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汝ウサギなれど鷹が如く  作者: ふーろう/風楼


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勉強


 グレアスに提出してもらった戸籍関連の書類はこれといった問題もなく受理してもらえて……そうして俺達は戸籍を持つことになった。


 とは言えこの島の暮らしにおいて、戸籍も家名も、何なら勲章さえもが何の役にも立たず……新しく買った調理器具や家具の方がずっと役に立っているような有様で、あれこれと悩んだ割には大した変化が無いいつも通りの毎日が続いていた。


 戸籍をもらおうが家名ができようが、勲章をもらおうが新聞に載ろうが、俺はウサギのラゴスのままで、アリスはそんな俺の相棒で……島の人々にはそれで十分だったのだ。


 飛行艇を手に入れて、ドラゴンを狩って大金を稼いで、大きな買い物をしてくれるからといくらか態度を柔らかくしてくれる人がいるにはいたが、ほとんどの人が以前と変わらないままの態度で……俺はそんな人々の態度にちょっとした安心感を覚えていた。


 変に騒がれたり変に媚びられたりするほうが変というか、気色悪いというか……変わらないままの方が良いということもあるということなのだろう。


 グレアスも親方も以前と変わらないまま、アリスも変わらないまま……だが俺は、俺だけはこのまま変化の無いままという訳にはいかない。


 アンドレアとジーノの二人が助けに来てくれなかったら、ガルグイユに負けていたのは確実で、飛行艇を失い、命まで失っていたかもしれず……いつも通りの日常に戻ったからこそ、変わらなければならないという思いが日に日に強くなっていた。


 そういう訳で俺は稼いだ金でもって新たな買い物をし……大きな本棚と、何冊かの本を手に入れていた。


「ロールにピッチに……角度の計算?

 飛行艇を操縦しながらそんなこと出来る訳が無いだろうが……」


 買った本は全て飛行艇に関するものや、飛行艇の操縦に関するもので……俺は今更ながらに飛行艇についてのちゃんとした勉強を始めていた。


 アリスの勉強法に習って、リビングの机で本を開き……その内容を読み進めながら要点をノートにまとめて、まとめたノートを後で読み直す。

 だが、そうしただけでは今ひとつ理解が進まず、むしろ本を読めば読む程分からないことが増えるばかりで……夕食後のひとときに、俺がそうやって唸っていると、買ったばかりのアリスの体格に合わせた椅子に腰掛けながら様子を見守っていたアリスが声をかけてくる。


「勉強は良いことだと思うけど……そうやって本にかじりつくくらいなら実際に飛行艇を操縦して、練習した方が良くない?」


 そんな問いかけに対して俺は、ペンを走らせながら言葉を返す。


「それはそうなんだがな……飛行艇を操縦するには色々金がかかるだろう?

 マナストーンへの充填、操縦後の整備……そういった金がかかることを考えると、気軽に練習って訳にもいかないんだよ。

 だからこうして勉強して……色々な知識を詰め込んでから充実した練習を、と考えた……んだがなぁ、どうにもなぁ」


「ふぅん……。今はお金に余裕があるんだし、お金があれこれかかるとしても必要経費と思って実際に練習をするほうが良いと思うけどな。

 ……ラゴスのおかげで、マナエンジンのおかげで、仕事と稼ぎが増えたって、生活が楽になって研究する余裕が生まれたって、魔法使いさん達も喜んでいたし、これも地域貢献ってやつだよ」


 マナストーンへの魔力の充填は、当たり前だが魔力を多く持っている魔法使いの仕事となる。

 

 魔法使い……銃が発明される以前は魔物と戦う際に欠かすことの出来ない重要な存在であり、社会的立場も高かった職業だった……のだが、銃の発明によりその地位は一気に低下。

 今ではマナストーンを使った古い機構への魔力充填や、狩ったワイバーンやドラゴンから魔力を抜くくらいの仕事しか無い……未来の無い、成り手のいない斜陽産業となっている。


 一部の魔法使いはそれでも魔法の復権をと研究に精を出しているが……その発展の速度よりも何倍も速く発展し続けている科学には全く太刀打ちできていないのが現状だ。


 この島にも何人かの魔法使いがいて……その全員が70近い爺さんと婆さんで、そしてその爺さん婆さん達は、かつてこの島で居場所の無かった俺に、ちょっとだけ優しくしてくれた数少ない人達だった。


 未来のない魔法使いという仕事に就いている自分達と、何もなく底辺で悶えている俺に何か共通するものを感じ取ったのか……病気をしたときなんかはしなびた薬草を恵んでくれたし、ちょっとした稼ぎがあった時はかっさかさのパンを恵んでくれた。


 そんな魔法使い達が、俺達が空を飛ぶ度に稼ぎを得ているということは、一応知ってはいたのだが……そのことを喜んでもらえているとまでは考えが及んでおらず、俺はペンの尻でこめかみを掻きながら「うぅん」と唸る。


「……整備代も親方達への恩返しと思えば無駄でもない、か。

 とはいえそうホイホイは飛べないぞ? 故障してしまったら修理が難しい機体であることは確かなんだからな。

 出来るだけ少ない回数で、しっかりと効果が上がるように考えてやらないと……」


 俺がそう言うとアリスはにっこりとした笑みを浮かべてから、


「あれこれ考えてもしょうがないし、行動の前に考えるってのがもう全っ然ラゴスらしくないよ!

 という訳で早速明日、練習飛行といきましょう!

 今回は依頼とかじゃないんだし気楽に……ランチボックスでも持って、ピクニック気分というのも悪くないかもね!」


 と、そんなことを言ってくる。


 それを受けて大きなため息を吐き出した俺は……ペンに蓋をしっかりとして、本とノートを閉じて本棚へと戻すのだった。


お読み頂きありがとうございました。


次回、お空のピクニックです。

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