すれ違い その2
――――宿の食堂で ラゴス
自称最上級の宿で一晩を過ごし、翌日。
食堂で自称最上級の朝食を食べていると……回収船の船長ベルガマスが、浮かない表情で食堂へとやってくる。
「どうかしたのか……?」
と、それなりに硬いパンを千切りながらそう声をかけると、ベルガマスは何処か申し訳なさそうに頭を一掻きしてから言葉を返してくる。
「あー……いや、それがな、朝市に出したワイバーンなんだが、数が多すぎて一日では決着がつかなくてな……どうやらもう一泊する必要がありそうなんだ。
肉だなんだ鮮度に関わる部分は全部はけて、後は爪やら牙やら骨やらって感じなんだが、何しろ数が多くてなぁ、買う側も金が追いつかないって感じでなぁ……。
悪いがもう一日だけ付き合って貰えないか?」
「……まぁ、ベルガマス達には面倒な手続きをやってもらっているんだし、一日くらいは別に構わないが……皆はどうだ?
先に帰りたいなら、帰ってくれても問題ないぞ。」
ベルガマスの言葉を受けて、俺がそう声を上げると、同じ丸テーブルについて食事をしていたアリスもクレオもアンドレアもジーノも、一泊くらいであれば構わないと笑顔で頷いてくれる。
「と、いう訳で皆も問題無いそうだ。
また明日……昼くらいになったら皆でゆっくりと帰るとしよう。
……それとアレだ、回収船の皆もやることがなくて暇を持て余しているんだろう? 売上金の一部から先払いってことで、多少の金を持っていっても構わないぞ。
それで飯を食うなり酒を飲むなり……船の運行に支障ない程度に楽しんでくれたら良い」
朝市が終わってしまえばベルガマス達も暇になるんだろうし、明日まで丸一日……何もすることが無いってのも大変だろうと思ってそう言うと、ベルガマスは気持ち悪いくらいににっこりと笑って「悪いな」なんてことを言ってくる。
その笑顔があんまりにも気持ち悪くて、千切ったパンを口に放り込みながらさっさと飯でも食ってこいと適当に手を振ると、ベルガマスは更に笑顔を深くして、のっしのっしと……大股ながら軽快に、自分達の宿へと戻っていく。
その姿を見送り、スプーンでもって青野菜がこれでもかと入った野菜スープを口の中に流し込みながら……さて、明日までどうやって過ごすかと頭を悩ませていると、先に食事を終わらせたアリスが、隣の席のクレオに何か話しかけ……そうしてからこちらに声をかけてくる。
「ねね、ラゴス。
私、クレオさんと一緒に服を見てきたいんだけど、構わない?
留守番してくれてるルチアさんにも何かお土産を買ってあげたいし」
「ん? 良いんじゃないか?
ゆっくり楽しんできたら良い」
そう俺が返すと、アリスとクレオは笑顔になって立ち上がり、歯を磨くためだろう洗面所の方へと二人仲良く足を向ける。
するとアリス達に続く形で、
「アニキ! こっちもちょっと出かけてきて良いですか?
話に聞いたんですけど、結構良いアクセサリー屋があるらしくて……その、プレゼント用ってことでジーノと一緒に見てきたいんですよ!」
と、アンドレアがそう言ってきて、俺が再度「良いんじゃないか」と返すと、アンドレアとジーノもまた洗面所へと足を向けて……そうして俺は、一人食堂に取り残される。
誰もいない食堂で静かにスプーンを動かし、中々減ってくれないスープ皿の中身をどうにか空にし……洗面所を後にし、町へと出かけていく皆を見送ってから、水をぐっと飲んで腹を落ち着かせる。
そうして一息ついた俺は……さてどうしたものかなぁと、頭を悩ませながら立ち上がり
……もう一泊するなら下着やら何やらを買い足しておく必要がありそうだとの閃きを得て、とりあえず歯を磨くかと洗面所へと足を向けるのだった。
――――その数分後 聖女
一晩経ってベッドから起き上がれるまでに回復し……回復したなら早速あの方にお礼を言わなければならないと病院を抜け出した聖女は、あのお方が泊まっているという宿へとその胸を高鳴らせながら向かっていた。
この島の神殿で用意して貰った綺麗な神官服を身にまとい、過剰にならない程度の化粧を施し……感謝の印ということで用意した花束を抱えて、やっとお目にかかれると意気込んでその宿へと足を踏み入れるが……宿の中では従業員総出での清掃が始まっていて、どう見ても客がいるような様子ではなくなってしまっていた。
その様子を見るなり、もしやもうこの島を後にしてしまったのかと、そんなことを考えた聖女が従業員に慌てた様子で声をかけると、従業員の答えは「皆さん、お買い物にでかけましたよ」というものだった。
その答えを受けて安堵のため息を吐き出した聖女は、従業員にあのお方は何処へいったのかと問いかけ……答えが聞けるまで問いかけ続けて、そうして無理矢理に引き出した答えである商店街の方へと駆け足で向かうのだった。
――――一方その頃 ラゴス
適当に見かけた服屋に入り……商魂たくまし過ぎる店員を完全に無視して、必要最低限の下着と、地味めのシャツとデニムズボンをささっと買った俺は、ふとあることに思い至り、この島の役所へと向かって足を向けていた。
その目的はナターレ島への連絡で……一泊して帰りが遅くなることをルチアに報せた方が良いだろうと考えてのことだ。
電報であればすぐに届くはずで、そうやって連絡しておけば俺達の帰りを待つこともなく、夕食の準備などの余計な家事をする必要もなくなり……ルチアはちょっとした休暇気分の自由な時間を過ごせるはずだ。
何だったらグレアスの家にでもいって、叔父一家とのひとときでも過ごしたら良いだろうし……うん、我ながら中々の気遣いだと思う。
そうして俺は役所に依頼し『仕事は無事完了、帰還は明日、昼過ぎになる』との電報を……誰よりも最優先で届くことになるだろう警察署のグレアス宛に打ってもらうのだった。
――――そして聖女は
「は、はぁ!?
一瞬で買い物を済ませてすぐに出ていったぁ!?
ど、ど、ど、どこに、どこに行ったの!?
わ、分からない!?
……こ、この役立たず!!」
と、服屋にてそんな声を上げていた。
ようやくお会いできると思ったのに……胸で渦巻くこの想いを、この篤い信仰心を、あのお方に伝えられると思ったのに、この店員が役立たずなせいでそれが叶わないとは……。
これもまた神が与えてくれた試練なのだろうか、あのお方なりの愛なのだろうかと苦悶し、歯噛みした聖女は、店を飛び出し、商店街を行き交う人々に話しかけ、賢明にあのお方の行方を探ろうとする。
だが情報は集まらず、誰一人としてあのお方の行方を知らず、ものすごい顔をしながら全力で歯噛みした聖女は……花束を小脇に抱えて両手を組み合わせて、道端で神に祈り……直感という名の神の言葉に判断を任せる。
そうして天啓を得た聖女は、きっとあそこにいるはずに違いないと……役所とは逆方向にある港の方へと凄まじい勢いで駆けていくのだった。
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