『こんにちは、ノムーラはん』外伝~三体は人ごみにまぎれて
『お化け屋敷』からのつづきです。ノムーラとモルーカスはいま、
幽霊屋敷でお札を貼られて三体化した幽霊や、
生きた株屋たちに追われて懸命に逃げているところです。
「ノムーラはーん! 待ってぇな! わ。ぞくぞくと追って来よる」
「モルーカスはーん。早よ来なはれ。ぐずぐずしてると追いつかれるでぇ」
「わあ、足がつりそうや。たすけて~」
『ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか?』
「え。なに~ だれや? オシム語録持ちだして。ケンカ売ってんのか!」
「なに言うてんの、モルーカスはん。口より足動かしなはれ」
「わかってま。けど、ああ、歳やわ~ あかん。ぐんぐん追いついてくる」
『追いつこうと思うから離されるのだ』
「またオシム語録や。焦るからアカンのやろ。けど、わ。わわわ」
「モルーカスはーん。こっちやこっち! ここや! 早よ入り!」
「わああああああ。あ」
どドドドドド! どどっどドドドド! どどどぉおおおお!
「わあ、間一髪や! あいつら通り過ぎて行きよった。助かったわ」
「幽霊も混じってたわ。あいつら幽霊屋敷から出ても消えんのやな」
「へんなお札貼ったからやおまへんか。強化幽霊や」
「難儀やな。ま、ええわ。それより、いまのうち対策せな」
「それより、ここ、なんでんねん。門衛の監視小屋みたいでんな」
「ここ知らんの? わてら売りブタの緊急避難所やん。機関合同設置な」
「ふーん。わて初耳ですわ。各所にあるんでっか。隠れスペースでんな」
「こんな場合の一時避難所や。さて、こっからどないしょ」
「ここに籠もっとったら安全ちゃいまっか。あいつら戻ってきまへんやろ」
『一生懸命探すニワトリだけが餌にありつける』
「またオシムでっか。懸命に探されたら見つかると。そんな、あ」
「お、戻ってきよったがな。嗅覚かいな、三体幽霊どもの」
「幽霊に嗅覚ありまっか、てツッコミは置いといて。どないしまひょ」
「生身のやつらも引き連れて来よるな。気づかれたら取り囲まれるでぇ」
「そんなことなったら、こんな小屋、破壊されまっせ」
「背に腹はかえられん。囮作戦や。モルーカスはん、たのむ。囮なって」
「なに言うてまんの。出たら、つかまるやないですか」
「大丈夫や。あんた、わてほど嫌われてないから、2パンチくらいで済む」
「そんな殺生な。カンニンや、イヤや!」
「困たな。あ。お札や。まだあるわ。これ貼ったら三体化するやろ」
「わわわ。やめておくんなはれ。イヤやああああ!」
ぺし!
「わ、自分に貼りはった。三体なったらどないしまんの。わ、なった」
「わてら売ってナンボの商売や。どこからでもかかってこんかい!」
「うちら買わせてもらいますわ。ぎょうさん買うて持ってまひょ」
「買うたら売る、売ったら買う。回転売買、日計りにかぎるでぇ」
「え。三人いっぺんにしゃべられてもわかりまへんがな」
「代表してわてが」
「わてが元々の元やから」
「わてこそオリジナル」
同時に三人が話しはじめますので、後はなにがなにやら聞きとれません。言動から推し測るにノムーラ三体は、それぞれ、売り専、買い専、売買回転日計りの三体に偏向して凝縮されたようです。ま、株トレーディングの基本三型ですな。こんな三体になって一体なにがしたいのかと、わたくしモルーカスもついシャレてみたくもなります。そうこうしている間に、幽霊三体と生身の株亡者どもは、この隠れ家を嗅ぎつけたようです。
「おい、あのスペースじゃねえか」
「おう、怪しい囲いだ。アクリルパネルか」
「だれもいねえじゃねえか。うん? 待てよ。あれ透明じゃねえな」
「ほんとだ。マジックミラーみたいなってる」
「ここにちげえねえぜ。それ!」
とまあ、何百人もがいっせいに隠れ家に押しよせます。わたくしモルーカスもこんな落ち着いて情景描写をしている状況ではないのですが、そこはそれ、わてもプロでっさかい、がんばりま。さて、実況中継に余念がないわたくしモルーカスとちがって、三体化したノムーラは、三体それぞれが異なった反応を見せております。
売り専ノムーラはベアの弱気そのままに、状況は不利と見て逃走を企てようと画策し、買い専ノムーラはブルの強気で状況に利ありと籠城を決め込みます。日計りノムーラはというと、どのような状況であろうとポジティブに受け止めて臨機応変、つま先立ちで成り行きを凝視しております。
おっとここで、売り専ノムーラが当初の目論見どおり、スケープゴートを出そうと主張しています。三人がかりだとわたくし危うくなりますので、三人の死角になんとか回り込みながら実況を続行いたしております。
売り専ノムーラは問答無用とばかり残る二人にタックルをかましました。受け身になって抵抗する二人に覆いかぶさり、どちらかをドアの外へ囮として放り出すつもりのようです。負けじと二人も抵抗し、組んずほぐれつ三者一体となってラグビーのモールのようにひとかたまりになって転がっていきます。
ドーン!
いままさに三位一体のモールがドアを打ち破って外へ転がり出た瞬間であります。
「あ、やっぱりここだった。おう、覚悟しな」
「おい、三人いやがるぜ。どいつだ?」
「かまうこたあねえ。ひとまとめにやっちまおうぜ!」
そんな喚声をよそに三位一体はパッと三方へ走り去りました。怒れる株屋と亡者が後を追います。
「待てぇえええ!」
「この! 外道が!」
罵声を尻目にノムーラ三体は遠ざかっていくようです。追跡の声もそれにつれて遠ざかっていきます。わたくしモルーカスはひとり放置されてしまいました。やはりわたくしへの憎悪はそれほどではないということなのでしょう。さて、どうしたものか。こんなアクリル部屋に居てもしょうがないので、とりあえずここを出ましょう。
出ました。さてここは上場企業4千社が集う株板の真っただ中、メインストリートです。行き交う人々は老若男女、善男善女の株式トレーダーで、お目当ての株めざして急いでいます。
「おっとごめんよ。先急いでるからよ」
「おい聞いたかい。あっちの株で材料が出てよ」
「わわわわわ、追証の金、どーしよ! わわわ」
などと肩をぶつけたり、見ず知らずの者同士で情報を交換したり、追い込まれて喚いたりしています。そんな人ごみを一直線に突き破って行った一団が三つあったはずですが、すでにその痕跡すら見あたりません。道行く人たちは、疑似空間に溢れる光のなか、それぞれのスマホに見入っては、情報の収集やトレードに専念しています。
ちょうどここらは、東一でもピカ一の山の手、超優良株エリアです。トヨタやキーエンス、ファナックやファストリ(ユニクロ)などがずらりと軒を並べております。往来する人々はゆったりとかまえ、葉巻をくゆらす姿も堂に入っています。ご婦人方もパラソルなどを手に余裕の表情です。
かたや株世界の下町ともいうべきは、新興成長株や小型株が集うマザーズやJASDAQですが、ちょっと行ってみましょう。
ほいほい。すたこらさっさ、ほいさっさ
あ、ちょっと鼻をくすぐる香りが強くなってまいりました。もうマザーズの一角に足を踏みいれているようです。あ、マザーズの雄、ミクシィとそーせいの板が見えてまいりました。下町とはいえ堂々の風格です。新参のメルカリも大きな板を構えています。
ごぞんじの通り、マザーズやジャスダックでは新興ゆえの浮き沈みが激しく、株価の変動には驚嘆すべきものがあります。それゆえ一攫千金が夢ではなく、同時に地獄にも真っ逆さまなエリアです。当然、ふだんから殺気立っている場所なので、それを少しでも和らげようと、最新の研究に基づくハーブが活用されてアロマの香りが通りを満たしています。興奮状態のときはジャスミンやローズなど沈静系のハーブが、沈滞しているときにはオレンジやベルガモットなど高揚系のハーブで投資家を発奮させるよう努めています。光も青系の寒色や赤系の暖色を使い分けていますな。
その甲斐あってか、往来での暴力行為、刃傷沙汰はめっきり数が減りました。自暴自棄でヤケ酒に溺れて行き倒れになる者も最近はおりません。アロマや光の効果で自制心を失う者がなくなり、無法地帯の汚名を返上しつつあります。
おや。騒がしい板があります。ちょっと見にいきますか。あ、株がブン投げられていますね。これはひどい。投げ売り、捨て売りです。怒号も飛び交っています。
「ふざけるんじゃねえや。いきなり空売りバンバンかませやがって」
「どこの野郎だ! アルゴもAIも台なしじゃねえか」
板から放り出されてアルマジロみたく転がって来たものがあります。うめき声とともにゆっくりと体が伸びていきます。あ。あれは、ノムーラです。
「仁義くらい守れ! あれ? あいつノムーラか?」
「様子がおかしいけど、ノムーラだな」
「あのヤロー! 勘弁ならねえ! やっちめえ!」
怒れる人々よりも先に、わたくしモルーカスが近寄ります。
「ううううう。くそ。また売りまくったるでぇ。ううう」
「ノムーラはん! しっかりしなはれ。どないしはった」
「お。モルーカスはん。わてな、逃げてここ来てな、売り売り売りて」
「こんな見ず知らずの板で売りまくったら袋叩きあいまっせ」
「わては売りブタなんや。どんな状況でも売り一直線やぁ! 行くでぇ」
「あ。やめときなはれ。あーあ。また別の板に突っ込んで行かはった」
ひゅ~ ひゅるるるるぅ ポン!
おや、あれは。狼煙ではないでしょうか。大商いになっているところがあるようです。狼煙は、出来高急増やストップ高など、大商いを広く周知するために上げられます。現場はこの近くのようです。こうしてはいられません。わたくし、走ります。
ダダダだだだだ~ だっだっダッだっ!
はぁはぁ、はぁ。あ、あの板のようですね。はぁはぁ。ダッシュは体に応えます。イナゴの集団が四方から押しよせています。押すな押すなの大盛況です。たいへんな混雑ですが、人ごみをかきわけて行ってみましょう。あ、ここは。
たいへんです。わたくしはいつのまにか東二、東証二部エリアに入り込んでいたようです。ここはなんと、東二の歌舞伎座の板です。この銘柄は性質上、ファンというか御贔屓筋がほぼ永年保有している株ですので、日々の出来高がすくなく、ひっそりと、値動きもほとんどない板です。それが、こんな人ごみで賑わっているとは、前代未聞の椿事といえましょう。
「ええい! いってぇ、どこのどいつでぃ!」
「買い上がるにもほどがあるぜ」
「川に叩き込んでやる! 出て来やがれ!」
どうやら誰かが強引に買い上がっているようです。ふだんは役者評やら優待の話、「待ってました!」「日本一!」「音羽屋!」など掛け声の修練に余念のない平和な板ですが、腹に据えかねたようで、怒鳴り声が飛び交っています。売りも買いもすくないので、悪意をもって臨めば上にも下にもストップまであっという間です。いったいだれが、こんな大人げないことをしているのでしょうか。
おや、株板の二段目三段目あたり、奥のほうから見得を切ったまま、とっとっととナンバ歩きで出てくる者がいます。あ、あれは。
「絶景かな絶景かな、株板の眺めが値千金とは小さなたとえ」
あちゃー、ノムーラです。まちがいありません。経緯からすると、これは三体のうち買い専のノムーラということになります。買い上がりの張本人でしょう。わたくし、もっと近寄ってみようと思います。あ、通りま~す。すいません。通してくださ~い。はい、ごめんよ。
「騒ぐな、お騒ぎあるな。あっちかい? ♪あっちはなァ~」
言葉遣いがヘンです。歌舞伎座の板ですっかり毒気を抜かれてしまったようです。板の中庭を埋め尽くす群衆が見上げる先に、ノムーラが役者になりきって見得をきったままフリーズしています。おもしろいので、もう少し聞いていましょう。
「知らざァ言って聞かせやしょう
そのむかし本間宗久が残せし酒田五法の
世界に冠たるローソク足、そのチャートに導かれ
以前を言やあロンドンで、年季勤めの危ねえ橋を
売りで崩してブン投げを、あてに小銭をひと稼ぎ
百が二百と投げ売りの、くすね銭せえ段々に
悪事はのぼるニューヨークへ
ウォール街で取引中の、アラ探しも度重なり
売りブタ機関と札付きに、とうとうシマを追い出され
それから凱旋も束の間の
ここやかしこの板々で、小耳に聞いたヘッジファンドの
似ぬ声色でこゆすりたかり
汚ねえゆかりのノムーラたぁ俺がことだぁ!」
「待ってました!」
「名調子!」
「たっぷり!」
「その身の上を恥じもせず、後ろ指さえ心地よく
売りはすれど非道はせず、人に情けを掛け売りの
お化け屋敷の一件で、三体に分かれた俺がいま
三千世界に株を買った、お釈迦さまでも腑に落ちめえ
ここの板の洗いざらい、釜の下の灰までも俺の物だ
株が欲しい、元手が欲しい、みんな買いたい、独占したい
株は惜しめど株よりも、板の夢こそあはれなれ
あまたホルダーの怒りを買い、多勢に無勢の袋叩き
同床異夢とはこのことと、はたと手を拍つ血まみれの
我かく深手を負うたれば、惜しむ株を捨て命を捨て
この世の名残り板も名残り、ええい! 首が飛んでも動いてみせるわ!」
「いよっ! 日本一!」
「兜町!」
「金満屋!」
大向こうから掛け声が盛んに飛んでいます。見得を切ったノムーラは放心の体です。陶酔した表情には満足の笑みが浮かび、緊張感を保ったまま残る力を振り絞り、ナンバ歩きの六方で花道ならぬ株板を去ろうとします。ちょっと呼び止めてみましょう。
「しばらァくゥ! しばらく! しばらアらぷーう!」
「だれや? エエとこやのに。呼び止めんといてんか」
「待ってぇな、ノムーラはん。すこしは掛け合いせな」
「なんや、モルーカスはんか。あんたなにしてんの。うろちょろと」
「いや、ストーリーと解説を」
「そんなん、ト書きにやらせたらエエのんや。こんど呼んでこ」
「え、ト書きて、だれでっか」
「へたくそ!」
「大根!」
「漫才ひっ込め!」
「ほれ見てみ。せっかくの見せ場が台無しや。わたしゃもう行きますぞえ」
「ノムーラ、待て!」
言うが早いか追っ手の一団が、板の奥へ逃げたノムーラを追います。さて、どうしたものか。とりあえず、この人ごみから出ようと思います。はい、ごめんよ。出ます。出ま~す。通してくださーい。よいしょ。こらしょと。はい出ました。ざわざわした空間を尻目にひっそりとした街路をすすみます。ここらは新興市場や東二の板のなかでも、とりわけひっそりしたエリアのようです。巡回要員のわたくしでも足を踏みいれるのは始めてかと思います。人通りはありません。おや、板にはめずらしくぺんぺん草がそこらに生えています。傾いた陽がポリカーボネートの壁や天井からうっすらと差し込み、遠く漂ってくるハーブの香りに眠気を誘われます。
ふあ~あ
わたくしのあくびではありません。だれかいるようです。閑散とした板ではたいてい無人なのですが、不審者やホームレスが居ついていることがあります。不用心なのでちょっと見てきましょう。はい、入りま~す。
あ、人影があります。板の上のほうですね。登ってみましょう。よっこいしょと。ほう。見事なまでに人の気配がありません。もはや忘れ去られた板のようです。よいしょ。おや。だれか板に腰をおろしています。背を丸め、うつらうつらと舟を漕いで気持よさそうです。両手で竿を、釣竿ですか、捧げ持っていますが、垂らした糸の先を見ているようすはありません。なにをしているのでしょう。話を聞いてみますか。
「ちょっとすいません。お休み中おそれいります」
「ぐわあ~あ。だれや? 気持よう寝とんのに」
「あれ? ノムーラはんでっか。なんでまた」
「お、モルーカスはん。こんなとこも巡回してはるんか。ごくろはん」
「ノムーラはん、なにしてまんの。こんな寂しい板で」
「わて三体のうちの日計ノムーラや。せやからデイトレをやな」
「へ。こないな、出来高どころか人もおらんとこででっか。無理ゲーや」
「追われてたどり着いたんがここやもん。わてに選択の余地なし」
「追っ手はもう居らんようでっせ。ほか行きなはったらよろしいのに」
「また追われるの、かなん。ここならだれも来ん。追っ手も来ん」
「そんな釣り糸垂らして。それ、なんの餌つけてはるんでっか」
「イナゴや。人もおらんし売り株もないからな。仲間呼ばんかな思て」
「へ? イナゴがイナゴ呼ぶんでっか。そんなアホな。あ、引いてまっせ」
「え。ほんまや。どれどれ。わ、重いがな。手伝うてんか」
「わ。あかん! 放しなはれ、竿! 体、持っていかれまっせ」
「わあ! なんやぁ、こいつら。どこから」
「どんどん来まっせ。なんぞ材料出たんちゃいまっか」
「おう、ここの板、すっかすかだぜ」
「早いモン勝ちだ。どこだどこだ! 株出せ!」
「売りものはないのか! こらァ、株だしやがれ」
「おーい、板の奥にあるぞ! 埃まみれの汚ない株が!」
「どれどれ。お、よーし。買いまくるぜ」
「やっぱ材料でたみたいでんな。で、ここ、なんの会社でっか」
「知らんがな。ここに追い込まれただけやもん。いずれ機械か化学か」
「おおかた新素材か提携話でっしゃろな。イナゴの情報は早い」
「お、活気づいてきたがな。よーし、買いまくって売りまくるでぇ!」
こうして日計りノムーラはイナゴの大群のなか、人ごみをかきわけて板を渡り歩いてデイトレに興じ、わたくしモルーカスは同じく人ごみをかきわけて通りへと逃れ出ました。さて。往来の人ごみのなか、わたくしモルーカスは途方に暮れております。
ごぞんじのとおり、この小説はわたくしとノムーラの掛け合いが基調となっております。構造の根幹を成す掛け合いができないとなると、小説が崩壊します。現にいま崩壊しつつあるのですが、これを防ぐには掛け合いの復活しかありません。しかし、相方のノムーラが三体に分裂しているので、計四人になります。カルテットですね。ジャズでも演れればいいのですが、あいにく楽器もできない、歌も不得手なのでお手上げです。
元はといえばあのお札のせいだ。そうだ、神主なら三体を元に戻す方法を知っているにちがいない。なにしろお札の発行元なのだから。よし、神主のところへ行ってみよう。私は裏通りをたどって、ひっそりとたたずむカブト神社へ向かった。
「こんにちはー。神主はーん。ちょち助けてほしいんやけど」
「これはモルーカスはん。なんぞおましたか」
「幽霊退治のお札のことなんやけど。貼ると三分裂して三体になって」
「三倍に? そらおかしいゎ。悪霊ふやすお札なんてあらしまへんで」
「せやけど現に、幽霊も三倍、ノムーラはんも三体になってるんや」
「ふーん、けったいな話やな。そや、剥がしたら戻るんちゃいまっか」
モルーカス、はたと額を打ち、そうだ、貼ったもんなら剥がせば効き目はなくなる、なんでこんなことに気づかなかったのかと駆け出した。
人ごみをかき分けかきわけ、駈けながら、三体のうちだれに貼ってあったか思い出そうとする。それよりも三体はそれぞれいまどこにいるのか。本体はどれにせよ、とにかくしらみつぶしに調べるほかはない。駆けずりまわり、のたうち回り、息も絶え絶えに、ふらつく足でノムーラの一体をみつけてはお札を探し、もう一体みつけてはお札をあらため、三体めに至って小躍りしてお札をと勇んだら重複で、一体めのノムーラだった。
ひきつる脚をひきずりながら、やっとの思いでたどり着いたほんものの三体めは、ほろ酔いのノムーラで、額にひらりとお札が揺れる。これだ! とばかりに飛びついて引っ剥がすとあら不思議、ズンと響いて、ほろ酔いが一瞬にしてへべれけになった。ぐでんぐでんの、べろんべろんに酔っ払ったノムーラを見てモルーカス、また、はたと今度は膝を打った。
「さてはほかの二体も飲んではったな。一体になってちゃんぽん酔いや」
了