夕日
着水し、整備工場へと戻った俺達はすぐさまグレアスを呼び出し、事の次第を報告した。
空の上に不思議な空間があった、そこはドラゴンが住まう世界だった。
そんな俺達の話を聞いて「何を馬鹿なことを言ってるんだ」と笑っていたグレアスだったが、真剣な表情で信じてくれと何度も繰り返す俺とアリスを見て……俺とアリスがわざわざそんな嘘をつく理由も無いだろうとすぐに考えを変えてくれて、飛行艇の中にあった土と石を採取し、本土へと報告書付きで送ってくれることになった。
土と石を調査して何か分かることがあるのか、それともただの土と石でしたで終わるのか……それはまだ分からないが、何らかの進展があることを祈るばかりだ。
あの世界が何だったのか、ドラゴンとは一体何者なのか。
その答えは俺達の商売にも関わっていることで……内容によっては商売を変えることも考えなければならない程の重要なことだ。
出来るだけ早く答えがでてくれることを望んでいるが……さて、どうなるやらな。
とりあえず当分の間は、あそこに入り込んでしまわないよう……今回みたいな真似をしないよう、高度を上げすぎないように気をつける必要があるだろう。
と、そんなことを考えながら、夕暮れの坂道をアリスと並んで歩いていると、アリスがぼつりと、力なく呟く。
「あーあ……今回は儲け無しかぁ」
……ずっと黙り込んで何を考えているかと思えば、そんなことを考えていたのか。
「元々は俺の練習のためと、ピクニックのための飛行だっただろう?
儲けなんて無くて当たり前なんだよ」
と、俺がそう返すとアリスは、整備工場で空にしたランチボックスを振り回しながら「ぶー」とため息を吐き出し、不満そうな声を返してくる。
「そーだけどさー。
あれだけの大発見をしたんだから、少しくらいの儲けがあっても良いんじゃない?」
「あれが大発見かどうなのかはこれからの調査次第だ。
俺達が見た幻だったとか、あるいは幻惑を見せるような魔法だとかドラゴンの仕業だったという可能性も無くはない。
あの土と石を調査して、何かが分かって、そうして俺達の功績が凄いものだと分かったなら報奨もあるかもしれないが……まぁ、無いもんだと思っておくのが健全だろうな」
「ぶーぶー。
つまんないなー……やっぱり何事も報酬があってこそ楽しめるってもんでしょ!」
「そうか……?
色々怖い想いもしたし、死ぬかと思ったピクニックだったが……俺は中々楽しかったぞ。
世界にはまだ凄い謎があるんだと知る事ができたし、誰も見たことがない凄い光景を見ることが出来たし……それにこうして生きて帰ることが出来た。
……それで十分だろう」
と、俺がそう言うとアリスは複雑そうな表情をし、きゅっと口を結んで何かを考えて……そうして駆け出し、坂道をタタタッと登っていく。
そうしてある程度のところまで登っていったら、くるりと振り返り夕日を背にしながら満面の笑みを向けてくる。
「そっかそっか、ラゴスが満足なら私もまぁ、満足かな。
儲けがなかったのはアレだけど……うん、楽しめたってことにしておく。
ラゴスと一緒にいればまたああいう光景を見られるかもしれないし……私の謎も、私が何処の誰なのかも分かるかもしれないしね」
「……ずっと気にしているような様子を見せていなかったからあえて触れないようにしていたが……やっぱり気になるのか?
アリスが何処の誰で、どうしてあそこにいて、どうしてあんな格好をしていたのか、を」
アリスとの生活が始まってから一度も口にしなかったその疑問に対し、アリスは満面のえみのまま言葉を返してくる。
「気にならないって言えば嘘になるかな。
……でもまぁ、それは好奇心の問題でー、どうしても知りたいとか、知らないと生きていけないとか、そういう話ではないよ。
でもやっぱり気になるのが普通だと思うし……謎を解いてみたいと思うのが普通だよね。
……私がラゴスと一緒にいるのは、そのウサギそっくりの格好が可愛かったからっていうのもあるんだけど、ラゴスならきっとその謎を解いてくれるって期待しているからなのかも。
私を見つけてくれて、あの飛行艇を手に入れてくれて、私をあの飛行艇に乗せてくれて、一緒にドラゴンを倒してくれて……不思議な世界を見つけてくれて。
前に突き進みながらそんな風に、私の謎も全部綺麗に解いてくれるって、そう思っちゃってるのかも、ね」
「そうか……ならまぁ、期待に応えられるように頑張るよ。
とはいえアリスの謎に関しては全くのお手上げなんだけどな、本気で調査しようと思うなら、グレアスの言っていたアリスが鳥の獣人だって説から検討していったほうが良いんじゃないかと思うくらいだ」
「え、なにそれ。
私って鳥だったの? え? どういう理屈でそんな説が生まれたの?」
そう言ってきょとんとするアリスに、俺はグレアスが口にした、アリスが青い羽根を持つ鳥で、何処からともなく飛んできて、羽根を失って落下してしまったからあんな格好であそこに居たのだという説を説明する。
するとアリスは、
「……あれ? それって割とアリな説なんじゃない?
色々説明がついちゃうし、納得できちゃうし……ただまぁ、大問題なのは私には羽根も、その形跡も全く無いってことかな。
仮に生えていたとして一体何処に生えていたのよ? 背中? それとも腕に?
頭は……なんか色々と怖いから想像したくないなぁ」
なんてことを言ってくすくすと笑い……夕日の方へと向かって駆けていく。
俺はそんなアリスを見ながら釣られたように笑い……そうしてから駆け出して、アリスと共に自宅へと帰宅するのだった。
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