事故
もうしばらく待たされるという話に、女子高生達は一斉にえぇーっと口を尖らせ、反対に男子高生達は喜びの声をあげた。公然と遅刻が出来る。
彼等の反応を見ながら私達勤め人は苦笑した。自分達も若い頃はこうだったな、と思い出しての笑いだった。
「……こりゃあ、『人身』だなぁ」
待ち合い客がスマホで遅刻する旨の連絡を入れるなか、先程私と言葉を交わした中年男性が呟いた。
「人身……ですか?」
「土砂崩れなら土砂崩れって云うだろうからねぇ。復旧するのも早い様だし」
理由を云わないって事は……そういう事でしょうよ。男性は訳知り顔で答えた。
人身……
誰かが列車にはねられた、という事だろうか?
確かにそれなら駅員も言葉を濁すだろう。人をはねたばかりの列車に乗り込みたいと思う様な者は居るまい。
「お巡りさんがいるって事は……そういう事でしょうよ」
改札口を封鎖している駅員達を見ながら、中年男性はまた呟いた。
あの若い駅員が云った通り、ダイヤはあの後すぐ復旧したらしい。
帰りの列車はいつも通り何事も無かったかのごとく日和ヶ丘に到着した。
昼休みに食堂のテレビがニュースを流していた。やはり人身事故だったらしい。
朝は代替バスに乗った為、いつもとは違う風景と、どのくらいの遅刻になるか時計の針に気を取られて、どんな事故が起きたのかなどの疑問はすぐに失念してしまっていた。
帰りの車窓は雨雲が視界を狭めていた。まるで外を隠そうとしているかの様に。
仕事疲れと暗い景色で沈んだ心に、カァーン!カァーン!と踏切の警報が聴こえ、次いでアナウンスが流れる。
♪♪♪♪~……
『次は~、終点~、日和ヶ丘~、日和ヶ……』
残業で疲れた顔を列車の窓に映しながら、日和ヶ丘のプラットホームが見えた時、つい思い出してしまった。
ここで人が死んだ事を。
いつものアナウンスを聞き流し、両膝を掌で支えて他の人達より先に椅子から立ち上がる。
朝に人をはね、踏み潰した線路を、今また踏みつけているこの列車から早く降りたかったのだ。
そうして開いた自動ドアを真っ先に抜け、日和ヶ丘のプラットホームに降りた。
いつもの様に駅員の姿が無い無人駅。
雨と残業疲れのせいでプラットホームの照明がやけに明るく感じる。
照明というものは闇に対する心細さを取り除くはずなのに、蒼白い人工の光が何やら嘘臭く、取り繕った安心感を押し付けてくる様で余計不安になった。
降車した乗客の流れを無視して私はしばし立ち竦む。
プラットホームに設えられたベンチに腰を下ろしたのは、誰もいなくなってからだった。