舞台裏への御招待
雪、降り出しました。明日明後日がピークだそうです。冬ですね。
「しばし、お時間を頂きます」
気まずさの充満する空気を掻き回したのはエザール・デイネルス侯爵、俺の兄貴だ。つかつかと壁際へ寄って来て、俺の正面に立った。
「それで。何故お前がここにいるんだ」
ああ、はいはい。あくまで兄弟の会話ね。ちょっとばかり声が大きくて、周囲に聞こえてしまっても不可抗力ってことだね。
「東門を警備中、黒旗の軍使が来た。門に到着する直前、馬が潰れて軍使が負傷、黒旗を委任されてここまで届けた。退出許可を待っていたら、軍議が始まってしまって現在に至る。以上」
報告は簡素に、要点を押さえる。もちろん虚偽は無し。軍人の心得だ。
「陛下、しばし休憩にいたしませぬか」
唐突に、宰相閣下の声がした。
「ささ、休憩室へ参りましょう」
ささ、さぁさぁ、と促されて、執務室にいた皆様がそのまま奥へと大移動した。まだ奥に部屋があったんだ。さすがに広いなぁ。
一人だけお座りになられていた陛下が、一足遅れて着いて行かれる。えっと、国王陛下を置いてけぼりは有りなんですか。
次の瞬間。
「何考えてるんだ、この馬鹿が」
「ご免なさい、うっかりしてました」
「うっかりで済むかっ」
今、ご免なさいって言ったの、陛下の声だったような……まさかね。それに宰相閣下、あんな大声で怒鳴る方には見えなかったし……。
「いやだって、いつもの黒旗だったら埃だらけだし、草臥れきってるし、すぐに下がって休めって言うよ。でも彼、元気だったろ。気が急いて先に書状読んでたら皆来ちゃったし」
あああ、やっぱり陛下で間違いない。だけど、さっきまでの印象とは違い過ぎて、違和感がものすごい。
右隣の近衛騎士が、ふうっと息をついて、肩を下げた。
「言うまでも無いと思うが、この場での一切は他言無用。侯爵、君もだ。まあ、いつもの事ではあるがね」
苦笑を浮かべてこちらを見て来る顔は、やけに人間臭かった。
「この場にいる高位貴族は、全員が親戚で幼馴染なんだよ。いったん職務から離れたら遠慮する仲じゃないのさ。そうだね、執務中は国王と重臣という役割を演じているんだ。休憩室は楽屋裏、演技をする必要が無い場所なんだよ」
そんなもんなんですか。随分と優秀な俳優でいらっしゃるんですね。そう思っていたら、今度は左隣の近衛騎士に声を掛けられた。
「おめでとう。二人とも、目出度く舞台裏の仲間入りだ。侯爵はいずれ仲間になってたけど、大尉、君は成り行きというか、ま、運が良かったね。いや、悪かったのかな。黒旗じゃなかったら絶対途中で止められて詮索されてたし、書状だって取次に渡してそれで終わりだったろうに」
本当にそう思います。なんてこった。
「ま、どちらにしろ、今回の立候補は避けられなかっただろうね。そうだろう、デイネルス侯爵」
そうだそうだ、何してくれてるんだよ、ちょっとお話しようか、兄貴。
休憩に入ったので、近衛騎士さんも気を抜きました。
おかしい、陛下から軍務を命じられるところまで進むはずだったのに。次回は、戦場へ出発できるかな。
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