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夏季休暇 27

 ◇ ◇ ◇



「あなた達、何してるの?」


 フォレッタのアパートまで行こうと玄関を出たところで、俺とクレデールを待ち構えていたのはレンシアだった。

 当然、道着姿ではなく、ローライズのジーパンと、肩をむき出しにしたシャツを着ている。


「いや、その、なんだ、ちょっとした用事だ。お前こそ、何しに来たんだよ」


「あたしは……何だっていいでしょ。別に、あんたが今日の稽古に来なかったから心配して、とかじゃないから」


 レンシアは少し頬を染めてから、腕を組んで顔を逸らした。

 そうか。それは心配させちまって悪かったな。

 

「大丈夫だ。多分、今日の昼過ぎか、夕方には顔出せると思う。本当に悪い。俺が頼み込んでることだってのに」


 お礼と言っちゃあ何だが、と俺の分のサンドイッチからひとつ渡すと、食事はしてきたから大丈夫だと拒否された。


「そんなのは別にいいんだけど。私も稽古相手が増えるのは嬉しいし。それで? うちに来るのを休んでまで何をこんな張り込みみたいなことをしているのよ。真っ当な理由が無きゃ、許さないわよ?」


 みたい、じゃなく、張り込みそのものなんだがな。

 真っ当か、と問われると、大分強引なものに思えるが。


「あそこに住んでいる詐欺女に弁当を食らわせて、美味いと言わせてやんのさ」


「はあ? 何それ。意味わかんない」


 俺はクレデールとアイコンタクトを交わす。

 元々、最終的にはレンシアの、正確にはヴィシュランの家、あるいは道場の力を借りようと思っていたことだ。いずれ話さなくちゃならねえことなら、今ここでレンシアに話すことに抵抗はねえ。

 俺は、俺が知り得るフォレッタの情報を包み隠さずレンシアに話した。


「なるほどね。お人好し、ってより、まあなんていうか、良いんじゃないかしら。でも、それならうちを頼ってくれても良かったのに」


 それも考えたし――もちろんフォレッタの意思次第だが――実際にそうしようかとも思っていた。

 しかし、そこまで頼っちまって良いのかって思いと、あとは、俺があのガキに直接ガツンと言ってやりてえという、まあ、一種の我儘により、頼るのは避けようと思っていた。

 そう答えると、クレデールとレンシア、ふたりからジトっとした視線が向けられていた。


「な、なんだよ」


 まずい事でも言ったか、俺は。

 

「先輩も素直じゃありませんね」


「そうね。今更何を恥ずかしがっているのかしらね」


 はあ?

 俺は別に何も隠してねえし、後ろめたいとも思ってねえよ。

 しかし、多数決という太古からの方式に則るのであれば、俺は自分でも気が付いていない何らかの考えに支配されているという可能性はかなり大きい。

 

「先輩。先輩がフォレッタさんに関わろうとお思いになったのは、ただ、心配だったからですよね? 私の時もそうだったみたいですし」


 なんだ、その歯切れの悪い言い方は。

 クレデールのときも、今回のフォレッタに関しても、人として当然の反応だろ。

 じゃあ、なにか? 世間一般の奴は、あの汚部屋どころじゃねえ惨状や、詐欺まがいの行動を見かけたとしても、何もせずに見てみぬふりをするってのか? あり得ねえだろ。

 

「私はあの状態がベストだと、何度も申しましたのに」


 何故か俺が悪いみたいに、クレデールはため息をつく。

 ほう。

 まだ言うか、こいつは。


「そこまで言うなら、実際に見て判断して貰おうじゃねえか。ディン辺りならあの部屋を写真に残してるかもしれねえな。あるいは、そうでなくとも、寮の入り口の監視カメラの映像を辿れば、あの日の惨事も映ってんじゃねえのか?」


「ちょっと、先輩? 何をなさっているんですか?」


 俺がディンに連絡しようとすると、阻止するかのように、クレデールが俺のスマホを奪い取ろうとしてくる。

 やっぱ後ろめたいと思ってんじゃねえか。

 

「……ねえ、そろそろいいかしら」


 なおもスマホを奪いとろうとしてくるクレデールを押さえ、逃げ躱していると、とても疲れたという感じでレンシアがため息をついた。

 

「今は一刻を争っているんじゃなかったの? そのフォレッタって子が出てくるのを待つんでしょう?」


 そうだったぜ。

 別に、クレデールがいかに片付けられない女かってことを証明するのはどうでも良いことだった。

 本当はどうでも良くねえし、さっさと改善して欲しいが、今はそれどころじゃねえ。


「命拾いしたな、クレデール。百年の恋も冷めるあの惨状をレンシアに見られることがなくてよ」


「先輩こそ。他人の下着の盗撮犯としての余生を過ごされることがなくて、安心しました」


 自分の下着が映ってるかもしれねえって危惧はしてんだな。

 良かったぜ。流石にあの光景を他人に見られるのがまずいって認識くれえはあるみたいでよ。

 いや、待てよ。それなら、俺たち寮生にははっきり見られているわけだが、それは別に構わねえってことなのか?

 俺が首をかしげる隣で、レンシアが再び、盛大にため息をつき。


「もういいわ。それより、あなた達、本当にこのままここに泊るわけ? パトロールの警察官に注意されないかしら?」


「心配してくれんのか? まあ、大丈夫だろ。何か聞かれたら、寝付けなくてぶらぶら散歩してましたって答えるからよ」


 と、その時、こんな時間にもかかわらず、こんな場所にやってきた車のライトが俺たちを照らし、さすがにクラクションは鳴らなかったが、同時に俺のスマホが振動し、着信を教えてくる。 

 ディンからだな。


「何だ」


「ああ、イクスかい。良かったよ出てくれて。今、きみたちの家の前に止まっている車のところまで出てきてくれないかな」


 俺たち3人は顔を見合わせる。

 もしかして、この車。

 よくよく目を凝らしてみれば、ライトに照らされる反対側は暗いから気が付かなかったが、この前プールに行ったときに迎えに来たのと似てる……いや、同じやつだな。


「今丁度出ているところだ。クレデールと、レンシアも一緒だ」


「え? 本当?」


 ディンからの通話が切れ、すぐに車の扉が開かれる音が聞こえる。


「やあ、イクス。どうして僕も誘ってくれなかったんだい。外で一緒に一夜を明かすなんて面白そうなこと。クレデールさんとレンシアさんもこんばんわ。良ければ、一緒に車の中で待ちませんか?」


 車を降りてきたディンは、爽やかに笑顔を浮かべた。

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