遺跡
本を屋敷へと持ち帰り、自室で一通り目を通してみて……そうして思っていた以上に多い文字の種類と、密度に圧倒された俺は……独力での解読を諦め、学校近くの図書館へと足を運んでいた。
今まで一度も足を踏み入れたことのない、名前しか知らなかったその施設は、いざ入ってみると独特で静かな……なんとも言えない空気を作り出していて、そんな中をゆっくりと、何故だかそうしなければならない気がして、抜き足差し足、息を殺して歩き……獣人関連、語学関連の棚へと到着したなら、そこに並ぶ本の背表紙一つ一つに目を通していく。
そうしてそれらしい本を手当り次第に手にとって開き、手にとって開きと繰り返すが……あの本に書かれていた文字は全く見当たらず、似た雰囲気を持つ文字すら見つける事ができない。
そもそも獣人の中には、言語はあれど文字は持たないという種族が多く……文字を持っていたとしてもシンプルなものが多く、あの本に書かれていた文字とは全く違うというか、似るはずがない程に別次元のものだったのだ。
獣人語ではないのなら……と、他国の言葉や、語学に関する研究所などにも目を通したが、それらしい情報を見つけることは出来ず、ヒントになるようなことも全く無く……そうしてかなりの時間を無駄に費やすことになった俺は、何の手がかりを得ることも出来なかったと、がくりと肩を落としながらの帰宅をすることになった。
肩を落としたまま屋敷へと向かってトボトボと歩いていく途中で、警察署を見かけた俺は「あー……」と声を上げる。
そもそもあの本は誰かの落とし物だ、警察署に届けるべきものだ。
そう考えた俺は屋敷へと向かい……机の上においてあった本を手に取り……いや、届ける前に、せめて内容を書き写させて貰おうと、紙とペンを用意し、本を開きその内容を丁寧に……絶対に書き間違いのないように書き写していく。
それは一日や二日で終わる作業ではなく、皆が当たり前の日常を送る中、部屋にこもり続けることになり……落とし物を届けていないという後ろめたさから事情を誰にも話さず、一人黙々とペンを走らせ続ける。
そんな風に部屋にこもりっぱなしの俺に対し、アリス達はなんとも言えない目線を向けてきていたが、元々飛行艇に関するテキスト片手の座学をしていたこともあって、そこまで変には思われなかったようだ。
……そうして四日後。
本の内容全てを完璧に、一切の書き損じ無く写した俺は……満足だとばかりに頷き、何度も頷き……写しの方を机の引き出しの中にしっかりとしまい込んでから、本を片手に警察署へと足を向けた。
遺跡で拾った落とし物だ。
そう俺が届け出ると、すぐに何枚もの書類が用意され手続きが始まって……本がタグ付きの紙袋に収められ、警察署の倉庫へと運ばれていく。
「一年経っても持ち主が現れなかったら、あの本を引き取ることもできますが、どうしますか?」
と、署員に尋ねられた俺は「引き取りたいです」と返し、更に数枚の書類にサインをし……そうして全ての手続きが終了となる。
「あー……なんだか肩の荷が降りた気分だ」
なんてことを言いながら警察署を後にした俺は……屋敷へと自室へと戻り、引き出しの中から写しを取り出し……そこに書かれた奇妙な文字列をじっと見つめる。
「俺達の言葉とは全くの別モンだよなぁ。
そもそも文字の数が違うっていうか、俺達が使っている文字の数十倍、数百倍もの文字があって……一体全体そこまでの数の文字を使って、何を表現しようとしたのやら。
文字の並びからして科学でも計算でもないようだし……うぅむ」
と、そんな独り言を口にしながら写しを眺めた俺は、写しの何枚かを懐にしまってから立ち上がり……倉庫へと向かい、ランタンを手にとって遺跡へと向かう。
結局どんな文字なのか分からないまま、解読もできないままだったが、それでも遺跡にある模様と見比べれば何かが分かるかもしれないと、そんなことを考えているうちに遺跡に到着した俺は……ランタン片手に例の階段から遺跡の中へと足を踏み入れる。
綺麗に掃除された石畳を踏みつけていって、キノコが群生していたはずの、ジメジメとしていたはずの一帯を通り過ぎて、歩いて歩いて、下って下って……そうして以前に見たあの壁画の一帯へとたどり着いた俺は、壁画の模様を見るなり愕然とする。
「あー……そうだ、そうだった。
こんな模様だったな、菱形とかでシンプルで分かりやすくて……文字ですら無い模様。
……あの本と全然違うじゃないか……全くの別物じゃないか。
そうするとあの本は一体何だったんだ?」
見るまですっかりと忘れていたその壁画の内容に驚くやら混乱するやらで、ブツブツと独り言を繰り返しながら立ち尽くしていた俺は……このままここにいても仕方ないと、その先にある……飛行艇のあったあの場所へと足を向ける。
海の見える波止場。
波止場側の整備工場といった光景のそこもまた綺麗に掃除がされていて、綺麗に片付けられていて……シートもベニヤ板も、何も残されてはいなかった。
何もないただの空間……あの本や飛行艇やアリスの謎の解明に繋がるようなものが全くないその空間をじぃっと見やった俺は……これ以上調べるまでもないなと、踵を返し……そのまま遺跡を後にする。
――――???
「あらら……もう少し待っていれば面白いものが見られたかもしれないのに……。
自分の背後でこんなことが起きていると知ったら彼はどんな顔をしたんだろうなぁ。
沼地の野ウサギはもうしばらく沼地の野ウサギのまま……最強の鷹にはまだまだ遠いようだね」
そんな人のものとは思えない、独特で固く響く声が響き渡る空間に背を向けたまま歩き続けるラゴスは、その存在に気付くことは無く、何故だかその耳にその声が届くことは無く……そうしてラゴスは、遺跡を後にしてしまうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
謎は追々……ちょっとずつ明らかになっていきます。




