プロローグ
オスカー君は、ここが波乱万丈のスタート地点とは思ってもいませんでした。むしろ、しがない騎士爵が次期男爵に成れるなんて一生分の運を使い果たしたと思っています。
オスカー・ランドール。彼は子爵家の三男として生をうけた。
長男は跡取り、次男は長男のスペア、その下はその他大勢というのが、貴族の常識である。オスカーもそんなものだと納得していたし、一代限りの騎士爵を賜って、子の代からは平民になるのだろうなと思っていた。
貴族の義務として王都の学園に三年間通ったが、成績は中の下、国の文官なんてエリートコースに乗れるはずもなく、生き馬の目を抜く商人の世界に飛び込む甲斐性だってない。消去法で国軍に入隊する将来しか見えなかった。
武門の家柄や高位貴族なら、将官として軍の中枢を狙ったり、軍官僚として政治にかかわったり、名誉有る近衛騎士という華々しい選択肢がある。男爵や子爵の当主なら、佐官相当の地位が約束されるし将官だって狙えるかもしれない。まあ、大将や中将は無理でも少将や准将なら可能性はある。
では、子爵家三男では?
「おい、オスカー、手紙きてるぞー」
庶務のテイラムが片手をあげて、食堂のテーブルで一息ついていた俺に声をかけてきた。
「お、ありがとう。って、どこからだ」
「かーっ、さすが騎士爵様、ありがとうなんてお上品なこって」
「言ってろ。これでも貴族の端くれだからな。ま、平民一歩手前の名ばかり貴族で嫁をもらえる当てもないって、自分で言って泣けてくる」
我ながらわざとらしい泣き言に、食堂がどっと沸いた。
ここは王都警備隊の兵舎の一つ。似たような境遇の貴族の子弟と平民ばかり、男所帯は気楽なもんだ。わざわざ部屋に戻るのも面倒で、その場で実家からの手紙をあらためたんだが。
「へー、二番目の兄貴の結婚が決まったから、一度顔合わせに来いってさ」
「おー、目出たいじゃないか。じゃあ、実家に帰るのか。いつからだ。休暇申請ならここで受け付けるぜ。優しい庶務だろ俺」
軽く言いながら、テイラムが隣に座った。
「いや、お相手が王都に出て来ているらしい。俺の休日に合わせて親父たちがこっちに来るから、いつになるかの連絡と宿の手配頼むって」
悲しいかな地方貴族の子爵風情では、地価も物価も高い王都に別宅を構えるなんて贅沢できない。今回は顔合わせだから、ホテルだって貴族としての見栄を張る必要がある。俺の休日に合わせるという口実で、日数を縮めて節約したいんだろうな。
それにしても、相手は誰なんだろう。わざわざ王都でってことは、王都に本店のある大商人とか、王城で仕事している領地の無い貴族家かな。
そう思っていた時が、俺にもありました。
結論から言おう。相手は王都の貴族街にどでかい屋敷を持つ侯爵家でした。し、か、も。
子爵家から侯爵家に婿養子で入るって、何。そんな逆玉の輿なんて、現実にあるもんなの。侯爵家の一人娘なら、公爵家とか王家と縁を結ぶのが普通じゃないの。
兄貴から受けた説明はこうだ。
当の御令嬢には、幼少期から婚約者がいた。高位貴族なら当然のことらしい。ところがお相手が病死してしまった。
その時には身分と年齢の釣り合う殿方はみんな婚約済み。対象を中位貴族の当主か次期当主に広げて当主夫人になり、実家の侯爵家は養子をとって跡を継がせることになった。なったのだが。
この養子選びが大難航。近親に相応しい人物がおらず、遠縁は数が多すぎて、財産目当ての足の引っ張り合いが起きた。幸い人死には出なかったが、怪我人多数、危うく事件になりかける騒ぎに。
養子候補は全員失格、いっそ今まで縁のなかった地方貴族から婿養子をと、御令嬢自身が言い出した。
実は、兄貴と御令嬢、学園時代の知り合いで、互いに憎からず思っていたそうだが、身分やしがらみから友人以上恋人未満どまりだったそうで。
「恋愛結婚ができるなんて、わたくし、幸せですわ」
満面の笑みでそう宣言した御令嬢に、侯爵夫妻も折れたのだとか。
ちなみに兄貴は、次期子爵家当主の長兄のスペアとして補佐していたんだが、長兄に嫡男が生まれて目出度くお役御免。なんの憂いもなく侯爵家へ婿入りしたわけだ。
俺も侯爵夫妻の義弟ということで、おこぼれに与った。なんと男爵家に婿入りが決まったんだ。
特技も才能もない平々凡々な騎士爵が爵位持ちに成れるなんて、本当に信じられないくらいの幸運だ。
男爵令嬢は美人じゃないが可愛いし、俺と違って、領地経営だってできるたくましさ。
役立たずの俺は相変わらず国軍で剣を振るしか能がないけど、爵位ブーストで中隊長まで出世できたし、娘も生まれて順風満帆。
うん、順風満帆だったはずなんだ。
本当に貴族社会は奇々怪々。なんで俺があんな苦労をしょい込む羽目になったのか、これから語っていきたいと思う。
ぼちぼち書いていきます。読んでいただいてありがとうございました。