最終列車
どれくらいの間ベンチに座っていたのだろうか。
ベンチに腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せてきた。ずっしりと身体が重く感じられた。
前屈みに座り込み、しばらく何も考えられずに足許のコンクリートを眺めた。傍らに立て掛けた傘の先、じわじわと床に広がる水から目が離せなかった。
明日は休もうか?ふとそんな考えが頭に浮かぶ。
と、同時に何故こんなにくたびれているのだろうと不思議に思った。
何故自分はベンチから立ち上がろうとしないのだろう?
残業のせいか?
いや、残業は遅刻分を取り戻しただけだ。
列車に乗り込むまで……いやついさっきまでこんなにも疲れたとは感じていなかったはずだ。
踏切の音を聴いて、あぁもう日和ヶ丘だな、と思うまで……
……事故のニュースを思い出すまでは普通だった。
第一、車内ではずっと座っていたじゃないか。
違和感に重たい頭を上げると、プラットホームの向こう側、外は真っ暗闇になっていた。
いつの間に……?
確かに、ベンチに座っている間、何度か列車が到着した様な、私の前を誰かが──列車を降りて家路に急ぐ人達が──通り過ぎていった様な気がする。
……こんなにも時間が経った、のか?
知らぬ間に雨は止んでいた。
ぱた
ぱた
ぱた
ぱた……
プラットホームを照らす蒼白い照明から、蛾が群がる羽音が聴こえてくる。
蛍光の灯に羽を打ち付け、頭をぶつけて踊る姿が視界の隅に映った。
ぞわり
突然、背中が粟立った。
蛾の姿に怯えたのでは無い。
何か……
何かが起こる、そんな予感がしたのだ。
カーン
カーン
カーン
カーン
遠くから踏切の警告が聴こえてくる。
♪♪♪♪~
『間もなく、囲沢発最終列車が到着します。危険ですので白線の後ろまでお下がり下さい』
♪♪♪♪~
(最終だって?)
そんなにも長い間座り込んでいたのか?
警笛が響く。
先頭車両のライトが近付く……
……と、
プラットホームの端、ライトに浮かぶ人影があった。
まだ誰かいたのか?
列車は速度を落としながらも、ぐんぐんと近付いてくる。
人影は列車を見ているのか、私に背中を向けていた。
ぞわり。
寒気がまた襲うと同時に、人影が飛んだ。プラットホームの向こう、列車のライトに向かって。
びしゃっ!
私の耳に届いたのは激しい衝突音ではなく。
破裂する様な……
まるで落とした水風船が割れる様な……
先頭車両を真っ赤に染めながら、最終列車はプラットホームに到着した。