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無能力の男は憧れを捨てない  作者: 只野名無
本編
2/2

1話

 ――――夢を視る。


 燃え盛る町の中、身体中傷だらけで膝を付いている少年と、その少年へと手を差し伸ばす一人の男。


(―――ああ、またこの夢か)


 こうして夢に出ずとも決して忘れる事はない、――いや忘れる筈がない自分にとっての大切な思い出。


 その姿に魅せられ、憧れ、目指した。しかし自分では決して成れぬと知り、知らされ、突きつけられた。それでもと、尽きぬ思いにその心身を焦がしながらも歩んだ先に起きた奇跡。


 何度思い出そうと、何度夢に視ようと、決して色褪せる事はない自分が生きてきた中で最高の思い出だと胸を張れる出来事。


(――――)


 場面が滲んでいく。どうやらお休みの時間は終わりらしい。無意識の中でもこの思い出を見れた喜びとほんの少しの名残惜しさを感じつつ。意識を覚醒させた。


「―――んっ、んぁっ。……ふむ、実に目覚めの良い朝だ」


 そう言うと、男は体を起こしベッドの上で座る。ここ最近はなかなか夢を見ることもなかったが、久しぶりに見た夢があの夢ということもあり気分がいい。


「そうなると贅沢を言えば、朝の木漏れ日や小鳥のさえずり等もあると良かったんだがなぁ」


 ちらと部屋を見渡す。窓は無く、家具はベッドのみ、唯一の出入口の扉も外側から幾重にも厳重にロックが掛かっている。

この生活にも慣れたものだがふとした時にちょっとしたことが恋しくなるものだなと男は思った。


「起きているな?」


 不意に扉の向こうから声がした。


「おや?何時もより来る時間が一時間近く早いと思うが。何かあったのかい?」


 この部屋には時計も無い。しかし長年続いた生活ゆえに男の体内時計は正確だった。


「黙れ。お前は言われたことにだけ返事をすればいい」


 男の言葉が一蹴されると扉のロックの解除音が響く。少しして扉が開くと数人の男達が入ってきた。


「朝から随分賑やかなことで…、用件ぐらいは教えてくれるだろ?」


「――尋問だ。NEXT(ネクスト)から一流の融合超人(ハイブリッド)が来ている」


 NEXT、日本に数あるヒーローを纏める団体の中でも世界トップクラスの規模を誇る企業団体。その企業のトップクラスのヒーローが自分に尋問をするという。


「なるほど、ね。確認するけど来たのはNEXTだけかい?」


「………」


 男の問に職員達は答えない。しかしその反応を見ておおよその内容の見当をつけながらも男は体を拘束されていく。


「準備完了。早く来い」


 周りを取り囲まれながら男は部屋から連れ出された。



 連れてこられた部屋では部屋を半分に仕切るように大きな特殊ガラスが張られており、それぞれ対面するように椅子が置かれていた。

 男は職員達に椅子に座らされ、椅子に固定されるように拘束をされていく。

それが終わると男を残して職員は部屋を出る。すると相手側の扉が開き一人の男が入ってきた。


「ん?君はもしかして仁木(にき)君かい?これは驚いた。まさかこんなところで会うとはね」


 入ってきた男にどこか見覚えがあった男は直ぐ様記憶から名前を呼び起こした。


「久しぶりだね。十年ぶりぐらいかな?まさか君がヒーローに、それも融合超人(ハイブリッド)になっているとはね」


 久しぶりに会った知人が世界で一握りのトップヒーローになっていることに感心するように話す男。


「ああ、まさか俺も知り合いが重罪人になってそれを俺が尋問することになろうとは思ってもみなかったさ」


 それに対して仁木と呼ばれた男は侮蔑の感情を込めて男と対峙する。


「大変だっただろう?最先端の科学とはいえ、身体を弄くり回されるのは?」


 様々な能力がある個性を純粋に所有する人を能力者(ナチュラル)、ソレを科学技術を持って強化した存在が目の前の仁木ような融合超人(ハイブリッド)と呼ばれる。

そして無個性、もしくはそれに近いほど弱い個性の持ち主が力を得るために強化された存在の改造超人(ブーステッド)がいる。


「世間話なんぞする気はない。お前には聞きたい事がある」


 仁木は男に対する不快感を隠すこと無く話しを続ける。


「ふむ。聞きたいことね。まぁ予想はつくよ。残りの犯罪グループの所在を聞きたいんだろ?」


「話が早いな」


「ははは。だってそれが俺がこうして生かしてもらうための条件だからね」


 拘束され、尋問をされているにもかかわらず男の態度はあまりにも軽い。

仁木はそんな男の態度に苛立ち、睨みが強くなる。

しかしそれでも男は態度を崩さない。


「それで?新しく聞きに来たんだから大丈夫だと思うけど、前に話した奴らは捕まえたのかい?」


「全員な」


「随分かかったね。前に情報を話してから三年もかかってる。ヒーロー業界は人手不足かな?それとも質が落ちたかい?」


 やや落胆するように話す男に、キレなかっただけでも自分を褒めたいと仁木は思った。目の前の犯罪者ごときに言われるのはシャクだが、実際この間捕まえた犯罪グループは全体的に見ても中位に位置するグループだった。

しかしここまで時間がかかったのは、捕まえる側のヒーロー達に驕りがあったのは否めないからだ。


「ふむ、どうやら後者のようだね」


 そんな仁木の様子を視て、男は一人納得したように呟く。


「ヒーロー業界も仲良しこよしというわけでもなさそうだ。この調子じゃ小さな犯罪もチラホラ起こってきているだろうね」


 尚も男は一人で喋る。仁木は自分は何も情報を漏らしていないのに、目の前の男はまるで全て聞いたかのようにすらすらと言葉を紡いでいく。


「ん?なぜ解るのかって?解るとも」


 男は仁木の視線に気付くと、笑顔で語りだす。


「君は学生時代から真面目だったからね。いかに自分にとって耳が痛い話でもそれが事実であるならば飲み込める男だと知っているからさ。だけど真面目故に表情や仕草に態度が表れる」


 つまり君は正直者だということさ。と男は笑った。


「さて、次はヒーロー業界の事だけどこっちはもっと簡単だ。NEXTは他の団体と比べやたら自身の面子や体裁を気に掛ける。これまで通りならいくつかの団体で尋問に来てたはずなんだが今回はNEXTのみ。大方今回の捕り物の過程か結果のせいで世間の評判が悪かったのだろう。だから他に先んじて情報を聞きに来た、ってところかな?」


「……よく喋る。仮にお前の言うとおりだとしたら他の団体や企業と軋轢が生まれるだろう。NEXTは世界トップクラスのヒーロー団体だ。それが体裁程度という理由で動くと思うか?」


「言っただろ?面子を気にするって、周りが抜け駆けだなんだと騒ごうが、自分達は犯罪者撲滅を掲げ意欲的に取り組んでいますと返す位同然のようにするだろう?ヒーロー業界、それも世界トップクラスならば世間体ってものも重要するのは当然さ。それにNEXTの代表はこの収容所の所長と仲が良いのだろう?じゃなきゃこうして一対一の尋問なんて許される訳がないさ」


 まるで自身がNEXTに所属しているかのように語る男に仁木は唾を飲む。


「その話はもういいっ!!俺が聞きたいのは残りのグループの所在だっ!」


 男の流れを止めるために仁木は強引に話を切って本題へと移した。


「おお、怖い。そんなに怒鳴らなくても教えるさ。最初に言ったろ?情報提供こそが俺が生かしてもらえる条件だって」


 その条件とは男が率いた犯罪組織の所在を話すというもの。しかし明かすのは一度に一組織という条件つき。

そんなあまりにも男に荷が勝ちすぎてる条件でありながらまかり通っているのはひとえに男の情報が正しいからであった。


「解っているだろうが、情報に偽りがあった場合は―――」


「虚偽の供述をしたとして刑を執行する、だろ?」


「……そうだ。例え年数の経過によってグループの所在が変わっていてもだ」


「そこは心配してないよ。三年前に伝えた情報だって教えた通りだっただろう?さて、それじゃあ――」


 そして男が話した情報を仁木は記憶に刻み付ける。


「なぜお前はこうも場所が解る?今もどこかで誰かと繋がってるのか?」


 あまりにもはっきりと迷いなく語る男にそう疑問を投げ掛ける仁木。


「仁木君、昔の顔馴染みとしての忠告だ。ここで滅多な事を言うもんじゃないぜ。君の言葉はこの収監所の警備がザルだと言っているもんだ。この部屋だって当たり前のように監視されているんだからさ」


 そう言われ仁木はハッとした。今のは紛れもなく失言だった。万が一でもこことの関係が少しでも悪くなれば今後このような行為は出来なくなると仁木は唇を噛む。


「まぁ君の疑問はもっともだ。もうかれこれ十年近く外と遮断されてる男がどうしてそんな事が分かるのかって。しかし悪いね、理由についてはノーコメントだ。でも今まで話した情報は確かだっただろう?」


 確かに今まで男がもたらした情報は全て正しかった。

しかし仁木はいくら男の理屈は分かっても納得は出来ないでいた。


「まだ疑っているのかい?ならそんな仁木君に一言。俺は自分の言葉に嘘はつかないよ」


 その言葉に仁木はああそうだと思い出した。


 目の前の男は()()()にも関わらず、自身の言動だけで数多の犯罪グループを先導し、国内を混乱に陥れた重罪人だ。犯罪を宣言し、実行し、達成する。それを幾重に重ねた男の言葉を世界は恐れ、犯罪者どもはこの流れに乗り遅れないように自分もと群がった。


 その騒動は一人の英雄により終結を果たしたが、今でも犯罪者どもは世界にのさばっている。

そして本来なら死刑にされるはずの男がこうして生きているのも、男がもたらす情報があるがゆえだった。


 仁木自身もメディアを通じて男の姿を見てきた。そしてこの男が犯罪者の中でも異端として扱われているのは先の男の言葉に集約される。


 "この男は自分の言葉に嘘はつかない"


 話す言葉は全て事実であり、だからこそ一見どんなに疑わしい情報もこの男が話せばそれは確実なモノに変わる。だからこそ十年たった今でも目の前で生きているのだ。


「おい、時間だ」


「おっと、もう終わりか。楽しい時間は本当にあっという間に過ぎる」


 職員が入ってきたことにより時間は終わりを迎える。


「それじゃあ仁木君。久しぶりの知人との会話は有意義だったよ」


 男の言葉に返事することなく仁木はさっさと部屋を後にした。


「おや?聞こえなかったのかな?」


「いいからさっさと来い」


 首を傾げる男を職員達は部屋へと連れていった。


「入れ」


 荷物を放るように男は部屋へと入れられる。しかし男も馴れたもので特に反応も反論することなく拘束を解かれるのを待った。


 男の態度に職員は舌打ちをするが、男は何処吹く風。

職員は男の拘束を解くとさっさと部屋を出て行った。


「やれやれ。漸く楽になれたか」


 首や肩を回すとパキパキと小気味良い音がなる。

それから少しの間、体を伸ばしたりと軽くストレッチをして体をほぐした男はベッドで横になった。


「さて――」


 取り敢えず先ほどの仁木との会話を振り返る。

ヒーロー業界の質の低下。犯罪行為の活性化。仁木の様子を視ればこの二つは確実に起こっているだろう。

世間は男の予想通りの展開になっているようだった。


(やはりこうなるか。あれから十年。意識が薄くなるには充分、か)


 人は良くも悪くも慣れる生物だ。過去に悲惨な出来事が起ころうともそれを乗り越えて生きていくのだから。

そして二度と繰り返しまいと教訓にして平和へと向かっていくのだ。


 ――しかし人は次第にその出来事も、味わった悲しみも風化させてしまう。

人々の記憶は記録に変わり、情報へと成り下がる。そして実感を伴えない人々は与えられた平和に退屈し、その人間性を腐らせていく。経験した人間だろうと平和が続けば危機感も薄まっていく。


(動くとすればそろそろかな)


 平和な世の中に自分は興味はないが、乱れる兆候があるのならば動く切っ掛けになる。


 世が乱れれば必ずそれを収めるヒーローが表れる。


(そうなれば貴方はまた僕の前に表れてくれるかな)


 思い浮かべるは憧れの人物、かつて男が少年だった頃に、非道に手を染めてまでも求めた輝きを持つ英雄。


 肩書きだけのヒーローとは文字通り格が違うと断言できる唯一の存在。


(なら、そろそろ仕掛けるとしますか)


 濁りきった瞳を輝かせ、少年のように男は笑った。

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