大掃除の不要なもの、必要なもの。
これは、年末の大掃除をすることになった、ある男子小学生の話。
師走の日曜日。
布団の中で幸せそうに眠っているその男子小学生は、
しつこい掃除機の音で目を覚ました。
「う、う~ん。うるさいなぁ。」
時間はもうすぐ昼になろうという頃。
その男子小学生は、寝ていた布団から起き上がり、
部屋のふすまを開けた。
ふすまを隔てた隣の部屋では、
母親が忙しなく掃除機をかけていた。
その男子小学生が、頭に寝癖をつけたままで口を開く。
掃除機の音に負けないよう、精一杯の大声を出した。
「お母さん!
寝てる時に掃除機なんてかけないでよ。」
文句を言われた母親は、
掃除機をかける手を止めようともせず、
逆にその男子小学生を軽く睨み返した。
「何を言ってるの。
今日は大掃除をするって言ってあったでしょう。
それなのに、昨日もまた夜ふかしして。
いつまでも起きてこないから、先に大掃除を始めていたのよ。
あなたも自分の部屋の大掃除をしなさい。
どうせ、部屋は要らない物でいっぱいなんでしょう。」
母親にそう言われて、
その男子小学生は、言いつけを思い出した。
この週末は大掃除をすると言われていたのだった。
それにも関わらず、その男子小学生は、
昨日の土曜日は一日中、外に遊びに出かけ、
今日の日曜日も朝寝坊してしまったのだった。
それを思い出して、その男子小学生は仕方なく返事をした。
「ちぇっ、わかったよ。」
そうしてその男子小学生は不承不承、
自分の部屋の大掃除をすることになった。
母親に大掃除をするように言われて、
その男子小学生は、改めて自分の部屋の中を見渡した。
広さは四畳半ほどの畳敷き。
小学生にはちょっと贅沢な自分の部屋。
その部屋の中は、
足の踏み場もないほどの物で溢れ返っていた。
積み上げられた漫画本、
古くなって黄ばんだぬいぐるみ、
使わなくなったおもちゃ、
などなど。
その積み上げられた物の合間に、
飛び石のように床が見えている空間があって、
そこを足場にして生活していたのだった。
その男子小学生は、そんな部屋の惨状を目の当たりにしても、
腕を組み、首を傾げて言う。
「ママは掃除しろって言うけど、
この部屋の中には、要らない物なんて無いんだよな。
あの漫画本はよく読むから、いつでも読める場所に置いてあるわけだし、
あのぬいぐるみは、クッションの代わりに丁度いいし、
あのおもちゃは・・・いつかまた使うかもしれないし。
うん、無駄に置いてあるものなんて無いよ。」
部屋が片付かない理由を棚に上げて、自分ひとりで納得している。
そこに、ふすまを開けて母親が顔を覗かせた。
「部屋の広さには限りがあるんだから、
どうしても必要な物以外は処分しなさい。」
「不要な物なんて、僕の部屋には無いよ。」
「じゃあせめて、押入れか棚に仕舞っておきなさい。」
「仕舞う場所がもう無いんだよ。」
「溢れた物は捨てなさい。」
「だから!必要な物なんだって。」
不要な物は処分しろと言う母親と、
不要な物なんて無いと言うその男子小学生。
ふたりで堂々巡りになってしまった。
業を煮やした母親が、話を切り上げるために言った。
「とにかく!
要らない物はまとめておきなさい。
これから廃品回収業者を呼んで、引き取ってもらいますからね。」
そう言い放って、母親は引っ込んでいってしまった。
「要らない物なんて無いって言ってるのに。」
その男子小学生は口を尖らせて、
まだそんな文句を言っていた。
その男子小学生が不平を溢している間。
母親は電話帳を開いて、廃品回収業者を探していた。
すぐに数件の業者の電話番号が見つかった。
その中から、めぼしい業者に電話をかける。
しかし、
今は師走で大掃除の時期なので、
今日すぐに来てくれる業者は中々見つからない。
何件目かの電話を切り終えて、母親が軽く溜め息をついた。
「困ったわね。
どの廃品回収業者も、回収に来られる日時は決められないって。
こんなことなら、もっと早くに頼んでおけばよかったわ。
どこかに、今日すぐに廃品回収に来てくれる業者はいないかしら。」
ダメ元で電話帳をもう一度調べてみる。
そうして母親が見つけたのは、電話帳の端っこにある業者だった。
即日回収。今すぐご連絡ください。
という宣伝文句と、
連絡先として13桁の数字が書かれていた。
「これ、電話番号なのかしら。
こんなに桁数が多い電話番号、見たことがないのだけれど。」
半信半疑で、その13桁の番号を電話機で回してみる。
数回の呼び出し音の後で、電話は繋がった。
「・・・もしもし。」
電話口の向こうから、陰気そうな男の声が聞こえてきた。
母親はちょっと面食らいながらも、てきぱきと要件を伝える。
「えっと、もしもし?
廃品回収業者さんですか。
家の大掃除をして出てきた不要な物を、回収して貰いたいのですけれど。
急な話ですけれど、今から来て頂けませんか。
住所は・・・」
説明しようとする母親の声を、電話口の向こうの男が遮る。
「・・・はい、廃品回収ね。
今、お宅の前に着いたよ。」
家の呼び鈴が鳴らされた。
母親は受話器の口を抑えて、玄関の方を見た。
「まさか、もう来たの。
今、電話したばかりなのに。」
受話器に耳を当てると、電話は既に切られていた。
仕方がなく、母親は受話器を置くと、
半信半疑のままで玄関に出た。
玄関の扉を開けると、そこには、
黒い作業着に黒い帽子の男が立っていた。
「・・・はい、どうも。
今しがた電話を貰った、廃品回収業者の者だよ。
不要なものを引き取りに来たよ。」
どんな仕掛けなのか、
その黒い作業服の男の声は、
今さっき電話で聞いた声と同じだった。
母親が廃品回収業者の手配をしている間。
その男子小学生は仕方がなく、部屋の大掃除をしていた。
部屋に積み上がった物を崩しては、要る物と要らない物に分けていく。
とは言っても、
ほとんどが要る物に分類されていくので、
物の数は遅々として減らない。
それどころか、
部屋の物を手に取る度に掃除の手が止まる。
「あっ。
このおもちゃ、しばらく触ってなかったなぁ。
こっちは失くしたと思っていた漫画本だ。
こんなところにあったんだ。
おっ、あっちのあれは・・・」
そうして、
その男子小学生が物の山の中から手に取ったのは、
古い竹とんぼだった。
薄汚れてしまった古い竹とんぼを目近に、
その男子小学生はしみじみと言った。
「これ、お気に入りの竹とんぼだ。
昔、お父さんとお母さんに買って貰ったんだっけ。
懐かしいなぁ。
こんなところに紛れ込んでいたなんて。
ちょっと庭に出て竹とんぼを飛ばしてみようか。」
その男子小学生は、
部屋から庭に出る引き戸を開けると、
つっかけに足を通して庭に飛び出そうとした。
その時、
背後から母親の声が飛んできた。
「これ!
どこに行くの。
掃除はまだ終わってないでしょう。」
「ちょっと竹とんぼを飛ばすだけだよ。
すぐ戻るから。」
その男子小学生は面倒くさそうに、振り返りもせずに応えた。
母親は腰に手を当てて叱り飛ばす。
「そんなことを言って、掃除に飽きたんでしょう!
今、廃品回収業者の人が来たのよ。
自分で掃除が出来ないのなら、
ママが適当に選んで、不要な物は処分してもらいますからね!」
母親のそんな言葉を途中までしか聞かず、
その男子小学生は、
竹とんぼを片手に庭へと出て行ってしまった。
そうして、その男子小学生が庭に出ていった後。
母親は、一緒にいた黒い作業服の男に向き直った。
「お見苦しいところをお見せしてしまって。
改めて、廃品回収をお願いします。
この部屋の床に置いてある物は、全部処分して貰って結構ですので。」
黒い作業服の男が、黒い帽子を目深に直して聞き返す。
「・・・いいのかい?
あの子供は、不用なものだとは言っていなかったけど。」
黒い作業服の男は終始うつむき気味で、
その顔はよく見えない。
構わず、母親が頷いて返す。
「ええ、結構です。
どうせあの子の部屋にある物なんて、不要な物ばかりですから。
全て引き取ってください。」
「・・・はい、わかったよ。」
黒い作業服の男はそう返事をすると、
大きな掃除機のようなものを取り出してみせた。
その掃除機は真っ黒で、小ぶりなテレビ程の大きさはあった。
ノズルの口は、丸のままのリンゴが吸い込めそうな程に大きく、
まるで生き物の口のように蠢いて見えた。
「それじゃあ、不要なものの回収を始めるよ。」
黒い作業服の男が、
その大きな掃除機のノズルを、物の山に向けた。
すると、
どんな仕掛けなのか、
ノズルの口が大きく開いたかと思うと、
大小の物たちがまとめて吸い込まれていった。
小さなおはじきや、
子供の体ほどの大きさのぬいぐるみまで、
どんな物でも構わず吸い込んでいく。
ノズルの口の奥からは、メキメキバキバキと噛み砕くような音が聞こえた。
その様子は、獲物にかぶりつく獣のようだった。
母親が感心して声をあげた。
「まあ!
すごい掃除機ですわね。
あんなに大きな物まで吸い込んでしまうだなんて。
おかげで部屋がどんどん片付いていくわ。」
「・・・これはうちの特別製でね。
不要なものなら、どんなものでも吸い込んでしまうんだ。」
「手際が良くて助かるわ。
この部屋の物を吸い込み終わったら、次は隣の部屋をお願いします。
不要な物を集めて置いてありますから。」
「・・・はい、わかったよ。」
そうして、
部屋の中の物が粗方吸い込まれていく間、
その男子小学生は、
そんなことには気が付かず、
庭で楽しそうに竹とんぼを飛ばしていた。
その男子小学生が、
竹とんぼでひとしきり遊び終わって、
庭から自分の部屋に戻ってきた。
するとそこには、変わり果てた光景が広がっていた。
部屋の中に所狭しと積み上げられていた物。
それらの物のほとんどが、姿を消していた。
飛び石程度にしか見えていなかった床は、
今やその姿の殆どを露出していて、引っ越しした直後のようだった。
そんな部屋の光景を目の当たりにして、
その男子小学生は呆然と立ち尽くした。
手に持っていた竹とんぼが、剥き出しになった床の上に落ちる。
開きっぱなしの口から、かすれた声が漏れた。
「部屋の物が、失くなってる。
・・・まさか、お母さんが処分したのか。
なんてこった。
どこかに持っていく前に止めないと。」
血相を変えて、家の中を探す。
すると玄関で、
母親が廃品回収業者の男と話しているのを見つけた。
「今日は、本当にありがとうございました。
おかげで大掃除が終わってすっきりしましたわ。」
「・・・そうかい。
しばらくはこの近所にいるから、
また必要になったら声をかけてくれよ。」
廃品回収業者の男はそう言うと、玄関から外に出ていってしまった。
入れ違いに、
その男子小学生が玄関にやってきた。
母親の背中から、非難の声を浴びせかける。
「ひどいよ、お母さん!
僕の部屋の物を勝手に捨てるなんて。
あの中には、思い出の品がたくさんあったんだよ。
お父さんとお母さんに買って貰った物もあったのに。」
しかし母親は、
表情を崩すこと無く、冷静に応えた。
「そんなことを言っているから、
いつまで経っても部屋が片付かないのよ。
不要な物は廃品回収業者に引き取って貰いましたからね。
次からは、部屋を散らかすんじゃありませんよ。」
母親は素っ気なくそう言い放つと、
その男子小学生の横を通って、家の中に戻ろうとした。
その時。
その男子小学生は激昂して、こんな言葉を口にしてしまった。
「そんなことを言うママなんて、もういらない!」
すると、
玄関の向こうから、
陰気な男の声が聞こえてきた。
「・・・はい、わかったよ。」
玄関の扉が薄く開けられて、
その隙間から、黒い筒のような物が顔を覗かせた。
それは、ノズルの先端。
あの大きな掃除機のようなものの、ノズルの先端だった。
扉の隙間から顔を覗かせたそれは、
蛇が獲物を狙うように、左右をキョロキョロと見渡した。
そうして、
その男子小学生と母親の姿を見つけると、
その鎌首をもたげて襲いかかった。
轟音とともに、周囲の空気がノズルへと吸い込まれていく。
しかし、
どんな仕掛けになっているのか、
その男子小学生も周りの物も、微動だにしない。
唯一、
母親の体だけが、ふわりと浮き上がっていた。
ゆっくりと宙を舞って、ノズルに向かって吸い込まれていく。
母親は慌てて手足をバタバタとさせた。
「な、何!?
体が吸い込まれていくわ。
あなた、何をしたの!?」
「ち、違う!僕じゃない。
あのノズルが・・・」
その男子小学生が説明しようとする、その間にも、
母親の体は、見る見るノズルへと引き寄せられていった。
その男子小学生が母親を掴まえようと手を伸ばしたが、一歩遅く。
母親の体は、
大きく口を開けたノズルの中へと、吸い込まれていってしまった。
ノズルの口の奥から、メキメキバキバキと噛み砕く音が聞こえる。
そうして、
獲物を丸呑みにしたノズルは、満足そうに口を閉じると、
扉の隙間から外へと消えていった。
玄関には、その男子小学生だけが残された。
一部始終を目撃したその男子小学生は、
声を出すことも出来ず、
腰を抜かしてへたり込んでしまった。
母親が大きな掃除機のようなものに吸い込まれてから、
小一時間ほどが経って。
鍵を開ける音がして、玄関の扉が開けられた。
外から姿を現したのは、その男子小学生の父親。
休日出勤を終えた父親が帰宅したのだった。
「ただいまー。
日曜日なのに急に会社に呼び出されちゃって。
大掃除を手伝えなくてごめんなー。」
父親が玄関で靴を脱ぎながら話しかける。
しかし、誰もその声には応えない。
家の中は、微かに人の話し声が聞こえるだけ。
他に物音は無く、明かりも点けられず薄暗い。
そんな家の中の様子に、
父親は首を傾げながら家に上がり、
玄関と廊下の明かりを点けた。
もう一度、家の奥に向かって呼びかける。
「ただいまー。
誰もいないのかい?」
静かすぎる家の中の様子を訝しみながら、
廊下を通って奥へと進み、
半開きの扉を開けて居間に入った。
居間の中は明かりが点けられず、
テレビだけが点けっぱなしになっていた。
微かに聞こえるテレビの音。
番組に合わせて踊る光に照らされて、
ソファに誰かが座ってうずくまっているのが見えた。
座っていたのは、その男子小学生だった。
呆然と虚ろな表情が、テレビの明かりに照らし出されていた。
父親は、
その男子小学生の表情には気が付かずに話しかけた。
「なんだ、いるんじゃないか。
どうしたんだ、明かりも点けないで。」
父親が、居間の明かりを点けた。
明かりに晒されたその男子小学生は、
げっそりと痩せ衰えた顔をしていた。
父親はそれにも気が付かず、居間の中を見渡した。
もう夕食時なのに、食卓には茶碗や箸の準備も無く、
母親の姿はどこにも無い。
父親が、その男子小学生の頭の上から尋ねる。
「なんだ、夕飯の準備はまだだったのか。
母さんはどうした?
買い物にでも行っているのか?」
父親の問いかけに、その男子小学生はビクッと体を震わせた。
それから、ボソボソと呟き始めた。
「お母さん、ごめんなさい。僕は要らない子です。
お母さん、ごめんなさい。僕は要らない子です。」
念仏のように、同じ言葉を繰り返している。
それを見た父親は、
その男子小学生の様子がおかしいことにやっと気がついて、
肩を掴んで揺さぶった。
「どうした?
具合でも悪いのか?
何があったんだ。」
しかし、その男子小学生は茫然自失で、
何を言われても応えることができない。
「・・・はい、わかったよ。」
代わりに、どこからか陰気な男の声が聞こえてきた。
同じ言葉を繰り返している男子小学生の、その背後で。
居間の窓が、音も無く開いていく。
その開いた窓の隙間から、何かが顔を覗かせた。
それは、あの大きな掃除機のノズルだった。
真っ黒な口を開けたノズルが、
蛇のように鎌首をもたげて、その男子小学生に襲いかかった。
轟音とともに、周囲の空気を吸い込み始める。
周囲の物は微動だにしないのに、
その男子小学生の体だけが浮き上がって吸い込まれていく。
今まさに、自分の体が吸い込まれようとしているのに、
しかしその男子小学生は、何の反応も示さない。
「お母さん、ごめんなさい。僕は要らない子です。」
呆然とした表情で、同じ言葉を繰り返している。
その体はゆっくりと宙を舞っていき、
やがて、母親と同じように、
大きな口に吸い込まれて飲み込まれてしまった。
ノズルからは、
メキメキバキバキと噛み砕く音が響き渡り、
やがてその音も聞こえなくなった。
終わり。
要らない物は捨てなさい。というのは良く使われる言葉ですが、
何が要る物で何が要らない物なのか、
その決め方が分からなければ、掃除は進まないと思います。
そんな自戒の念も込めて、この話を作りました。
お読み頂きありがとうございました。