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リムルダール王国の冒険者たち

ギルドの受付係~酒とメイスと男と女~

作者: ひなき


前作、前々作にたくさんの評価、ブクマ並びに、感想をありがとうございます。

調子にのって、また書いてみました。少しでも楽しんでいただけたら、うれしいです。





 冒険者のランクはFランクから始まる。

Fランクは、一人では依頼を受けることができない。必ず二人以上で受けなければならない。

依頼内容は本当に簡単なもので、隣町までのお遣いだったり、庭の草むしりなんてものもある。

3か月の試用期間で決められた数の依頼をこなすとEランクに昇格。

Eランクは、薬草や鉱物などの採集や、弱い魔獣の討伐がメイン。


ある程度強くなると、Dランクの依頼を受けることができるようになって、一定数の成功でCランクになる。

BランクAランクへの昇進も同じような経緯を辿るんだけど、Sランクだけは違う。

Sランクを名乗るには、各地のギルドマスターの承認が必要不可欠で、強ければ誰でもなれるわけではない。

その基準は、各ギルドマスターに一任されている。



王都ギルドでは現在、Sランク冒険者は10名ほどが在籍している。

その中でも、ナンバーワンと目されているのが…。


「なぁなぁ!俺も混ぜて!」

「うるさい!却下!手を離せ!」

「やだ!いいって言ってくれるまで離さない!俺も参加させてよぉぉぉぉ!!」

「ああもう!!」


そう。今私の目の前で、ネリア先輩の腕にしがみついて、なりふり構わずごねまくる金髪碧眼の成人男性。

彼こそが、王都ギルド最強と名高い、グレン・フォーマスその人であります。



世の中わからないものだよね。








 受付カウンター越しに、ぎゃいぎゃい言い合っている先輩とグレンさんを、絶対巻き込まれたくないなと思いつつ微笑ましく眺めていると、誰かが近寄ってくる気配がした。


「フィーリル、だったか?久しぶりだな。」


聞き覚えのある声に視線を上げれば、シルバーブルーの獣耳をピンと立てたルージェントさんが、僅かに笑みを浮かべた表情でこちらを見ていた。

無表情だと怖い印象なのに、口元が緩んだだけでその印象はガラリと変わる。私もつられて口元を緩めた。

今日はオフなのか、紺のシャツにベージュのズボンというラフな格好の割に、人の目を集めるのには変わりないようで、チラチラと視線が向けられているにもかかわらず本人は全く気にしていないようだ。


「お久しぶりですルージェントさん。グレンさんの回収ですか?」


少し前に助けてもらってから、何度かその姿を見かけたことはあるものの、話しかけられたのはあの時以来だ。

専用の受付カウンターがあるSランク冒険者が、私たちの前に現れること自体が珍しい。

…グレンさんは研修以来、週4くらいの頻度で遊びに来ては、先輩に追い払われているけどあれは特例。


「用事が終わったから帰ろうとしたら、騒いでいるのが聞こえてきたもんでな。あいつらなにを騒いでんだ?」


苦笑を浮かべたルージェントさんは私から、未だに「混ぜて!」「嫌だ!」と騒いでいるグレンさんたちへと目を向けた。

因みに、クソ上司は現在見て見ぬふりに徹してます。

毛根死滅すればいいのに。



「ええとですね。実は今夜先輩の家で、夕食を食べる約束をしてまして。貰い物のワインを先輩におすそ分けしたら、そのお礼にって招待してくれたんです。」

「ああ、成る程。それに混ぜろと騒いでいるのか。」

「ええ…まぁそんな感じです。どうもそのワインが稀少ものらしくて、どうしても飲んでみたいんですって。」

「稀少ワイン?銘は?」


キラーンとアイスブルーの瞳が光った様に見えたのは気のせい?


「なんて言ったかな…えーと確か、ウィーなんとかーずの…。」

「まさか、ウィーシェリーズか?」

「あ、それです。なんか有名なワインらしいですね。」


城勤めの長兄が、いつも世話になってる人と飲めって言って、一本くれたんだよね。

私はそんなにワインは好きではないから、お世話になってる人=ネリア先輩ってことで、プレゼントすることにしたのだ。

先輩も大喜びだったし、きっと好きな人にとっては、すごく美味しいワインなんだろう。



「そりゃぁウィーシェリーズなら、グレンも粘るだろう。」

「有名なんですか?」

「ああ。なかなか手に入らない幻の酒だ。…なぁ、俺にも少し分けてくんね?」


いつかの様に、かなり腰を落として私と目線を合わせたルージェントさん。

軽く首を傾げ、きゅーんと幻聴が聞こえそうな表情で訴えてきた。


でかい図体がウルルンお目めでコテンと首を傾げたって、可愛いなんて思わ…おも………イケメンは何やっても様になるなこんちくしょー!

というか、Sランク冒険者が自分捨ててまで欲しがるようなお酒なのか!?


「わ、私は構わないですけど、先輩のお家でだから、先輩にも聞いてみないと…。」


決して顔面偏差値の高い男性の、あざと可愛い仕草に屈したわけではないのだが、あと一押しでいけるとでも思ったのだろう。

凄腕Sランク冒険者はニヤッと笑うと、最終カードを提示してきた。


「勿論タダでとは言わない。リトルエイミィの限定ドームケーキでどうだ?」


なぬ?リトルエイミィだと?


リトルエイミィは今王都で人気の洋菓子屋さんで、連日長蛇の列ができる人気店。

限定ドームケーキといえば、一日10個の超レアもの。正直、私にとってはワインなんかよりも、ずっと魅力的だ。

食べたい。絶対食べたい!


「ぶはっ。いい返事の様だな。おい、ネリア!」


ピンと立った耳とブンブンと振れる私の尻尾を見て、吹きだしたルージェントさんは、少し大きな声で先輩の名前を呼んだ。


「ちょっと、来てたんならさっさとこのバカ回収しなさいよ!」


柳眉を逆立てた先輩が、グレンさんを振り捨て、ルージェントさんに詰め寄る。

振り払われたグレンさんは、加勢が来たと言わんばかりに、今度はルージェントさんに纏わりついた。


「ルジェ!いいところに来た!お前も一緒に参加したいよな!?な!?なぁ、俺たちも仲間に入れてくれよぉぉぉ。」

前半はルージェントさんに、後半は私に向けられた言葉だ。

いや、私は全然構わないんだけどね。先輩が良いって言うなら。

ドームケーキも食べられるし。

というか、食べたいし。



「あんたたちが入ったら、私の取り分が激減するじゃないの!」

「ウィーシェリーズは無理だが、ボルフォートの20年物を用意しよう。」

「…ボルフォート?」


おや?先輩の表情が変わった。

グレンさんの目もキラキラしている。

ボルフォートって、お酒なのかな?


「フィーリルはリトルエイミィで買収済みだ。」

「ちょっ!?」


買収とかはっきり言っちゃうんですね!?まぁその通りなんですけど。

オロオロする私を、先輩が一瞬可哀想な子を見る様な目で見た後、はぁぁぁっとため息を吐いた。

なんかすみません。


「食べるものも買ってきなさいよ?大飯食らい二人分の食材なんてうちにはないからね?」

「よっしゃ!任せておけ!」


満面の笑みでガッツポーズすると、グレンさんはそのままルージェントさんの肩に腕を回し、スキップをしそうな勢いでギルドを飛び出して行った。










 そんなわけで、グレンさん命名「第一回(二回があるかどうかは知らない)美味しい酒とスイーツと食い物を食べつくすぞ飲み会(まんまだな!?)」の開催となった。

まずはウィーシェリーズで乾杯しようという事になり、ルージェントさんがグラスにワインを注ぐ。

あまりお酒は好きじゃないんだけど、皆が驚くくらいの有名ワインなら私も飲んでおこうと思って、ルージェントさんにクラスを差し出すと、一瞬迷うようなそぶりをされた。



「本当は未成年に酒は良くないんだが…せっかくのウィーシェリーズだしなぁ…。あ?なんだ?何がおかしい?」


あ、そうだった。この人私を未成年だと思ってるんだった。

吹きだす先輩とグレンさんを不思議そうに見るルージェントさんに、私は大変申し訳ない気持ちになりながら、口を開いた。


「あのですね、私成人してます。20歳です。」

「…は?」

「ですから、とっくに成人済の20歳です。」


ルージェントさんは、ともすれば酷く冷たく感じられるアイスブルーの瞳を丸く見開いたまま、暫く私を凝視した後、今度は頭から足元、足元から頭までを軽く二往復し、それから「14くらいかと思ってた。」と呟いた。


「あー…いや、なんかすまん。」

「いえお気になさらず。よく言われますから。」


お前もか!と言いたい気持ちを抑え、すまなさそうに謝るルージェントさんに笑顔で首を振る私。うん。大人だよね。

決してへにょっと垂れ下がった耳と尻尾に萌えたわけではないからね。






 想定内の誤解も解けたところで、いざ乾杯。

うーむ。正直、美味しいとは思わないかなぁ。

少し酸っぱくて、何より渋いというかえぐいというか、何とも言えない後味がして、これが高級なお酒だとは思えない。

でも先輩が「~~~~~っ!!!」と歓喜の悶絶してたから、相当美味く感じてのだろう。

グレンさんも「うめえ!これめっちゃうめえ!」と騒いでたし、ルージェントさんもうまいと呟きながら尻尾をゆらゆらさせていた。

まぁ、喜んでもらえたのなら良かった。

あとでセイン兄さんにお礼言おう。



 そ れ よ り も。

 

このドームケーキ!美味しい!

ほんのりほろ苦いチョコレートでコーティングされたケーキで、中はオレンジの香りがするスポンジと、コーティングのチョコレートと相性ばっちりの甘いクリーム。甘すぎず、ふんわり広がる幸せの味に、顔面の筋肉も仕事放棄するってもんだよね。

流石、リトルエイミィ。

ひと口食べては、はぅ~と幸せのため息を吐いていると、先輩がこちらを見てふふっと笑った。


「フィー、美味しい?」

「すごく美味しいです!」


何度も頷いて、にへっと笑うと、大きな手が頭の上に乗せられた。

見上げると、思ったよりも近い距離にルージェントさんの顔。

酔いが顔に出やすいのか、ほんのり赤らんだ目尻が色っぽい。


「気に入ったんなら、またそのうち買ってきてやるよ。」

「本当ですか!?」


ふおぉぉ!リトルエイミィのケーキがまた食べられる…!

なんていい人!!救世主は神でもあったのか!

尻尾を思いっきり振り回し、よろしくおねがいします!と遠慮のえの字もなく言うと、ルージェントさんは任せとけと、素敵な笑顔でうなずいてくれた。


にまにまとにやける私を、とろける様な微笑で観察していた先輩が、ふと、そういえば…と呟いた。


「ルージェント、あんたリトルエイミィの店長の弱味でも握ってるわけ?そうじゃなきゃ、突然限定ケーキなんか買えるわけないでしょう?」


確かに。ネリア先輩の言う通り、限定ケーキは開店してすぐに売り切れちゃう人気商品。

今日昼過ぎに決まった話なのに、良く買えたよね。


「そんなんじゃねえよ。あいつ…あー、店長とは知り合いで、時々一緒に飲む事があるんだ。」

「へぇ。その店長の弱み握って脅したという事ね?」

「だから、脅してねえよ。そこから離れろ。」


仲良しさんだなぁと二人の会話を聞きながら、最後のケーキを口に収める。

うん。美味しかった。御馳走様でした。

はふーと溜息を吐いたところで、もりもり無言で肉料理を食べていたグレンさんが、ワインのボトルを持ちあげた。


「よく手に入ったといえば、このウィーシェリーズもだぜ?」

「貰い物って言ってたよな?」


ルージェントさんに聞かれ、頷く。


「私の兄が城勤めをしてるんですけど、そこで何本か貰ったらしくて、そのうちの一本を分けてくれたんです。」

「は?ウィーシェリーズをか?」

「すげえな!?フィーリルの兄ちゃん何者なんだよ!?」

「騎士ですよ。えっと、赤のお姫様のいる騎士団。」

「第三か。すげえな。エリートじゃん。」


そう。長兄がいるのは、赤のお姫様こと、第二王女が団長を務める第三騎士団だ。

確かに四つある騎士団の中でも、実力派揃いで有名な第三騎士団はエリートではあるんだけど、本人曰く赤のお姫様の尻拭いがメインの仕事らしい。

このお酒も、王様が迷惑かけてすまないって言ってくれたんだって。これはオフレコね。


「エリートかどうかはわからないですけど、時々こうやって貰い物を分けてくれるから、結構重宝してます。」

「重宝。」

「重宝。」

「重宝て。」


うん?なんか変な事言った?

というか、何で引いてるんです?

便利には違いないでしょうに。



「そう言えば、フィーリルも昔は冒険者やってたって言ってたけど、お兄さんたちも冒険者だったの?」

「え?そうなのか?」


すらりとした指でスティック状にしたニンジンを摘まんだネリア先輩の問いかけに、グレンさんが目をまん丸にした。

まぁ気持ちはわかる。私も何で冒険者なんかやってたんだろうって時々不思議になるもん。



「田舎のなので、ギルドに登録して小遣い稼ぎする子供が多いんです。殆どはBかCランクで家業を継いだり都会に出てしまうんですけど、兄達はSに手が届くかどうかという所で、長兄は王都の騎士団入り、次兄は結婚して家業を継いだので、Aランクで止まってますね。」


うちの兄達は身体能力が他の獣人より群を抜いて高く、魔力もそこそこ高い。

長兄のセイン兄さんは、数年前にたまたま遠征に来ていた第三騎士団と一緒に、大量発生した魔獣の討伐に参加した際、団長さんに拉致られ…もといスカウトされて王都に。

次兄のユーベル兄さんは私の幼馴染にして親友のハニトラ…じゃなくて熱いラブコールに応えてめでたく結婚。家業の食堂オーナーになるべく修行中。


あのアホみたいに強い兄さんたちが冒険者を卒業したので、私もやっと足を洗うことができたのだ。

親友に協力を惜しまずユー兄さんを嵌めた…ではなく、仲を取持った甲斐があったってものですよ。




「フィーリルのランクは?」


テーブルに肘を付きながら、反対の手で唐揚げを摘まむルージェントさん。

お行儀が良いとはとても言えない姿勢だけど、見目が宜しいのでそれすらも大人の色気を醸しつつ、格好良く見えるのがうらやまけしからん。



「私は兄たちの助けもあったので、Cまで行きましたけど、実力はDが精々ですね。一人だと採取メインでしたし。」

「なぁなぁ、討伐にも行ったんだろ?得物は?」


グレンさん、何でそんな楽しそうなんです?

頼まれても手合わせなんて恐ろしい事しませんからね?…しないからな?



「メイスですよ。長兄は剣で次兄は弓でしたけど、私はどちらも自分で怪我しそうだったので、無難なメイスにしてました。」

「メイスって、棍棒みたいなものでしょ?ギルドで持ってるのは、駆け出しの子くらいよね?」


こてん、と首を傾げるネリア先輩。こちらはアルコールが程よく回っているようで、色っぽくも可愛らしい。

私もこういう仕草が似あう、大人の女性になりたかった。


「初心者が持つのは鉄の棒が多いんですけど、私のはフレイムタイガーの牙と魔晶石メインで作られ「待って。それS級素材!!」…らしいですね。兄が獲って来たので私は貰っただけなんですけど。」


私が持ってても宝の持ち腐れだというのに、心配性の兄達がオーダーメイドしてくれたのだ。

色々オプション盛り盛りで結構高価なものらしいけど、持ち主追尾機能が付いてるから安心。

尚、今は封印して私の部屋に置いてあります。

封印しておかないと、どこにでも飛んで付いてくるんだもん。

振り返ると赤いメイスが背後に浮いてるとか、恐怖しかない。


驚愕顔の見本市みたいな表情のグレンさんが、うーわーうーわーと意味なく呻いている横で、先輩がはぁぁぁと大きなため息を吐いた。


「フレイムタイガーってかなり素早くて、仕留めるのに相当苦労するA級魔獣って聞いたことあるわ。」

「魔晶石ってS級魔獣のブラックホーンの角から作られる魔力含んだ奴だろ!?」

「その加工ができる技術を持ってる奴自体が、世界でも数人しかいないらしいが、どんな伝手で作成されたんだ?」


先輩、グレンさん、ルージェントさんの順番に突っ込まれ、うーんと首を傾げる。


「加工は村のギルド経由で、職人の方にお願いしたみたいです。ブラックホーンは確かに滅多に見かけませんけど、フレイムタイガーならそこら中飛んで歩いてたから、大して珍しいものじゃないですよ?」


家畜をフレイムタイガーに食べられた村長さんが、怒りの一撃で仕留めては見せしめに吊るしてたもん。

…え?よくある田舎の風景じゃないの?

何でそんなドン引きするの?



「…なぁ、ちょっと気になったんだが、フィーリルの故郷ってどこにあるんだ?」

「うちですか?北の森の入り口です。」

「北の森って、深淵の森!?はぁぁぁぁ!?マジで!?」

「ちょ、グレンさんそんな大声で叫ばないでくださいよ。近所迷惑。」

「いやいや、マジか。あの村のギルドで、AランクでSランクに手が届くって、フィーリルの兄さん、俺らより上だぞ。幻の特Sランクだ。」

「はぁ!?特Sって世界最強じゃない!!」

「てことは、村のギルドでCランクのフィーリルは王都換算だと?」

「A寄りのBって所か?」


んなバカな。

確かにうちの村は魔獣が発生すると言われている深淵の森のすぐ近くにあるし、兄達は桁外れに強いしギルドの冒険者たちも王都の冒険者よりはちょっとは強いけど、私は王都ギルドレベルでもC若しくはDランクだよ。

魔獣怖い。あんなのとタイマンとか死ぬ。



「兄達は特Sかもしれませんけど、私は正真正銘、D寄りのギリギリCランクですよ。昔C級魔獣のシルバーウルフと戦って歯が立たなかったですし、兄達がいなければ軽く10回は死んでますから。兄達が人外なだけです。」

「なるほど?まぁ、確かに、Bランクならこの前の馬鹿なんざ一捻りだろう。あいつDだろ?」


この前の馬鹿って…ああ、あのナンパしてたら依頼を他の人に持っていかれた、アホな冒険者か。

あの筋肉と真っ向からぶつかったら、私砕け散るよ。

無理です。勝てません。


「フィーは危ない事しないで、私と一緒に受付してるのが一番よ。…でもそんな凄い村にいて、フィーは魔獣が怖くなかったの?」


再びくてん、と首を傾げるネリア先輩。

その脇に空のワインボトルが2本。結構なハイペースで飲んでいるようだけど、大丈夫かな?


「戦うとなればもちろん怖いですけど、村で普通に生活するならそんなに怖くはないですよ。一応魔獣除けの結界がありますし、何かあれば村長さんとか、強い人たちが拳で解決してくれますし。」


「拳。」

「拳で。」

「面白そうな村だな!」



だから、何で引くんですか。

あとグレンさんは、そんなキラキラした瞳で喜ばないでください。

村長さんと気が合いそうで、トラブルの予感しかしないわ。














 

 ルージェントさんもグレンさんも終始楽しそうで、冒険者なのに怒鳴ったり怒ったりすることはなく、私も久しぶりに楽しいひと時を過ごすことができた。

楽しかったし、美味しかったし、お腹いっぱいだし、部屋の中は適度に暖かい。

テーブルからソファに移動して、グレンさんが昔の出来事を面白おかしく話してくれるのを聞いているうちに、ぼーっとなってきて、かくんと頭が揺れる。


「あら、フィー眠い?今日はうちに泊まっていく?」

「んにゃ…かえりまふ」


お泊まりとか悪いし。

ぐしぐし目を擦って眠気を飛ばそうとすると、大きな手に止められた。

大きい手だなぁ。掌に私の手がすっぽり収まりそう。

うー。ねむい。目が開かない。


「俺らはそろそろ帰るから、フィーリルは泊っていけ。ネリア、ベッドにこいつ運んでいいか?」

「ええ。お願いするわ。」


膝の裏と背中に何かが入ったと思ったら、ふわりと体が浮かんだ。

頭の中では抱き上げられてるってわかってるんだけど、体が動かない。

歩く動きに合わせて、ふわりふわりと揺れるのが心地よい。



おてすうおかけします。


そう言ったつもりだったが、果たして相手に伝わったかどうか。






「おやすみ。」



優しい声と、何かが額に触れたような感触を最後に。





おやすみなさい。










ルージェント視点






 深淵の森。


魔素が濃く、魔獣が生まれる場所。

かなり強い魔獣が跋扈しているその森は、原則立ち入ることを王家が禁じている。


そこから程近くにある村は、俺達冒険者の間では有名な村だ。

特例として深淵の森の中に入り、資源を用いて生活する彼らの強さは、俺らと比較にならない。

俺も深淵の森近くで魔獣を討伐することはあるが、森の中に住む魔獣に比べればまだ弱い。

森の中に入っての依頼は、余程の事がない限りは受けたくないというのが正直なところだ。





「フィーリルの兄ちゃんと、いつか手合わせできるかな?」


寝落ちしたフィーリルをベッドに寝かせた後、ゴミを片付け、ネリアの家を出て帰る道すがら、美味い酒と料理をたらふく食い、ご満悦!と笑うグレンが、期待に満ちた表情でこちらを見た。


「第三の騎士なら、ほぼ遠征で王都にいること自体が珍しいんじゃないのか?」

「あー、それありそう。でも、ルジェはいつかは手合わせすることになると思うから、鍛えておいた方がいいぞ。」

「あ?」


何故俺がフィーリルの兄貴と手合わせすることになるのか。

突拍子もないグレンの話に、思わず足が止まる。


「ふふーん。俺の予言は当たる時は当たるんだぜ?」

「なんだその適当な確率は。」

「良いから良いから。ルジェは大剣だろ?小回りが利く相手だと不利になりがちだからな。」

「ザルの癖に、珍しく酔ってるのか?」


何を言ってるのかわからない、酔っぱらいグレンを放置し、再び歩き出す。

グレンの声が、まだまだ賑わう街の喧騒にかき消されるが、酔っぱらいのいう事なんか聞こえなくても問題はないだろう。








「妹さんをくださいって言って、勝てなきゃやばくね?あれ?もしかして無自覚なのか?おでこにちゅーまでしてたくせに?大丈夫か?」









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