原点ですから。カーク様、宜しいですね」
……何となくだけど。
グレーン卿、俺よりもカークに積極的に説明してないかな。
カークはツオーネ男爵家の跡取りだからな。次代のランドール伯爵家当主はマークだからな。
オスカー君、距離を馬車で何日と表現しています。長さではなく時間ですね。村と村の距離はバラバラですが、全部馬車で一日です。魏志倭人伝かーい(笑)
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。




