変わらない日常
カン
カン
カァン!
カァン!
カァーン!
カァーン!
クァーン
クァーン……
車窓からの眺めに踏切の黄色と黒が一瞬映り、警報音と共に流れていった。
あの踏切を越えるとじきに駅だ。いつものアナウンスが車内に流れる。
♪♪♪♪~……
『次は~、終点~、日和ヶ丘~、日和ヶ丘~。お降りの際はぁ、お忘れ物の無い様お願いしますぅ』
♪♪♪♪~。
毎日聴かされるアナウンス。
乗客達は慣れたもので、列車が速度を下げ始めてもすぐには立ち上がらない。
やがてプラットホームに停車すると、ぷしゅーっという空気の抜ける様な音に合わせてドアが開く。
乗客達が面倒臭そうにのろのろと立ち上がり、ぞろぞろと歩き出した。
むわっ……
車両から一歩踏み出せば、茹だる様な暑さが湿り気と共に身体を包む。
プラットホームは屋根のお陰で直射日光を浴びないが、その分コンクリートからの湿り気が充満していた。
不快感に思わずネクタイをゆるめる。
列車を降りた人々は皆暑さに眉を寄せ、一様に疲れた顔をして改札口へと向かっていった。
家に帰ればエアコンの効いた部屋が待っている。
無人駅の『日和ヶ丘』は古ぼけた片田舎のそれとは違い、それなりに見映えのする造りだ。自動改札口も設置されている。
日和ヶ丘ニュータウンと名を付けられた新興住宅地にたたずむ真新しい駅舎。
この駅が無人駅にもかかわらず小綺麗なのは、宅地造成を受け持った企業の融資によって駅が新設されたからだと聞いている。
閖岾県の中心である囲沢市のベッドタウンとして開発されたこの住宅街は、市から決して遠くない立地なのだが車でのアクセスは面倒だ。
舗装されているとは謂え、うねる山道を延々走るはめになる。
住環境の整わない宅地など誰も買わない。そこで設置されたのがこの駅だ。新しい街には無人駅であってもイメージの良い駅舎を、という訳だ。
無人無人と云っても駅員が全く顔を出さないわけでもない。券売機や自動改札口の保全の為だろう、たまに若い駅員の姿を見掛ける。
「お帰りなさぁい、お疲れ様でぇす」
今日も駅員が一人、手に箒と塵取りを持って券売機の辺りを掃いていた。
「ご苦労様です」
愛想の良い彼の笑顔にこちらも言葉を返す。
駅舎の中に置かれた自販機に小銭を入れ、冷えた缶コーヒーを取り出す。暑さのせいで長く感じられる家までの道程を乗り切るには、これが無いとキツい。
ふと、思いたってもう一本缶コーヒーを買う。
「駅員さん、よかったらどうぞ」
「ありゃあ!?……どぉもすいませぇん、ご馳走になりますぅ」
地元訛りで愛想よく頭を下げる彼に一本手渡し、自分の分のプルトップに指をかけた。
「暑いですなぁ、ここにもエアコンがあればいいのに」
「はは、無人駅ですからさすがにねぇ……隣県と繋がればここも無人じゃなくなりますがぁ」
線路を隣県まで延ばす計画は遅々として進まないでいた。まだ何年か掛かるのだろうか。
駅員と会釈を交わして別れ、私は缶コーヒー片手に駅舎を出た。