アリスの腕
銃座が完成したのは翌日の昼過ぎのことだった。
その連絡を受けた俺は、アリスが学校から帰ってくるのを待ってから一応飛行服に着替えて、一緒に整備工場へと向かい……まずは俺がと、複座に乗り込んで出来上がった銃座の感触を確かめてみることにした。
アリスの体格や力を考慮してのことなのだろう、小さな身体で動かしやすいようにハンドルや銃座そのものに様々な工夫がされていて……回転もそれなりの力がいるものの、かなり楽に出来るようになっている。
上下角度の変更もそう難しくなく……ロックに関しては根本のピンを抜く必要があると、やや面倒だが……まぁこれに関しては面倒な方が良いだろう。
アリスが以前いったような尾翼が銃口に向いた際に射撃が止まるような仕掛けは出来なかったようだが、銃口を尾翼の方に向けようとするとキツめにロックがかかり、そこから先は危険だと感触でもって教えてくれる。
危険を覚悟でそちらに銃口を向けたい場合は、ハンドルについているレバーを握ってロックを外す必要があり……これもまた弱い力で出来るように工夫がされている。
「……悪くなさそうだな」
大体の所を触り終えた上で俺がそう言うと、工場の皆が笑顔で親指を立ててくる。
短い期間でこれだけの細工を作るのは大変だったろうに……と、感慨深く思っていると、アリスが自分にも試させろと言わんばかりに、飛行艇の胴体をバンバンと叩いてくる。
それを受けて複座から這い出し、アリスに席を譲ると……するりと席に入り込んだアリスが、工場長のレクチャーを受けながら銃座を器用に操っていく。
回転も問題なし、角度についても問題なし、給弾装置も問題なし、安全装置をONにした状態でのトリガー確認も問題なし。
フレアガンで慣れたおかげなのか何なのか、素人とは思えない手付きを見せていくアリス。
その姿に皆が感心していると……、
「ラゴス! 早速これを試してみたい!
的はいらないから、とにかく空で撃たせて!」
と、そんなことをアリスが言ってくる。
「……いきなり空で撃つことはないだろう。
まずは水上で……適当な流木を的にしてみたら良い」
俺がそう返すとアリスは、不満そうに頬を膨らませるが……いくらなんでもいきなり空は駄目だ。
……水上であれば万が一が起きても……尾翼を撃ってしまってもなんとかなるからな。
そんな俺の内心の言葉をアリスは表情から察したのだろう、頬を膨らませながらも反論せず……早くラゴスも席につけと、機体をバンバンと叩いて訴えかけてくる。
工場長も工場の皆も、まずは試してきたら良いと、そう言ってくれて……皆に手伝ってもらいながら水上に出て……誰かを誤射しないように、周囲に何もない沖まで進んでいく。
そうしてから適当な流木を見つけて、アリスにそれを狙えと指示を出し……プロペラの回転速度を少しだけ速めて、水上を船のように駆けて、適当に蛇行し、可能な限り空戦っぽさを再現してやる。
それを受けてアリスは、飛行艇がそれなりの速度で蛇行していることも、波で揺れていることも物ともせずに、銃座を回転させ流木に狙いを定めて……軽く短くトリガーを押し込み、無駄弾を使うことなく、たったの数発で流木を海の藻屑に変える。
「ラゴスー……水上じゃぁつまんないよー。
せめて空飛ぼうよー。的は無くて良いからさー」
通信機を使うことなくそう言ってくるアリスに俺は……様々な注意事項を改めて説明していく。
銃は便利だが、同時にとても危険な武器である。
自機への誤射はもちろんのこと、関係ない者への誤射も避けなければならない。
弾丸は発射された際の勢いを失っても、水上は地上へ落下する際の、落下速度でもって威力を得て人や動物を傷つけることがある。
つまりは敵だけを見ていれば良い訳じゃなく、上下左右、周囲の状況全てに気をつける必要がある訳だ。
便利だからこそ、ワイバーンやドラゴンを狩れる程の武器であるからこそ、あっさりと人を殺せる訳で、その点は絶対に忘れてはならない。
そんな俺の話に対し……アリスは真面目に静かに聞き入ってくれる。
機関銃を早く撃ちたい、早くこの機関銃に慣れたい。
そういった想いはあるものの……決してふざけ半分では無いようで、アリスなりに俺達の役に立とうと必死なのかもしれないな。
そうして話を終えた俺は……、
「弾もタダじゃないからな、少しだけだぞ」
と、そう言ってエンジンを回し……ゆっくりと離水して、空を舞い飛ぶ。
するとアリスが通信機越しに、
『ラゴス、私のことは気にせず、色々な方法で飛んでみて。
自分の練習と思ってロールとか色々、私は私で撃って良いタイミングを見つけて撃ってみるから』
と、そんなことを言ってくる。
それを受けて「分かった」と短く返した俺は、早速とばかりに適当に、思うがままに空を舞い飛び……空を舞い飛ぶ中で、アリスが何度か、短い間隔でもって機関銃を唸らせる。
連射することなく短く、数発を繰り返し数度。
その音に本当に大丈夫かなとか、尾翼に当てないでくれよと祈りながら俺は、飛行艇を舞わせ、何度かロールさせ……全力ではないものの、それなりの速度と激しさでもって飛行艇を飛ばしていく。
『……良し、うん、良し』
その中でそんなアリスの声が響いてくる。
「……何が良しなんだ?」
と、俺が返すと、アリスは更に『良し、良し』と機関銃を唸らせながら言葉を続けて……それを一段落させてから言葉を返してくる。
『えっとね、海に浮かんでる流木とか、海藻を的にして撃ってたの。
今の所全部命中させてるよ!』
「……は? ……はぁ?
空から波に揺られている流木を撃ったってのか?
距離があるのはもちろんのこと、角度だって厳しいだろうし……水上からとは訳が違うだろ!?」
『うん、だから結構練習になったよ。
ただやっぱ相手が動かないからなー、練習にしかならないなー。
……後はもう、実戦で学んでいくしかないねー』
あっさりと、事も無げにそんなことを言うアリスに対し、俺は「マジかよ」とそんなことを呟きながら、戦慄してしまうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回こそ出撃ということで。




