反撃の軸
あれから何日かが経って……俺は一人で警察署長室へと足を運んでいた。
そこはそれまでの署長室ではなく、様々な通信機が置かれ、南西諸島の地図海図がこれでもかと貼られたちょっとした作戦室……司令室のような風景へと変貌していた。
「……随分と物々しくなったなぁ」
と、署長室のドアを開け、足を踏み入れるなり俺がそう言うと、隅へと追いやられた執務机に腰掛けていたグレアスが、その側のソファへと移動しながら言葉を返してくる。
「ま……陛下が戦争が始まったと宣言されたからな。
ここらは平和そのもの……特にトラブルもなく、魔物の襲撃もなくいつも通りの日々が流れているが、それでも形くらいは整えておかねぇとな。
……で、クレオはどうした? お前だけじゃなくてアイツも呼び出したはずなんだが?」
「クレオは今絶賛勉強中で来られないってさ。
元々作戦指揮だの何だの……士官としての勉強はしてなかったかものだから、急に重要な立場になってしまって、知識も経験も何もかもが足りない状態らしい。
グレアスに防衛に関して相談したいと言われても、何も言えることはないから全て俺に任せて、とにかく勉強に徹するそうだ。
……そういう訳で俺がクレオの代理人だ、そのつもりで話を進めてくれ」
そう言いながらグレアスの向かいのソファへと腰かけると、グレアスはため息を吐き出しながら言葉を返してくる。
「全く頼りにならねぇ軍人さんだなぁ、おい。
……まぁ、良い、そういうことならお前に話をさせてもらおう。
国のお偉いさん方は南西諸島には追加の軍備は必要ないとの判断を正式に下したそうだ。
軍人一人に、民間の協力者が四人……それで終わり。
後は賞金稼ぎをかき集めてなんとかしろとさ。
……まぁ、国家存続を考えたら各工場や生産拠点の揃ってる本土を最優先で守るってのは当然のことだからな、仕方ねぇ。
……で、お偉いさん方が考えてくださった大方針ってやつなんだが……当分はこちらからの手出しは一切せず、防衛に徹するとのことだ」
「……防衛?
新聞じゃぁ早く北西諸島を取り返さないとどんどか魔物が増えてえらいことになるって大騒ぎしてるがな……。
来月には反攻作戦が始まるとか、そんな記事も見かけたぞ?」
「その反攻作戦のための防衛だとさ。
……飛行艇での戦争となると、どうしても航続距離が問題になってくる。
弾薬、燃料などなど、補給や整備を定期的に行わないといけないし……連続戦闘や遠征にはどうしても不向きだ。
人間がここまで版図を広げられたのは、じっくりと時間をかけながら前に進んでいって、前に進んでは基地を作り、新たな島を獲得しては基地を作りってのを繰り返してきたからで……その基地全てを破壊されちまっただろう現状、北西諸島全域を一気に取り返すってのは、ほぼ不可能だと言って良い。
かといって今までみたいに時間をかけながら前に進んでいくってのも……更なる変異が起こる可能性がある以上は悪手だ。
じゃぁどうしたら良いんだって話になるが……その答えは言わなくても分かってるだろう?」
「……いや、分からん」
一応自分なりに考えてみて、それなりに真剣に考えてみて、全く答えが分からなかった俺がそう言うと、グレアスはため息を吐き出しながら言葉を返してくる。
「空中軍艦だよ、空中軍艦。
とりあえず防衛に徹している間に、空中軍艦を急ぎで仕上げて……出来上がり次第それを軸に反攻作戦を行うつもりらしい」
「……か、開発中の本当に出来るかも分からないモンを軸にするのか?
い、いやいや、出来上がらなかったらどうするんだよ、建造に失敗したらどうするんだよ、空を飛べなかったらどうするんだよ……一気に作戦の根幹が破綻してしちまうだろうが………」
「……まー、アレだ、ぶっちゃけちまうと、すでに反攻作戦事態は何度か行われてるんだよ。
何度かやって、ある程度までは順調に戦うことが出来て、それなりの数の魔物も倒せてはいるんらしいんだが……さっきも言った航続距離、継戦能力が問題になってな、島を取り戻すとか、そこまでは上手くいってないんだそうだ。
だが理論上、空中軍艦であれば……マナストーンの積載量が違うからな、数倍どころか数十倍の継戦能力が期待出来る……らしい。
飛行艇への補給なんかも軍艦の上や側でやるって手もあるし……な」
そこで一旦言葉を切ったグレアスは……キョロキョロと周囲を見回し、誰かが盗み聞きしていないのを確認してから……ぐいと体を突き出し、その顔を俺の方へと寄せてきて、小声で言葉を続けてくる。
「実を言うとな、一隻目の空中軍艦はほぼ出来上がってる状態らしいんだよ。
今回のことが起こる前から新聞に話が漏れちまうくらいには人員かき集めて、かなりの金と資材をかけていたそうでな……それと既存の軍艦を流用しての建造ってのもあって、順調に進んだとかなんとか。
早くて一ヶ月……遅くとも二ヶ月もあれば完成するそうで……それだけじゃぁなくて同時進行で型違いのを三隻も作り始めているらしくてな……それには戦闘用じゃなくて、飛行艇……いや、飛行機の発着や整備を主眼に置いたのもあるんだそうだ」
と、そう言ってグレアスは、そこらに投げてあった紙束を拾い上げて、こちらに投げて寄越す。
それは本土から送られてきた通信をグレアスがメモしたもののようで……そこには今しがたグレアスが口にした内容が事細かに記されていた。
「……この内容を、通信機で……か。
いや……どうなんだ? 通信機なんかで飛ばしたら普通に盗み聞きされちまうんだろうし……この内容、信じて良いものなのか?
……あえて嘘を敵味方に流して戦意高揚と、敵の戦意低下狙っている……とか、そんな展開を映画で見たぞ」
そんな俺の言葉に対しグレアスは半笑いになりながら言葉を返してくる。
「嘘で敵の戦意低下ってなぁ、魔物にそんなのが効く訳ねぇだろうよ。
そりゃぁあれだろ? 人間同士の戦争っていう、架空の戦争を描いたファンタジー映画の話だろ?
言葉が通じる人間相手ならそれも効果があるんだろうが……相手は魔物だぞ、魔物。
それに人間同士の戦争でもそんなもんが本当に効果あるのか怪しいとこだぞ?
有史以来人間同士で戦争なんて記録はないんだしなぁ……ファンタジーは所詮ファンタジーだろうよ」
「……とするとこれは……国民にバレても構わないくらいに進んでいる話か、国民を安心させるための嘘かの二択になるのか。
……前者なら良いんだがなぁ……」
「……ラゴス、お前って奴はどうしてそこまで国を疑うんだよ?
確かにお偉いさんはアレな連中が多いがな、緊急事態ってことでトップに立つことになった陛下はすごく実直で……その、なんだ、お前も実際に会ったからには、その……うん、なんだ、あの方のお人柄についても理解しているだろ?」
異様なまでに歯切れ悪く、視線を逸しながらそう言うグレアス。
そんなグレアスのことを半目でじぃっと見やった俺は……手にしていた紙束を置いてから言葉を返す。
「……じゃぁまぁこれが本当だとして、一ヶ月か二ヶ月防衛に徹すれば反撃出来るようになるとして……それで、俺達はこれからどうしたら良いんだ? どうしていくつもりなんだ?
結局の所はそこら辺の話をしたくて俺達を呼び出したんだろう?」
その言葉を受けてこちらへと視線を戻し、しっかりと頷いたグレアスは……ゆっくりと口を開き、俺達がこれからすることになるだろう作戦を口にするのだった。
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