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『龍祭』

作者: 文月優

 龍討伐、それは冒険者なら誰でも憧れる大偉業。しかしそれを為せる冒険者グループは限られており、その栄誉に挑める者は幸運の女神に愛された者たちだけだ。銀級パーティーでは悠遠の時を生きる超越者たる龍の怒りにすら触れること叶わず、数々の金級パーティー達が夢に挑んで灰と化した。詩歌いが今日も歌う、偉業を為した者たちの物語を。今日の酒場は、往年にない活気に満ちている。龍に挑む栄誉に預かった者たちが、龍討伐の栄光に挑む前祝い。実に20年ぶりになる、それだけ龍は人からあまりに遠い存在であった。送り出す側は盛大に未来の英雄候補たちを讃え、それは同時に弔いでもある。勝って英雄たちの座に列するか、負けて風に吹かれて舞う塵になるか誰にもわからないから祝いは自然と盛大になった。ありとあらゆる音が空間に満ち、夜の闇を跳ね返すような騒がしさが町中に満ちている。テーブルの上で陽気に踊る楽士の女や、酔いつぶれて床に寝そべる大男。興奮して過去の自分の冒険譚を唾混じりに喧伝する銀級冒険者の壮年男。窓から見える空には色とりどりの光が魔法で散りばめられている。しかしこの夜の主役である龍討伐の一行は、この街にはもういない。陽が落ちかけたときに街を後にしたのだから。それが龍に挑む者たちの間に伝わる長年の伝統であった。しかし彼らも同じ空の下にいる。一際大きい白と赤と黄と水の色の星の回りをぐるりと無数の小さい星たちが取り囲んで回っているのを彼らもキャンプ地から見て、四方大陸に届かんばかりの喧噪は聞こえているだろうか。一際大きい星と周辺の無数の星たちは、彼らと冒険者たちが常に共にあることを表わしている。これもまた古くからギルドと国に伝わる慣習であった。龍討伐の偉業が最後に達成されてから、130年と8年が経つ。それは龍にとっては瞬きに満たない時でも、ヒトにとっては幾世代が変わるほどに長い。人々は新たな英雄を欲していた。『竜に届いても、龍にはとどかない』。大陸で知らぬものがないほどの偉業を成した生涯金級冒険者であった者が残した有名な言葉だ。彼は最期の時に瞳から一筋の涙を流しながら、自分の年老いた腕を血の気が失せるほど握りしめ、最後にこの言葉を放ったとされる。時の流れは残酷で、好敵手との遭遇を焦がれるうちに彼の体は年老いてしまったから。彼は龍討伐を期待されていたが、ついぞ龍とまみえることなくこの世を去った。その孫弟子にあたる戦士が仲間を率いて龍に挑む。彼らが龍討伐を成し遂げるかどうかは、神のみが知るだろう。

この残酷な世界に神がいるのならば、だが。

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