初戦闘
二足のワイバーン。
四足のドラゴンの出来損ないとも言われる下位存在であり……その爪と牙の攻撃に加え、体内の魔力で練った炎弾攻撃なんかもしてくるらしい。
その身体は固い鱗に覆われていて、剣や弓では歯が立たない程度の防御力を有している。
機動力はそこそこ、一般的な飛行艇未満の……それ相応のものなんだそうだ。
つまりはまぁ、雑魚に分類されるような存在なんだが……三体か、と悩んでしまう。
一体であれば腕試しに丁度良いのだが、三体……。
俺だけならまだしも後ろのアリスに何かあったらと思うと、操縦桿を握る手に汗が滲み、ペダルを踏む脚が硬くなり……硬くなりすぎて動かなくなってしまったかのような錯覚を覚えてしまう。
まだまだ慣らし運転の途中……ならここは逃げるのが最善じゃないかと、そんなことを考えていると、アリスの静かな声が響いてくる。
『ラゴスはどうしたい?』
俺の内心を読んだかのようなその声に、俺は息を呑む。
『あのワイバーン達……私達の島からそう遠くない位置を飛んでるね。
このまま放っておいたら、島の皆を襲って……被害が出ちゃうかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だし……ここで逃げるくらいなら、最初から飛行艇乗りになんかならないほうが良いのかもしれない。
……ラゴスはどうしたい? 私はラゴスの相棒だから、ラゴスがびしっと決めてくれれば、それについていくよ』
アリスにそう言われて俺は……後でアリスに謝らなきゃいけないな、なんてことを強く思う。
会ってから今まで散々子供扱いしてきたが、家事のことと言い、この飛行艇のことと言い、アリスは一人前の……俺以上の働きでもって、自分が一人前であることを示してきていた。
だってのに俺は、アリスのことを子供扱いして、半人前扱いして……そんな俺の方が半人前だったっていうのに、アリスという相棒に支えられてきたというのに全く……。
アリスのことを生意気だと思ったこともあったが、客観的な目で見れば俺の方がよっぽど生意気で、一人の大人としてなっていなくて……。
そんなことを考えて俺は……アリスの相棒らしくあろうと、一人の大人らしくあろうと覚悟を決めて、口を開く。
「ワイバーンを一匹やれば多分数週間は食っていける。
二匹やれば更に……三匹やれば余裕が出来て、弾の予備だとか、飛行艇の整備の為の結構な貯金をすることも出来るだろうな。
機関銃に装填してある弾数は500発が二門で1000発……全部撃ち尽くしたって三匹もやれば十分黒字になる。
……それなら、賞金稼ぎなら、目の前のチャンスを逃がすなんてそんなこと出来る訳ねぇよな。
……アリス、やるぞ!!」
俺がそう言うとアリスは、ただただ明るい元気な声で、
『やっちゃえ!』
と、そう返してくる。
その声のおかげか汗が引いて、脚が動くようになって……俺はそのまま、真っ直ぐにワイバーン達の方へと機体を飛ばす。
『ラゴス、狙いは?
あの翼を穴だらけにして落とす?』
そんな中響いてくる声に、俺はワイバーンから目を逸らさないようにしながら返事をする。
「いや、あの翼に穴を空けても奴らは落とせないぞ。
奴らは魔力で空を飛んでいてな……あの翼は姿勢制御とか方向転換に使うためのものでしかないんだ。
だから奴らを落としたければあの頭を吹き飛ばすか、胴体を吹き飛ばすかって感じだな。
翼に穴をあければ、動きを鈍らせることが出来るから無意味じゃぁないが……まぁ、わざわざ狙うもんでもないだろう」
だらしなく太ったトカゲのようなあの身体を、あんな小さな翼で飛ばせる訳もなく、奴らは魔力という、科学では解析しきれない不思議な力で空を舞い飛んでいる。
そんな訳の分からない力のおかげで、常に前に進み続けないといけない飛行艇には不可能な、滞空をし続けることも出来て……そこら辺がワイバーン戦での注意事項となっている。
対空したままこちらに狙いをつけたままで連続で放たれる炎弾はかなり厄介なんだそうで、相手の数次第では、延々と炎弾を吐かれ続けて、攻撃の機会を得られないまま逃げ帰ることになるんだとか。
ならば先手必勝……まずはその数を減らすぞと、操縦席前方の防風窓を貫通する形で設置されたスコープを覗き込む。
散々世話になったあの人達なら照準もしっかり調節してくれているのだろうと、操縦桿の上部から大きく伸びているトリガーに親指をかける。
そうしてから速度を上げて……こちらに気付いているのかいないのか、舐めきった態度を見せているワイバーンとの距離を一気に詰めて、射程内に捉えるなりトリガーを押し込み、ナガフネ工房の名銃の弾を一気に吐き出す。
狙いは三匹の中央、一番こちら側を滞空している一匹、トリガーを握り、握り続けて……弾を吐き出しながら、こちらの速度に驚いているのか、物凄い形相で滞空し続けている間抜けな三匹のワイバーンへと接近し、そのまま連中の頭上を通り過ぎる。
弾は当たっているように見えた、機体が早すぎてほんの一瞬のことだったが、血が吹き出しているのが見えた、確かに命中はしたはずだ、効果の程はどうだ……!
と、そんなことを考えながら上昇し、上昇することで減速し、再び奴らを正面に捉える為に旋回する。
『やった! 一匹落としたよ!』
すると旋回の途中でアリスがそんな声を上げてくる。
どうやらアリスは俺と違って振り返って後方を確認する余裕があるようだ。
俺はもう必死も必死、速すぎる機体を制御するのに精一杯で、ただただ前だけを見ることしか出来なくて……震える操縦桿を制御しながら、再びワイバーン達を前方に見据える。
そこに対空し続けていたワイバーン達は仲間を落とされたことに怒り狂っており、
『ギャァァァァァァ!!』
と、金属を電ノコで切っているときのような金切り声を上げてくる。
「随分と余裕だなぁ! 炎弾はどうしたぁ!!」
と、俺はそう返しながら再びトリガーに指をかける。
するとまるで俺の声を理解しているかのようにワイバーン達は大きく口をあけて、炎弾を吐き出そうとしてくる。
させるか! と俺はトリガーを押し込む。
するさまに機関銃が火を吹いて、大きく開けられたワイバーンの口を一瞬で吹き飛ばす。
ああまったく、口に意識が行き過ぎてあんなところを狙っちまった。
頭は小さすぎる、狙うなら胴体だろうと自分を叱責しながら……操縦桿をぐっと握ってペダルを踏み込み、機首上げと横転を同時に行う。
すると機体が、まるで樽の外側をなぞるかのような形で、螺旋を描く形で空を舞い……そんな機体の腹を撫でるように最後のワイバーンから放たれた炎弾が飛んでくる。
それから連続して、間をあけることなく炎弾が飛んでくるが、ワイバーンは鋭く螺旋を描くこちらを捉えきれていないらしく、どの炎弾も命中することなく、機体のすぐ側を掠めながら飛び去っていく。
そんなワイバーンとすれ違い、再度上昇し、旋回しようとしていると、アリスの笑い声が響き聞こえてくる。
『あはははは! なになに今の! ぐるんってなった!! さいこー!』
「バレルロールって言うらしいぞ!!
話に聞いただけで、実際にやったことはなかったんだが……上手くいったな!」
『あははは! 実戦で初挑戦するな! 馬鹿ラゴス!!』
アリスとそんな会話を交わしながら旋回し、再度ワイバーンを正面に捉えると、ワイバーンは勝てないと悟ったのか、翼を小さくたたみ、魔力の光を散らしながら一目散に逃げている最中だった。
だが、その速度は一般的な飛行艇未満のものでしかなく……あっという間に俺達の飛行艇は距離を詰めて、ワイバーンを射程内に捉える。
そうして俺は再度トリガーを押し込んで、最後のワイバーンの胴体を弾丸でもって貫き……偶然遭遇した三体のワイバーンの討伐に、成功するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回ワイバーンの回収と、堂々の凱旋となります。