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氷の女王は告白前にフラれてしまう

作者: 奈宮伊呂波

こんにちは。奈宮伊呂波です。今回のお話は恋愛に悩む女の子のお話です。お楽しみください。

 好きです。

 そう言う人は様々な表情をしていた。目を瞑って歯を食いしばっている人。恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる人。まっすぐに顔を見つめてくる人。笑顔で満足そうに言う人。言った直後に冗談だよ、という明らかな嘘をつく人。

 私は彼らに対していつも同じ答えを返している。

 ごめんなさい。と。

 そうしているうちに私を逆恨みする人も現れて、いつからか「氷の女王」なんていかにもな渾名が私の周囲で流れるようになった。


「氷の女王ってひどいよな」


 中原は数学の問題を解きながら言った。他に小テストを忘れて居残りをさせられている生徒はいないので私に言っているのだろう。

 多分、初めて話すだろうにとても気やすい男だ。


「別に。どうでもいい」


 周りの人が私のことを何と呼ぼうとも、興味がない。好きに呼んでくれればいい。その呼び名の中に皮肉が込められていようが気にしても意味がない。こういうところが「氷の女王」と呼ばれる所以だろうか。

 気づくと教室のペンの音が一つ消えていた。中原はなぜか私のほうを見てポケッとしていた。


「何?」


 思いがけず語気が強まる。

 他人は嫌いだ。私の世界は私だけで成り立っている。他人が入り込む余地は作っていないのに、嫌でも入り込んでくる。


「いや、川村さんってクールだよな。超クール」


 だから、中原の声も嫌いだ。


「氷の女王だから」


「おお。確かに」


 中原はあっさり肯定した。そこに全く嫌味がないことは私でも分かった。


「そういえば川村さんが宿題忘れるって珍しいよな。初めてじゃない?」


「初めて」


 今日の朝、非常に体調が悪く、月一のあの日だ、とベッドから降りて直感した。そのせいで朝から注意散漫で昨日済ませたプリントを机の上に置いてきてしまったのだ。別に生理のせいにするわけじゃないけど。次からは終わり次第鞄に入れておこうと強く決意した。

 ちなみにこの中原は宿題忘れ常習犯である。


「なんか意外な一面って感じでかわいいね」


「そう」


 何の悪意も下心もなく褒められたのは久しぶりで、反応に困ってしまう。そのせいで返事が簡素なものになってしまった。

 それ以降、中原は何も言うことなく与えられた課題にまじめに取り組んだ。それができるなら宿題をやればいいのに、とも思った。


 運動部によるグラウンドの喧騒や教室に残っている他クラスの生徒の談笑に二つのペンの音が組み合わさって一つの曲のように聞こえる。


 ふと、問題を解く集中力を別のことに割いた。二つのペンの音に差異があった。私のペンの音よりも中原のペンの音のほうが書くスピードが速い。余計な計算をしているせいかもしれないけど、中原の席は私の三つ隣りなのでプリントは見えない。

 私の計算の速さはそんなに自信がない。正確さは高いと思うけど、速度はそこまでだと思う。だから、私よりもペンの動きが速い中原のほうが問題を解くスピードが速い。


 これはよくない。

 私は見た目がいいせいで言い寄ってくる男は多いけど、狙ってた人が取られたとかで女友達は少ない。男にも友達と呼べる人はいないので結局友達が少ない。部活もしてないから仲間もいない。

 そんな私が勉強で他人に、いつもクラスの中心にいるような中原に負けるのはだめだ。友達もいない、勉強もできないって、惨めだ。


 集中力を上げて、慣れない計算を加速させる。そうすると不思議なことに中原のペンも少し早くなった。

 負けじと気合を入れて計算に取り組み、答えを記していく。ちらっと中原を見るとさっきよりもプリントに顔が近くなっている。

 どれぐらい差があるのか、わからないけど、私もプリントに顔を近づけて意識を問題のみに集める。

 そうして数分後に最後の問題の答えを導き出した。


「終わった」


「終わったー!」


 一瞬、私のほうが早く言った。


「川村さん早いね! 俺結構自信あったんだけどな。悔しい」


「中原も早いよ。勉強できるんだ。意外」


「まあねー! 実は俺、学年で二位だし?」


 中原は自慢げにドヤ顔を披露する。中原、二位だったのか。


「すごいね。私は一位だけど」


「え!? まじで? うわー川村さんだったか」


「何が?」


「いや、俺テストでいっつも二位なんだけど絶対一位は取れなくてさ。どこの誰だー! って佐藤とかと言ってたんだけど。他のクラスの奴らはみんな違うって言っててさ。もしかして一位なんて存在しないんじゃね? みたいな噂まであるんだぜ」


 興奮気味に語る中原は休み時間に友達と騒いでる中原そのものだった。

 え、そうなんだ。知らなかったなあ。すごいねえ。

 色々返事の候補は見つかったけどどれが正解かわからない。人から何かを熱く語られたことがない私は、きっと間抜けな顔をしているだろう。


「見つかってよかったね」


 そういうと中原の動きが僅かに止まった。


「なんか。あれだな」


 呟くように中原は言った。少し考えて、


「川村さんって面白い奴だな」


「え?」


 面白い?


「あ、俺この後部活行くから先にプリント出しに行くわ。じゃまたな!」


 中原はすごい速さで鞄をまとめてどたどたと教室を出て行った。

 あっという間のことで、私は尋ねることもできなかった。中原には立つ鳥跡を濁さずという諺を教えてやりたい。

 中原の声が嫌いだ。太陽のような温かい声で冷え切った氷の女王の鼓動を激しく揺さぶるから。


「川村さん。ちょっといいかな」


 予定がなくゆっくりと片付けていた私に誰かが話しかけてきた。教室のドアのほうを見ると眼鏡をかけた男子がいた。こう言っちゃ悪いけど、暗そうだという印象を持った。


「何?」


 尋ねると、彼の肩が跳ねた。おそるおそるといった様子でドアを超えて教室の中に入る。そして、怯えるように私のほうへ歩み寄る。


「川村さん。好きです。付き合ってください!」


 その男子は頭を下げて言った。

 握った拳が震えている。勇気を振り絞っているのだろう。


 またか、と思った。

 私はモテる。なぜか。見た目がとてもいいから。それは十七年生きててわかったことだ。でも、どうしてこんなに無愛想な女がモテるのかは全く分からなかった。

 今まで告白された回数は両手の指の数では足りない。両足の指を足しても足りないだろう。そのうち、私が名前を知っていた男子は数人ほどだ。後の十数人はみんな初めて話すような人だった。顔も見たことがない。

 そういう人はなぜか尽きない。目の前の男子もそうだ。

 一体誰なんだろう。


「えっと。誰?」


「二年三組の篠田三郎です! ずっと川村さんに憧れていました」


 どうやら隣のクラスの男子らしい。名前を聞いても誰だかわからない。私がこの男子のことを知らないということは、向こうだって私のことを知らないはずだ。


「どういうところに?」


 そういうと彼は黙った。しばしの沈黙が教室を通り抜ける。


「かっこいいところとか、誰にも寄り付かせない孤高の存在、みたいなところが、所に憧れました」


 段々と彼の声が萎んでいった。好きなところがあるなら自信をもって言ってほしい。嘘をついてるのかと思ってしまうから。

 やっぱり、この男子も私のことをよくも知らずに見た目だけで好きだと思って告白に踏み込んだのだろう。


 不思議だ。話したこともない人のことをどうやって彼らは好きになっているのだろう。私はそんなこと一度だって思ったことがない。そんな気持ちで告白して彼らは満足なのだろうか。それは本当に私のことを好きだと思って告白してくれているのか。どうなんだろう。


「じゃあ、私のこと好き?」


「す、好きです」


「付き合ってどうしたいの?」


 これじゃまるで面接だ。こんなに作業的な告白の返事があるだろうか。


「付き合ったら、一緒に登校したり、一緒に遊んだり話したり、キ―――手をつないだり。色々したいです」


 彼は要望を提出した。応える気もないくせにそれを言わせるなんて私はひどい奴だ。これなら氷の女王なんて呼ばれるのも納得できる。

 でも、彼の言ったことは別に私じゃなくてもできる。誰にも寄り付かせない孤高の存在である私が好きなら、どうして付き合いたいなどと思ったんだ。訳が分からない。本当に私のことを好きだと思ってくれてるのか。

 きっと彼が好きなのは「川村莉子」ではなく、「かっこよくて孤高の存在である川村莉子」なのだ。もっと言えば、「かっこよくて孤高の存在である川村莉子と付き合っている俺」だろう。


 私に告白する理由としてもう一つ。性欲だ。

 さっき付き合ってしたいことの中にキスが入っていたのがいい証拠だ。私はキス何て一生ごめんだ。気持ち悪い。私のことが好きならそんなこと言うわけがない。

 今までの男達もそうだった。試しに一度、優しそうな男と付き合ってみたら急にキスやハグを迫られた。

 彼らは、私のことなんて好きじゃないのだ。とてもかわいい私とエロいことがしたいだけ。

 そう私は結論付けた。


「ごめんなさい。誰だかわからない人と付き合うつもりはないし、あなたのこと興味ない。だから付き合えない」


 はっきりと、未練の残らないようにぶった切る。何度も告白されてるうちに、これがベストだと知った。優しく断ることもできる。告白ありがとう、嬉しい。そう言うのは簡単だけど、断るのなら意味のない優しさだ。後には「断られたけど川村さんはとてもいい人だった」という言葉が残るだろう。そんな風に思われるのは嫌だ。だって私は優しくなんてない。嘘なんてつきたくない。


「そ、そうだよね。ごめんいきなり、告白、なんかして」


 彼は途切れ途切れに言った。踵を返し、トボトボと教室を出て行った。

 私はそれを見送ると、鞄を持って今度こそ教室を後にした。鍵を閉めようか迷ったけど、やめておいた。どうせ誰かが閉めるだろう。


 プリントを持って職員室に入る。数学担当の小林先生は自分のデスクで作業していた。四十歳ぐらいのベテランの先生だ。それでいてエネルギーを感じる人で、厳しい人だ。


「先生、プリント終わりました」


「おお。お疲れさん。中原のほうが早く終わるなんて先生驚いたぞ」


「終わるのは私のほうが少し早かったです」


「ん? ああそうなのか。ならなんで遅かったんだ?」


「隣のクラスの男子に告白されてました」


 隠すことでもないので正直に答えると先生は目を見開いた。職員室の音も全体的に少し減った。


「そ、そうか。すまんな」


「いえ、別に」


「川村は綺麗だしな。じゃあ、もう帰ってもいいぞ。お疲れ。明日は宿題やって来いよ」


「はい」


 年上らしい余裕を持った賛辞と労りを受け取って私は職員室を後にした。

 因みに先生が「やって来い」と言ったのはおかしなことじゃない。先生に持ってくるのを忘れた理由を説明するのはさすがに嫌なので、やってないことにしておいたのだ。

 廊下を通って、階段を下りて、下足室で靴を履き替える。一度、靴がなくなったことがあったのでこうしてちゃんとあると安堵する。


「へいボール!」


 下足室を出るとグラウンドのほうからサッカー部の元気な声が聞こえた。

 ゴール付近では何人もの部員がボールに群がっている。役割があるのか、その群れに入っていない人もいた。でも、全員がボールに集中している。その顔は真剣そのものだ。全員同じ体操服なので紅白戦だろう。


 その中でとりわけ、中原が目立った。

 何分か見ていたけど、中原は何度もゴールにボールを蹴って、得点を決めていた。得点率は二割ぐらいかな。

 他の部員達もたくさんシュートしていた。その度にグラウンドで歓声が上がり、チームメイトは喜びを分かち合っていた。

 みんなキラキラと綺麗な汗をかいて一生懸命走っている。無邪気な彼らはとても美しい存在に見えた。あの中には私に告白した男子もいる。男子はみんな、一生あんな顔をしていればいいのに。


 方や私は、好きだとかそうじゃないだとかどうでもいいことでうじうじ悩んでいるちっぽけな女だ。告白されても嬉しくもなんともない冷徹な人間だ。

 どっちのほうが健全で尊いものか、誰だってわかる。私なんかに告白するより、あそこに混ざって友達になればいいのに。そうすれば、どんな人に告白するべきかわかるでしょうに。

 私は息を吐く。十一月の空気はそろそろ冬を思わせる冷たさを帯びている。通りすがりの女の子達が「寒―い」と思いを共有している。

 いつもなら、私も心の中で賛同するけど、なぜか今日は「そうかな」と疑問を抱いた。

 グラウンドの中原を見る。

 私は中原のことが好きなのだろうか。


 ◆ ◆ ◆


 宿題を忘れた人は、宿題の三倍の量の課題を与えられる。

 だから普通の人は数学に関しては絶対に宿題をやってくる。それにも関わらず、私は昨日と同じように課題に取り組んでいた。

 小林先生は「まあ、決まりだからな」と言って呆れたようにプリントを渡してきた。

 宿題を終わらせるにも学年トップの成績の私でさえ、二十分はかかる。その三倍だから一時間かかる。三十分も経つとみんな教室から出て帰宅するか部活に行くか遊びに行くかする。

 そういうわけで教室にはまたもや私と中原の二人きり。

 自分でも血迷ったことをしていると思う。私に得することなんてないはずなのに、こうして宿題を忘れたふりをしている。


「ねえ中原」


 私は手を止めることなく尋ねた。


「ん?」


 中原も問題を解き続けている。


「なんでいつも宿題忘れてるの?」


 中原の友達にからかわれているときは「うっせー! しゃあねえだろー」とか言ってたけど。ちゃんとした理由がある気がした。


「復習になるから」


 即答だった。


「宿題やるよりなんか強制力あるし、量も多いし復習にはうってつけだろ?」


「……確かに」


「川村さんは?」


「え?」


「川村さんだって珍しいじゃん。二日連続なんて。先生が変に思うのも仕方ないよね」


 まさか、私のほうを聞かれるとは思えなかった。正直に、居残りたかったから、なんて死んでも言えない。


「普通に、忘れただけだよ。テレビが面白くて」


「そうなんだ」


 苦しいかな、と思ったけど中原はそれ以上聞いてこなかった。それが少しもどかしい。


 しばらく問題を解いていると、中原が突然顔を上げた。


「よし終わった!」


 え、早い。


「あれ? 俺のほうが早い? よっしゃ川村さんに勝ったぜ!」


 私はまだ三問ほど問題が残っている。

 負けてしまった。結構ショックだ。いや、結構どころじゃない。とても、信じられない。まさか私が勉強で負けるなんて。

 敗北感の中それでも問題を解いていると、違和感に気づいた。


「提出しに行かないの?」


 中原がまだ教室にいたのだ。昨日は部活動に行くためにすぐさま教室から出たのに今日はそうしない。


「ん? ああ、ちょっと待ってる。今日は部活ないしね。グラウンドを野球部が使ってるからさ」


「そうなんだ」


 ありがとう。とは言えなかった。恥ずかしくて。


 待たせてるから急がないといけないのに、うまく集中できない。

 きっと、これは中原のせいだ。今までも同じ教室にいたはずなのに、今は気になって仕方がない。

 優しくて、変なことも言わない。普通に接してくれる。いつも元気でサッカーの時はもっと元気で、気さくで嫌味がなくて素直で、頭もよくて、こうして私のことを待っててくれる中原のことが好きだから。

 こんな気持ちにさせたから、これは中原が悪い。

 何とか、課題を終わらせられた。

 その間もずっと中原のことでいっぱいだった。一割課題、九割中原ぐらいだった。心臓の鼓動も運動しているときみたいに加速している。こんなの初めてだ。


「終わった」


「お、終わったか。お疲れさん!」


「ありがとう」


 こうして私を労ってくれる。本当に中原はいい人だ。こんな人がいたのに気づかなかった私は馬鹿なのかもしれない。

 昨日告白してきたのが、中原だったらよかったのに。そしたら、私はすぐに返事を返したのに。


 それって、今日でもいいんじゃない?

 頭の中でふと思った。

 そうだよ。私が告白すればいいんだ。だって、好きだから。理由ならたくさんある。中原と一緒にいたい。たった二日で何言ってんだって感じだけど、私ははっきりとそう思う。


 私が告白すれば、中原はいい返事をくれるだろうか。大抵の人だったらすぐにオーケーするだろう。だって、私はモテるから。かわいい私から告白されれば男子はすぐに落ちる。

 よし、告白しよう。

 そう決めたら、勇気が出て来た。私には断られない自信がある。今まで私に告白してきた男子達、ありがとう。貴方達のおかげで、私は自信を持てています。


「中原―――」


「あ、連絡来た。あ、何、川村さん?」


 被ってしまった。一旦引こう。


「ううん。なんでもない」


 何だか出鼻をくじかれた気分だ。次はちゃんとしよう。間をとって、タイミングを見極めろ。


 そんな感じで準備していた私に、中原は、


「じゃあ、俺行くわ」


「え?」


「ちょうどあっちも終わったっていうからさ」


「え、と」


「待ってる間どうしようかと思ったけどさ、川村さんがいてくれてよかったわ。サンキュー」


 爽やかな笑顔で中原は言った。

 え、何? 何言ってるの? 終わった? 待ってる間?


「あの、待ってたって……」


「直美が委員会だったからさ。課題やってりゃいいかって思ってたんだ」


「直美……」


「そう。彼女」


 はっきりと中原はそう言った。聞き間違いなんかじゃない。


「じゃ、またな川村さん! あ、プリント出し忘れんなよ」


 すでに片づけを済ませていた中原はニヤッとした笑みを最後に、早々に私の前からいなくなった。

 取り残された私は、私は……。


 何もしないわけにはいかない。ボーっとしたままプリントをもって、鞄を背負って教室を出た。昨日鍵を閉めなかったことを担任に注意されたので今日は閉めていく。

 小林先生にプリントを渡して、靴を履き替える。

 校門を出る。家路を辿る。


「ヒロ君ってばもうー」


「いやいやおもろいっしょ? ほらほら」


 コンビニ店の前で高校生の男女が楽しそうにしていた。心底幸せそうに、彼らは話していた。

 自分の足取りがふらふらしていることに気が付いた。まるで私がフッた昨日の男子みたいだ。

 カップルの姿に中原が重なる。きっとそこにいるのは私ではないのだろう。

 そう思うと、堪らなくなった。カップルの横を駆け抜けた。

 どこに行けばいいかわからず、とにかく走った。現実から逃げるように進んだ先に辿り着いたのは公園だった。


 自動販売機がある。それを見て喉がからからに乾いていたことを思い出す。冬が近い季節に乾燥しているのはよくない。風邪をひくかもしれない。

 財布から小銭を掴んで投入口に近づける。うまく入らずに投入口の淵にコインがぶつかる。

 むかついて掌ごと押し込んだらやっとコインが入った。


 味のしない水を選んで、自動販売機の口から取り出す。キャップを捩ってその辺に投げ捨てた。

 ペットボトルの口にキスをして、冷水を喉に流し込む。限界を超えても流し込む。むせても流し込む。口から溢れ出ても流し込む。

 そうやって一口で飲み切ったペットボトルを公園のゴミ箱めがけて放り投げる。入らなかった。


「ああ、もう」


 呟いて、ゴミ箱に近づく。外れたペットボトルを丁寧にゴミ箱に入れる。

 近くのベンチに座って空を見上げる。青い空に白い雲が流れ、向こうのほうに橙色の夕焼けが見えた。

 潤ったはずの喉がもう乾いている。


 きっと私のこの気持ちは持ってはいけないものだったのだろう。そりゃそうだ。あんないい人に彼女がいないわけがない。好きになる人がいないわけがない。

 なんでそのことに気が付かなかったんだ。

 彼女がいるなら、最初に言っといてくれよ、中原。馬鹿。


 一緒にいたいだけだったのに。ただそれだけでよかったのに。それは許されないことなのだろう。

 中原と楽しいことがしたかった。話がしたかった。私に向けて好きだと言ってほしかった。手を、つなぎたかった。一緒に登校したり。色々したかった。キスだってしたいと思ったかもしれない。

 初めてそんな風に思えた。中原は本当にいいやつだ。私みたいな女にも優しくして、一緒にいてくれて。どうせならそんなことしないでほしかった。面白いなんて言ってほしくなかった。そんな中原は嫌いだ。でも、好きだ。


 これを伝えるのはいけないことだ。だって、中原には彼女がいるから。

 私が告白しても、中原を困らせるだけだ。それなら告白なんてしないほうがいい。でも、私は告白したい。この気持ちを押しとどめておくなんて無理だ。溢れるこの気持ちに私が押し潰されてしまう。

 無理やり奪う。それはだめだ。きっと中原はそんなに軽薄な奴じゃない。それに迷惑をかける。そんな勇気なんてないし。

 私はどうすればいいのだろう。

 本当に中原が好きだったら、どうしたらいいんだ。

 誰か、教えてくれ。

 好きって何ですか。


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