ラゴスにそれは少し早い
翌日。
朝食を終えたアリスとクレオは慌ただしく出かけていって、ルチアはいつも通りに仕事をし始めて……俺もまたいつも通りに教本に目を通して時間を過ごしていると、アリスとクレオが帰ってきたらしい、慌ただしい足音がドタバタと玄関の方から響いてくる。
バタンとドアが開かれ、更に足音が激しくなり、階段を駆け上って廊下を駆け抜けてきて……ノックもなしにバタンッと俺の部屋のドアが開かれる。
そうして汗だくの笑顔を見せてきたアリスとクレオは、大量のポスター雑誌を抱え込んでいて……笑顔のまま、何も言わないまま、呆れる俺へとその雑誌を開いて見せつけてくる。
「……どう? どうなの?」
「……いや、どうも何も、映画女優のアイリーンさんだろ?
……それがどうしたんだ?」
アリスの言葉に俺がそう返すと、アリスとクレオはため息を吐き出して、別のページを開き、あれこれと討論し始める。
「やはり人間は―――」
「―――なら獣人で―――」
「もっと毛深い人は―――」
漏れ聞こえてくる言葉の内容から二人の大体の意図を察した俺は、座っていた椅子の背もたれに肘を置き、置いた手に顔を預けて……面倒くせぇなぁと、そんなことを思いながら二人へと視線を投げかける。
「はい、この人はどう! もっふもふの耳が可愛いよ!」
「……犬耳じゃねぇか」
「じゃ、じゃぁじゃぁじゃぁ、この人は! この人!
ラゴスみたいに長い耳じゃないけど、この人も一応ウサギの獣人さんだよ!」
「あー……短い耳が横に垂れてる感じか。
……まぁ、悪くないんじゃないか?
と、言うかだ……俺、耳が顔の横にあるのって結構な違和感なんだよな。
ほら、俺の耳って頭の上にあるし……」
「はぁぁぁぁ!?
それ言っちゃう!? そんなこと言っちゃう!?
頭の上に耳があるなんて、獣人さんでも中々いないじゃない!!」
「人間の耳が顔の横にあるのはそんなに違和感ないんだがなぁ……何なんだろうな、我ながら」
「もう! それってつまり獣耳さんは駄目ってことじゃない!!
じゃぁこの人! もふもふお手々!」
「……まぁ、良いんじゃねぇかな」
と、そんな会話をアリスと俺が繰り広げていると……アリスから距離を取ったクレオが、顔を赤くしながら雑誌をめくり……そのページを俺に見せつけてきて、すかさず俺は机に置いてあった教本を手に取り、クレオの頭目掛けて投げつける。
投げつけて、クレオの顔に見事命中し、クレオが怯んだ隙に立ち上がってその教育上とても不適切な本を奪い取った俺は、ページを開けないようにと力尽くに丸めてゴミ箱へと投げ捨て……アリス達に声をかける。
「……その、なんだ。アリスとクレオが頑張ろうとしてくれているのは分かるんだが……こういうのはアレだろ? 初恋とかがあって初めて目覚めるもんなんだろ?
映像や写真で見てどうこうなら映画を見てる時点でどうにかなってたはずだし……そんな本を見ても意味はねぇんじゃねぇかなぁ。
……言っておくが、だからって誰かを連れてくるとかはすんなよ? 失礼極まりないからな」
そんな俺の言葉に対し、アリスは頬を膨らませて、クレオはつまらなさそうに唇を尖らせ、ぶーぶーと不満を露骨に表現してくる。
そんな顔をされても、納得が出来ないのだとしても、こればかりはなぁ……仮に俺が恋したいとか、結婚したいとか思ったとしても、どうこう出来るもんでもないしなぁ。
……そして仮に恋が出来たとして、ちゃんと結婚できるのか、そもそも付き合えるのかも謎な訳で……結局今はそんなことよりも、
「仕事だ、仕事。
次の仕事をどうするか、どんな仕事で稼いでいくかって、そういう話をしようぜ?
教本も散々読んだし、一度出費覚悟でクレオと訓練飛行をしてみるのもいいだろうし……ルチアを雇った以上は責任を持って稼いでいかないと……」
仕事のほうが大事だろうと考えてそう言うが、アリスもクレオもそんな言葉が聞きたいんじゃないと、今はそんな話をしていないと、そんな感情を態度で伝えてくる。
そんな二人の態度を見て、どうしたもんだろうなぁと頭をかいていると……ジリリリリといつかに聞いたベルがけたたましく鳴り響く。
どうやら来客が来たようで……パタパタと玄関に向かうルチアの足音が響いてきて……それから少しあって難しい顔をしたルチアがパタパタと、俺達の下へとやってくる。
「あの……お客さんなんですが……。
その、お仕事のお話みたいなんですが……ラゴスさんにもアリスさんにも用はないから呼ぶな、クレオさんだけ呼べってお客さんが……」
妙に歯切れの悪いその言い様に、嫌な予感を覚えた俺達が嫌な顔をすると、ルチアもまた嫌な顔をしてきて……俺が代表する形で渋々、
「……客って、何処の誰がやってきたんだ?」
と、問いかけると、ルチアもまた渋々といった様子で言葉を返してくる。
「し、神殿の……神官さんです」
その言葉を聞いた瞬間俺は「ああ……」と声を漏らし、教本を拾い上げてから机へと戻る。
アリスは無表情というかなんというか、自分には無関係だという顔になって俺のベッドの上にごろんと横たわる。
神殿、この時代にあって堂々と獣人差別を教義に掲げる時代遅れの連中。
アリスを引き取る際のゴタゴタもあって、俺とアリスはこれまで一切神殿に関わろうとはせず、また神殿の連中も俺達に関わろうとしなかった。
そんな奴らがやってきたということは……まぁ、軍人であるクレオだけに何かを頼みたいということなのだろうな。
「……クレオ、すまないが俺達は神殿の連中とはあまり良い関係とは言えなくてな。
行けば揉めることになるだろうから……一人で話を聞いてきてくれないか?
クレオがその仕事を受けるかどうかは好きにして良いし、手が必要なら手伝うが……連中と顔を合わせるのだけは勘弁してほしい」
と、俺がそう言うとある程度事情を知っているクレオは素直に頷いてくれて……ルチアと共に玄関へと向かってくれる。
そうして俺とアリスが無言で、何をする訳でもない、無為な時間を過ごしていると……ドスドスと凄まじい足音を立てながらクレオが戻ってくる。
戻ってくるなりクレオはこれでもかと怒りの感情を表現した顔を見せてきて、ルチアはげんなりとした表情を見せてくる。
余程に嫌なことがあったのだろう、そんな表情のまま怒りを堪えきれないとばかりに地団駄を踏んでみせたクレオは、
「仕事です! 自分あの人達大っ嫌いですけど! 人命救助なので仕方無しに仕事です!
ラゴスさん達も手伝ってください!!」
と、そんなことを大声で叫ぶのだった。
お読み頂きありがとうございました。
ディエ・トーラさんから素敵なレビューを頂きました!
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