凱旋
ワイバーンとの戦闘を終えて……震える親指をそっとトリガーから外し、ぐっと操縦桿を握る。
勝てる相手ではあった、それだけの性能をこの飛行艇は持っていた。
だがそれでも、この俺が、どうしようもなかったこの俺がワイバーンを三匹もやれるなんて……と、身体の震えを止めることが出来ない。
そうやって震えたまま緩やかに飛行艇を流していると、アリスが声をかけてくる。
『ラゴス、まだ終わりじゃないよ!
ちゃんとワイバーンを回収しないと!!』
その声を受けて俺はハッとなり……震えを止めて、操縦桿を握り直してから飛行艇を旋回させ……マナエンジンの出力を少しずつ落としながら、海面にぷかりと浮かぶワイバーンの下へと向かう。
本来であればワイバーンは、すぐさま海の底へ沈んでいくような体重を持っているのだが、倒したばかりの魔力が残留している状態であれば、空を飛べる程の……海に浮かぶ程度の重量となっている。
だがそれも、魔力が残留していればこそ……運搬のことも考えれば手早く回収し、さっさと港へと引っ張って行く必要がある。
そういう訳で俺はどんどんと高度を落としていって……飛行艇を海面に着水させ、ブイと機体で波を起こしながらワイバーン達の下へと向かって……一匹目のワイバーンの側でエンジンを停止させる。
そうしてから機体後方の収納から曳航ロープを引っ張り出し、機体の上や翼の上に登って、投げ縄の要領でワイバーンの身体にロープを引っ掛けてから引き寄せ……機体にしっかりと縛り付けて……それを三匹分繰り返していく。
まずは一匹を縛り付け、軽くプロペラを回して海面を走っていって次の一匹を。
そうやって三匹を縛り付けたならそのまま、ワイバーン達を曳航する形で海上を進み……離水しないまま我が島へと、港へと向かう。
『うーん、帰りは飛んでいけないんだねぇ』
その途中でアリスがそんなことを言ってくる。
飛んでしまえばあっという間ではあるが……こんなデカブツを引っ張りながら飛ぶなんて事はできないし、飛んでいる最中に重さが戻りでもしたら大惨事だ。
回収船を雇っていれば話は違うが、雇っていないならこの方法が一番安全で、確実な方法なのだとアリスに説明してやると、アリスは操縦席から這い出して、飛行帽を脱いで飛行服を脱いで……翼に腰掛けて脚をぶらぶらとさせながら、海を眺め始める。
俺はそうするアリスを見て、そんなこところに座って大波が来たらどうするのだと、そう叱ろうとする……が、この時期の波は穏やかだし、昼間のこの時間に大きな船がここらを航行するということはないはず。
であれば大丈夫かと何も言わず……前方に見えている島へと真っ直ぐに進んでいく。
そうやって島に近付いていくと……小さな漁船で漁をしていた連中が、俺達の姿と飛行艇を、飛行艇が曳航するワイバーンを見て目を丸くしてくる。
まさかこの俺がワイバーン三匹を倒すとは思ってもいなかったという、驚きに満ちたその顔を、ゴーグルの中からこっそりと見やり……ほくそ笑みながら港へと向かい、グレアスと別れたあの桟橋へと向かう。
するとそこには話を聞きつけて戻ってきたのか、グレアスの姿があり、かつての仲間達……整備工場の連中の姿があり、その全員が笑顔で両手を振りながら俺達を歓迎してくれる。
「だっはっは! 見直したぞ! ラゴス! それとアリスもな!」
「おいおいおい、ありゃぁワイバーンだぞ! それも三匹も!」
「うっひゃー! 一匹で俺達の給料二ヶ月分か? 三ヶ月分か?」
「ラゴス! 今日は奢れよぉ!」
「勿論機体の整備はうちにやらせてくれるんだよな!! 景気の良い払いを期待してるぜぇ!」
その中には散々世話になった親方の姿もあり……親方は腕を組んで不機嫌そうな表情をしながらも、嬉しいことがあった時にだけ見せる癖、口ひげをぴくぴくと動かすあの癖を見せてくれる。
そうして俺が桟橋に飛行艇を停めると、桟橋のグレアス達だけではなく、港全体が一気に騒がしくなる。
桟橋の向こう、コンクリートの港の向こうにある、柱と屋根だけの市場から大勢の人が飛び出してきて、それぞれの道具を手に駆けてきて、ワイバーンへと手を伸ばし始める。
曳航していたロープを引っ掴み、飛行艇から切り離し、そのまま水揚げ用クレーンのある所まで引っ張っていって、クレーンでもって水揚げし、体重を量るためのフックに引っ掛けてから……魔法使いの爺さんが杖を振って残留していた魔力を綺麗に払い飛ばす。
そうやってワイバーンの体重を戻し、その数字を市場の職員が記録するのを待ってから、革職人が、精肉業者が、中央大陸から来た仕入れ業者達が一気にワイバーンに群がり、凄まじい勢いで解体し、その身の全てをそれぞれがもってきたトラックの荷台へと乗せていく。
「うわー……皆元気だねぇ」
なんて声を翼に腰掛けたままのアリスが上げる中、よれよれのスーツを着た日焼けハゲ親父こと市場の責任者が俺の下にやってきて、三匹のワイバーンの預り証やら桟橋利用料やらの書類の束を押し付けてくる。
「これだけの騒ぎだからな、とりあえずの払いとして10万払っておいてやる。
明日の朝市で大体の値段が決まって……その値段次第だが、最大で一割が市場の取り分となる。
一割払いとなった場合は、その桟橋利用料とかは免除になるからな、そこら辺の精算も明日全部まとめてやることになる。
……だがまぁ、甘く見積もっても150万はくだらん……良かったな、明日からは食うに困らんぞ」
俺が受け取った書類の束の上に10万リブラ分の紙幣をどかんと乗せて、咥え煙草をくいくいと揺らしながらそう言った責任者は……ニヤリと笑ってのっしのっしと桟橋から歩き去っていく。
飛行艇を徹底的に整備して貰って、弾代を払ったとしても20万リブラ行くか行かないか……一割取られたとしても100万リブラ以上が手元に残る。
俺の今までの一月の稼ぎが、10万リブラと少しだったことを思うとそれは目眩をするような額で……俺は書類を小脇に抱え、金をポケットに押し込んでから、ふらふらと桟橋を歩き飛行艇の側へと近寄っていく。
すると飛行艇の翼の上を歩いて俺の方へと近付いてきた、満面の笑みを浮かべているアリスがその手の平を俺の方へと突き出してきて……俺は自らの手の平をそこに思いっきり、相棒が思わずよろけてしまう程の力で、バチンと叩きつけるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回、宴会です。