クレオ
「なるほど、あれがバレットジャック漁ですか!
自分は燻製以外で海の魚を口にしたことがないので、実物を見るのは初めてなんです!」
口元を歪めて怒ったかと思えば、漁の光景を見るなりそんなことをかすれた声で言って笑う、クレオとはそういう人間であるようだ。
飛行艇の胴の部分に片足を上げて、腰に手をやって堂々としながら漁を眺めていたクレオは……邪魔になったのか飛行帽を脱ぎ始める。
すると飛行帽を被るためなのだろう、驚いてしまうくらいに短く刈り込んだ赤髪が姿を見せて、余程のくせっ毛なのか風に揺れながらピンピンと立ち上がる。
身長は俺くらい、がしっとした体つき、シャープで白い頬に、大きくつり上がった目に、赤い瞳。
そんなクレオのことを見やりながら双眼鏡を手にとって警戒を続けようとする……が、飛行帽とゴーグルがどうにも邪魔で、双眼鏡を一旦置いてから、飛行帽を雑に脱ぐ。
すると俺の両耳がピンと立ち上がり……こちらを見たクレオは目を丸くしながらじっと俺というよりも立ち上がった耳を見つめてくる。
そうして強い風が吹いてくると俺の耳が揺れて……それを見てなのかクレオは、こみ上げてくる笑いで吹き出しそうになりながらも、必死にそれをこらえ、その頬を大きくふくらませる。
基本的に今の世の中、獣人の特徴を笑うことは許されていないというか、良いことではないとされている。
ましてやクレオは規律やら何やらが厳しいらしい軍人だ、笑うわけにはいかないのだろう。
頬を膨らませたまま必死にこらえているクレオを見て……何を思ったのか座席から身を乗り出し、こちらに手を伸ばしてきたアリスが、両手で俺の両耳を掴み……左右に引っ張り、限界まで引っ張ったところで手を離し……弾けた両耳が勢いよくぶつかり合う。
「ぶはっ!?」
それでクレオの頬は決壊し、快活な笑い声が周囲に響き渡る。
「あははは、やっぱ笑っちゃうよねー、ラゴスの耳はねー、顔に似合わず可愛いもんねー」
それを見てそんなことを言うアリス。
そう言えば以前アリスも、俺の耳の件で笑っていたなと思い出し……クレオの笑い方がアリスによく似ていることに気付く。
青い髪と赤い髪、すらっとした身体とガシッとした身体。
色々な部分が正反対で、そもそも年齢が全然違って、顔を見ても全く似ても似つかないのだが……笑い方というか、笑顔というか、佇まいがよく似ている気がする。
アリスに姉が居たら、こんな女性なのだろうなぁと思う程に二人はよく似ていた。
そして……その爆笑をきっかけにアリスとクレオは急接近する。
クレオが機体ごと近付いてきて……ギリギリ、波に煽られてもぶつからないだろう距離辺りで、言葉を交わし合い、あれこれと話し合い、これがガールズトークというやつだろうか。
……まぁ、アリスは子供な訳だし、クレオは手伝ってくれているだけの身分だ。
そうやって雑談するのもありだろうと俺は何も言わずに双眼鏡を覗き込んで、周囲の空に目を光らせる。
「クレオさんはなんで軍人になったの?」
「ご先祖様がかつての魔物との戦いで活躍した英雄だったんですよ!
それで自分もって憧れてー……空軍省で働いている兄に我儘を言って軍人にして貰っちゃいました!
希望は最前線勤務だったんですけど、いきなりそれはってことになって、見栄えも良いからって陛下と王宮の護衛役に任じられてー……まぁまぁ楽しくやってたんですけど、その肝心の陛下が突然どっかに行っちゃって、いやぁ、王宮中がパニックですよ」
「あはは! 王様、家出しちゃったんだ!」
「王都で遊び回るくらいの家出だったら良かったんですけどねー。
お飾りだったはずの飛行艇にこっそりと燃料を入れて、お付きの人達をなぎ倒しての家出というのは困っちゃいますよね。
しかもここまでの道中で、やれ酒を飲んで暴れるわ、汚職をやっちゃってた役人を殴っちゃうわ、人妻を口説いて大問題になっちゃうわで……陛下を追いかけてるっていうか、陛下が起こした事件を追いかけているうちに、ここにたどり着いちゃったって感じですね。
陛下は家出をする際に、ラゴス殿のところに行くと口にしていたんですが……多分、それがなくてもここまで来れちゃったと思います」
「あー……王宮で会った時はビシッとしてて格好良かったけど、あの人ってそういう人なんだ」
「まー……あの年になっても伴侶に恵まれてないくらいですから、お察しくださいって感じですね。
ちなみにですが、ご結婚はまだですが、血を引く後継者は二桁程おりますので……まぁ、そういう方なのだとご理解ください」
「わーお……駄目な人だー」
おいおい、子供相手に何を話してるんだと、抗議の視線をクレオに送ると、クレオはその短髪を掻きながら申し訳ないと表情で謝ってくる。
それを受けて「ふんっ」と鼻息を吐き出した俺は、再度双眼鏡を覗き込み、空へと視線をー……、
「ちなみにラゴスはそういうのからっきしなんだよ。
あの見た目じゃモテないからって諦めちゃってさー、声をかけるどころか、女の人に近寄ろうとすらしないの。
あれで中々ファンが多いのにねー……皆耳が可愛い可愛いって。
ちなみに私的にはお尻の尻尾が―――」
「うぉぉぉい!? 何言ってんだお前ぇぇ!?
っていうか一体いつのまに俺の尻尾を見やがったんだ!?」
空へと視線をやろうとした折、アリスがそんなとんでもないことを言い始めて、俺は慌てて大声を上げる。
するとアリスとクレオはそっくりの表情でもってこっちを見つめてきて……そうして二人同時に笑顔を弾けさせ、元気で楽しそうで、なんとも爽やかな笑い声を上げるのだった。
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