新たな……
結果として王様は逃げ切れなかった。
飛行艇という空からの目がある状態で、上陸するなり疾走してくる屈強な男達から逃げ切れるはずもなく……抵抗も虚しくあっという間に取り押さえられ、ロープでぐるぐるに巻き上げられ、それで捕物劇は終了となった。
捕まえてそれではいお終いとはいかずに、色々と尋問……質問することがあるらしく、王様はそのまま宿へと連行されていって……結局王様は一口もバレットジャックを口にすることは出来なかった。
これだけ美味いものを食えないとは……やっぱり王様というのは可哀想な仕事なのかもしれない。
護衛役達とクレオと王様がそんな風に立ち去っていって……その光景を呆然と眺めていた人々もバレットジャックの弾ける脂の匂いにはあらがえず、よく分からないことはそれ以上考えても仕方ない、兎に角今はバレットジャックだと思考を切り替えて、パーティが再開される。
島の顔役であるグレアスが合流してのパーティは大いに盛り上がり……整備工場などで働いていた連中も合流し、パーティは後半戦……日が落ち始めたこともあって夜の部へと突入する。
「……良し、俺達は帰るか」
満腹となった腹を撫でながら俺がそう言うと、アリスはわざとらしく笑いながら言葉を返してくる。
「良いの? お酒とか色々、大人はこれからが本番じゃないの?」
「十分楽しんだからな、酒も馬鹿騒ぎももういらないさ。
それに見てみろよ、この腹! 酒だろうが水だろうがもう入らねぇよ」
「うんうん、良いこと良いこと、最近はタバコもお酒もやらなくなったよね。
飛行艇乗りは身体が資本! これからも身体を大事にしてよね」
「まぁなぁ……酒が過ぎると目が霞んだり手が震えたりするそうだからなぁ。
そうなると飛行艇乗りとしては致命傷……それに酒に飲まれるようなやつは飲酒運転やらかすって、賞金稼ぎの許可取り消しもあるからなぁ……。
金があるからって飲みすぎないように気をつけないとな」
そんなことを言い合いながら俺達は立ち上がって……グレアスや護衛をした漁師達に挨拶してから帰路につく。
家に帰ったなら風呂に入り、寝支度を整えてベッドに潜り込む。
バレットジャックを腹いっぱい食った日にはいい夢を見る。
この島にはそんな言い伝えがあったなと、そんなことを思い出しながら目をつむり……そうして俺は見事に、夢の中でもバレットジャックパーティを堪能するのだった。
翌朝。
いつも通りに目覚めて、いつも通りに朝食を作っていると騒がしい音が響いてくる。
それは空を舞い飛ぶ飛行艇達の音で……どうやらクレオ達が飛び立ったようだ。
「昨日の今日で出立か、随分と慌ただしいんだな」
フライパンをゆすりながら俺がそう言うと、隣でフルーツの皮むきをしていたアリスが言葉を返してくる。
「まー、王様だからねー。
色々なお仕事が王都で待ってるんじゃない?」
「……こんなに朝早いんじゃぁまともな朝食も食えなかったんだろうし、結局バレットジャックは食えずじまいか。
生い立ちも立場も苦労も人それぞれ……か」
「そーだねぇ。
グレアスさんもきっと苦労してるんだろうし、親方さんもレストランの店長も、皆何か苦労があるんだろうねぇ」
そんな会話をしながら朝食を作り上げて、リビングへと運び……さて、食べるかというタイミングで、誰かがドンドンと玄関のドアを叩いてくる。
「……誰だよ、こんな朝っぱらから」
と、そう言いながらフライパンをコンロに置いて、玄関へと向かい、鍵をあけてドアをあけると……予想もしていなかったクレオの姿がそこにある。
飛行服ではなく、シャツとズボンというラフな格好で……少し呆然とした様子で玄関に立ち尽くすクレオに、
「……どうしたんだ一体? 帰ったんじゃなかったのか?」
と、声をかけるとクレオはぐっと拳を握り、握った拳をわなわなと震わせて……その両拳を天高く突き上げ、大きな声を上げる。
「この度このクレオ・ドルチェは少尉から中尉へと昇進!
そして……この島の駐在軍人になることが決まりましたーーー!!」
そう声を上げて、両足をばたばたとさせて喜びを全力で表現するクレオ。
声を上げながら全力でそうし続けるクレオに俺は……、
「朝っぱらからうるせぇ! 近所迷惑だ!!」
と、そう言って腕をひっつかみ、家の中へと引っ張り込むのだった。
「で、何がどうなって駐在ってことになったんだ?
王様の護衛役なんだろ? クレオは」
クレオをリビングのテーブルにつかせて、適当な朝食を作ってやった上でそう問いかけると、クレオは喜びに打ち震えながら言葉を返してくる。
「元々自分は、女性軍人ということで微妙な立場にいたんですよ。
いくら平等だなんだといっても、そんな新しい考えがすぐに浸透するもんじゃぁありませんし、軍はどうしたって男社会ですし、そもそも自分、兄のコネで入った訳ですから、風当たりも強かったんです。
で、尋問……じゃなくて質問の中で陛下が、もっと遺跡を調査したいとか、もっと遺跡の情報が欲しいとか駄々をこねまして……そんな陛下をなだめるために、陛下と密に連絡の取れる誰かを、陛下の代理人としてこの島に置いてはどうかって、そんな話が出てきたんですよ。
そこで自分、これはチャンスだって閃きまして! 皆さんの話を誘導して、自分だけパーティを楽しんでたこととか暴露しちゃって! 名目上は出世、実質は懲罰という形での『辺境送り』を煽ってみたんすよ!
そしたらそしたら、見事に成功!! いやーーー、これから毎日この島のご飯を食べられるなんて、最高ですよ!! その上希望していた最前線な訳ですから、文句なしです!!」
その言葉を受けて俺は……クレオの言葉の意味をどうにか理解しようと考え込む。
「あー……つまり、なんだ。
この島に残りたいから、適当なこと言ってそうなるように仕向けたってことか?
で、今後は遺跡の調査がクレオの仕事になる、と?」
「大体当たってます!
遺跡の調査だけじゃなくて、対ドラゴンの備えとしての仕事もありますし、賞金稼ぎみたいなこともすることになると思いますけど、まぁ大体はそんな感じですね」
「……そ、そうか。
……で、何だって俺達の家に来たんだ? まさかその報告をするためにこんな朝早くからやってきたのか?」
「いえ、違います!
自分、家もお金もないんで、当分の間泊めてくださいってお願いしにきました!
何しろいきなり決まっちゃったんで、着替えも数日分、食料はほぼ空っぽ、飛行艇の燃料もあんまり残ってなくて……国からの支給は数週間後になるそうなんです。
そういう訳で、その……それまでの間、お世話になります!!」
その言葉に真っ先に反応したのはアリスだった。
椅子の上に立って身を乗り出し、クレオの手をとってきゃんきゃんと声を上げて、友達というかお姉ちゃんというか、兎に角新しい仲間が出来たとはしゃぎまくる。
アリスのその態度を快諾と受け取ったらしいクレオもまたはしゃぎはじめて……そうやって賑やかになっていく家の中で俺は、頭を抱えて大きなため息を吐き出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
クレオはレギュラーキャラとなります。
(ラゴス的には)ヒロインではありませんのであしからず