5、元婚約者同士、再び
ついに決戦の日がやってきた。
アルベルタ嬢も先日めでたく学園を卒業し、今日の夜会から社交界に出る。
そこでプロポーズしてそのまま結婚に持ち込もうというのが、妹の作戦だ。
「あああ、緊張する!無理、もう無理、何も手につかない!」
執務机の前で書類の山に頭を突っ込んで訴えると、横で同じく書類の山に囲まれたリーンハルトが投げやりに返してきた。
「王太子殿下、ちゃんと仕事を終わらせないと身支度の時間がなくなりますよ。」
「少し手伝ってくれよ。」
ぶちっと音がして横を見ると、弟が壮絶な笑顔をこちらに向けていた。
「王太子殿下?そう言って一昨日からどれだけの仕事を私に押し付けていると思います?この机の上を見て何も思わないんですか?私はまだ学生なんですよ?休暇中とはいえ課題もあるんです。これ以上グダグダ言ってるとアルベルタ嬢にバラしますよ。」
バラすって何を?!とは思ったが、弟が有能なのをいいことに、かなりの量を回している自覚はあったので、残りは黙って自分でやることにした。
でもな、弟よ、兄はお前が普段3割程度の力しか出してないのを知ってるんだぞ。
今だって精々5割だよな?
たまには全力を見せてくれてもいいじゃないか。
そして数年後、俺は弟の全力を見せつけられることになる。
彼は妻との時間を作るためだけに全力を出す男だった・・・。
なんとか仕事にきりをつけて、夜会の支度をする。
メラニーを通して、アルベルタ嬢には日頃のお礼と称し、ドレスなどを贈らせてもらった。
この半年で彼女とは随分距離が近づいた。ドレスを受け取ってくれたということは、向こうも少しは俺の気持ちに気がついてくれているんじゃないかと思う。
お互いの目の色が緑なのをいいことにちゃっかり俺の目の色に近い濃い緑の入ったドレスにした。
それで俺の衣装も緑を差し色に使ってみた。こういうのは嬉しい反面、ビクビクするな。
承諾をもらうまでは自分の目の色だと思うことにしよう。
支度中、リーンハルトがアルベルタ嬢とお揃いの色の衣装を、羨ましそうに見ていたのにはちょっとだけ溜飲が下がった。
彼の婚約者はまだ学園を卒業していないので、夜会への参加は義務ではないし、来たらきたで弟がどうなるのかわからないので招待状を出していない。
彼はいつも王族としての義務で姉と参加だ。まあ、令嬢達がわんさか寄ってきてるからいいじゃないかと思う。
俺達王族は会場には最後に入る。
国王夫妻である両親の後について、弟妹達ときらびやかな広間に入れば歓声が沸いた。
人が多すぎてアルベルタ嬢の姿を直ぐには見つけられない。彼女は、小さいので人混みに埋もれてしまうのだ。
彼女を探して、今からプロポーズしなければならないかと思うと、全身が心臓になったみたいに耳元でドキドキと音がする。
「お兄様、頑張ってね!」
「僕らがここまでお膳立てしたものね。」
後ろで呑気な弟妹が檄を飛ばしてくる。
いいよな、プロポーズされた側としなくても結婚できると決まってるやつは。
緊張のあまり、脳内で弟妹達に謎の八つ当たりを始めた俺を現実に戻したのは、会場の隅から聞こえる大声だった。
「アルベルタ、お前が彼女をいじめているのは皆が知っているんだぞ。ここで土下座して謝れ!」
首を伸ばしてそちらを伺うと、あのアルベルタ嬢の元婚約者の馬鹿男が、俺の元婚約者を連れてアルベルタ嬢を責め立てていた。
横にいた弟にも聞こえたらしく、首を傾げている。
「あれー?彼等には僕のお願いが遠回し過ぎて理解できなかったみたいだね?」
お前、脅しをかけるなら、相手のレベルに合わせろ。また遠回しに彼等を侮辱するのはいいが、やることはちゃんとやってくれよ。馬鹿にもわかるように対応しろよー!
これじゃ、プロポーズどころじゃないじゃないか!
俺はアルベルタ嬢のところへ向かうべく、急いで上段から駆け下りた。
後ろから、行け行けー!と両親の声がしたような気がしたが、気のせいだよな・・・?
「王太子殿下、よければ私と踊って下さいませ。」
「あら、私とよ。」
「私が先だってば。」
「え?」
そして、何故かこんなときに限って、令嬢達に取り囲まれる。なぜだ?!
「王太子殿下、実はまだ婚約者が決まってないという噂は本当ですかぁ?」
「へ?」
なんでそんな噂が!俺は弟に助けを求めようと目を遣ったら、やつはさっと目を逸した。
おーい、兄のピンチを救ってはくれないのか?!
こうしているうちにも、アルベルタ嬢が何を言われているかと思うと気が気じゃない。
弟妹よ、俺が悪かった、確かに好きでもない令嬢達に取り囲まれても楽しくはない。
特に想う相手がいる場合は、邪魔でしかないということがよっくわかった!
だから、助けて・・・。
「あらあら、皆様ごきげんよう。」
そんな俺に救いの手を差し伸べてくれたのは妹のメラニーだった。
「兄は今から大事な用があるんですの。それに、結婚したい相手は決まってますのよ。よろしければ皆様は、私と踊るのに飽きた弟の相手をしてくださいませんか?」
そう言ったメラニーは扇をぱちんと閉じて、くいっと弟に向けて動かした。
ご令嬢達はあの第2王子と踊れると聞いて、あっさり俺の周りから引いた。
第2王子の人気は凄いな!
姉の発言を耳にして真っ青になった弟だったが、姉には逆らえぬと覚悟を決めて降りてきて、生贄になってくれた。
いつの間にか令嬢の数が倍増しているような気がしたのは、気のせいだろう・・・。
弟に心の中で土下座して謝りながら、俺はアルベルタ嬢の所へ走った。
「私はそのようなことはしておりません。言いがかりですわ。」
人垣の向こうからあの時と同じ凛とした声がする。
覗き込むと中心の空間に元婚約者達と一人で対峙するアルベルタ嬢の姿があった。
彼女は俺が贈ったドレスを身につけてくれていた。今、それどころじゃないというのに俺は、そのドレスが想像以上に彼女の美しさを引き出していることに喜びを感じた。
「何を白々しい。お前が彼女の教科書を隠したり、靴に泥を入れたり、水たまりに突き飛ばしたことはわかっているんだ。」
馬鹿男の台詞に、俺は覚悟を決めて人垣の中へと身を滑り込ませる。
俺のことに気がついた観衆が次々に道を開けてくれ、あっという間にアルベルタ嬢の元へたどり着いた。
「王太子殿下」
驚く3人に片手を上げて、王太子スマイルでにこやかに挨拶をする。
「やあ、この夜会を楽しんでくれているかな?先程から大声が聞こえるから、気になって見に来てしまったよ。」
「こ、これはですね、アルベルタが彼女をいじめているので話し合いをしているのです。王太子殿下のお手を煩わせることではありません。」
ほお。馬鹿男なりに言うじゃないか。
俺はにっこりと笑って男の前に進み出た。
「お前はアルベルタ嬢との婚約を解消したはずだ。アルベルタ嬢もしくはヴィーゼント伯爵令嬢と呼ぶべきじゃないか?」
男がぐっと黙ったところで今度は俺の元婚約者が俺にしなだれかかってきたので、ぎょっとして避ける。
「王太子様、私はアルベルタ様にいじめられてるんですぅ。もう本当に辛くって・・・。」
「俺もその噂は弟から耳にした。」
彼女の顔がパッと輝き、視界の端でアルベルタ嬢が拳を握りしめたのが見えた。
俺はアルベルタ嬢の側に行き、その手を両手で包み込んだ。
驚いて見上げてきたアルベルタ嬢へ安心させるように微笑みかけると、対峙する2人を睨みつける。
「俺はアルベルタ嬢の人となりを知って、その上で彼女がいじめをするような人ではないと思った。だから、噂の出所と真偽を弟に探らせた。」
3人の目が俺の口に集中する。
「結果、そこの彼女の自作自演と判明した。そうだろ?」
元婚約者に視線を向ければ、真っ赤な顔で俯く彼女が目に入った。図星か。思ったよりは素直らしい。
「だって先に私を陥れたのはアルベルタ様なんですよ?!王太子殿下の婚約者になりたくて自分の婚約者をけしかけたんでしょ?!おかげで私は両親からも冷たくされて、酷すぎる!」
俺は彼女を憐れんだ。なんでこうも自分のしたことに責任を取らず、人のせいにしかできないのか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。頑張れ、弟。