夏季休暇 26
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短時間で作れる、持ち運びの楽な食事といえば……サンドイッチだな。
本当はパンから気合を入れて作りたかったが、生憎とそんな時間はねえ。
生意気な口を聞いてはいても、所詮は初等部相当。遅くなり過ぎたら眠っちまうだろう。
「先輩。何か、私にお手伝いできることはありますか?」
家に帰ってすぐ、キッチンでハムや卵、キュウリ、レタス、トマトなんかを漁っていると、クレデールもどうやらじっとはしていられねえ様子だった。
余計な作業を増やされる可能性もあるが、やらせねえことには成長もねえからな。
「そうだな……じゃあ、その鍋を見といてくれ。沸騰して、まあ10分、15分くらいしたら火を止めて、中の卵を水で冷やして、皮剥いといてくれると助かる」
クレデールに火を扱わせるのは、非常に心配ではあるが、包丁を握らせるのも同じくらい危険だ。
ならば、どちらかといえば余人の力が入る隙のない、火の見張り番でもさせておく方が良いだろう。
そう言いつけ、キッチンタイマーを握らせる。
流石に初等部でも習うことだし、沸騰くらいは大丈夫だろう。
「任せてください」
どうやら嬉しいらしく、クレデールは張り切った顔で、胸を叩いた。
まあ、茹で卵くれえ、失敗する方が難しいだろう。皮を剥くのは不器用だと辛いかもしれねえが、そんくらいはな。
その間、俺は鶏のもも肉を切り分け、片栗粉をまぶし、油を入れて熱したフライパンで中火で焼きを入れる。
ひっくり返して、酒を入れ、蓋をしてから、火が通るまで中火で蒸す。
最後に醤油とみりん、砂糖を入れて煮詰め、よし、これでいいだろう。
「照り焼きチキンだ。その卵と一緒にすりゃ、親子サンドだな」
同時に出来上がったゆで卵を、クレデールが冷水に晒している。
「クレデール。焦って一気に剥こうとしなくていいぞ。全体にひびを入れて、少しずつパリパリと削ってく感じでいいからな」
時間はないが、茹で卵を剥くのくらい、精々5分だ。クレデールにやらせても問題ねえだろう。
俺がやれば2分もかからねえが。
「先輩。つるつる向けますね。面白いです」
「そりゃ何よりだ。じゃあ次は、それをフォークで潰して、マヨネーズと一緒に和えといてくれ」
クレデールが卵を潰している間、俺はキャベツやトマト、きゅうりなんかを水洗いし、サンドしやすいように切り分けた。
もちろん、パンも耳を落として三角に切りそろえて、マーガリンを塗り終えている。
「このくらいで大丈夫ですか、先輩」
「ああ。それくらいでいいぞ。じゃあ、いよいよ、サンドしていくからな」
クレデールが潰してくれた卵をスプーンで掬い、今マーガリンを塗ったパンの上で平らに伸ばす。そこに照り焼きを乗せてサンドする。
別の方は、キャベツをトマト、それから照り焼きチキンを乗せ、もうひとつは、ブルーベリーのジャムを塗る。
とりあえずはこんなもんだろう。
「出来上がったこれらはどうするんですか? このままお皿に乗せて、蓋をして運びますか?」
「違うぞ、クレデール。お前、学院でも弁当に持たせたことがあったろうが、店で使われてるパッケージみてえのはねえから、ラップで包む」
そのまま容器に入れてもいいんだが、後で食べるときのことを考えると、こっちの方が持ちやすいだろう。まさか、ナイフやフォークを使って食べるわけじゃねえだろうしな。
後はこれを持ち運ぶバックに入れりゃあそれで終いだ。まあ、しいて言うなら、水筒も準備する必要はあるかもしれねえが。
「よし。後は、風呂だな」
これからフォレッタの家までいって、前であいつが出てくるところを待ち構えるつもりだが、そうすると今日は帰って来られねえ。
もし、その後そのまま病院に行くような事になった場合、今のままじゃちとまずいからな。
「一緒にですか?」
クレデールがすっと目を細め、自分の両肩を抱くようにしながら後ずさる。
なんてことを言い出すんだ、こいつは。
「んなわけねえだろ。さっさと入ってこい」
俺が平静を装って言えば、クレデールは悪戯を成功させた子供みたいにころころと笑っている。
なんか前にも似たような事があったな。
いつまでも、同じ手口でやられると思ってんじゃねえぞ、手前。
「私と一緒ではお嫌ですか?」
クレデールは、しゅんとしたような顔を見せた後、小さくため息をつく。
「いや。お前は魅力的だからな。俺だって自制が効かなくなって、うっかり襲っちまうかもしれねえだろ」
そう反撃すると……ん?
クレデールは俯いてしまった。さらさらと零れる銀の髪の合間からは、真っ赤な耳が見え隠れしている。
何やってんだ、こいつ。
「おい、クレデール。冗談なんだから、固まってねえで、さっさと行けよ」
まさかこいつ、自分から吹っ掛けてきた冗談で、自分で照れてんじゃねえだろうな。
だったら、最初から言わなきゃいいのによ。
「わかったわかった。俺はここで待ってるから、さっさと行ってこい。ディンと電話でもしてるからよ。今更お前の風呂なんか覗いたって仕方ねえだろ? それとも、ひとりじゃ洗えねえか?」
そんなことはねえと知ってはいるがな。
「……です」
「あ? 何だって?」
クレデールは何かぼそりと呟いたが、小さくて、しかも下を向いたままだったので、俺には良く聞き取ることができなかった。
「馬鹿ですっ!」
聞き取るために前傾していた俺には、クレデールの平手を避けることができず、正面からもろに食らっちまった。
それから反転して、風呂場へ向かい扉を開くクレデールに。
「おい。着替えは準備しとけよ。また、届ける羽目になるのはごめんだぞ」
そう声をかけると、ぴたりとその場で立ち止まり、引き返してくる。
「もうっ! 本当になんなんですかっ!」
真っ赤な顔で「うぅ……」と唸りながら、上目遣いに見上げてくる。
ただ注意しただけで、深い意味はねえよ。安心しろ。
大体、他にどう答えろってんだよ。夫婦でもねえのに、一緒に入ったら、通報されて即逮捕じゃねえか。
「知りません。先輩の馬鹿」
クレデールは、再び俺に馬鹿だと言い放ち、拗ねているような表情で階段を上ってゆく。
何だってんだ、一体。
クレデールが風呂に入っている間、ディンに今日の顛末と一緒に今の事を話すと、盛大にため息をつかれて、呆れられた。
「イクス。女の子にそこまで言われて結局一緒に入らないなんて、クレデールさんに恥をかかせちゃいけないよ」
「いや、あいつも冗談のつもりだっただろうが。それに、今更、恥がどうのとか、気にするような奴か? 普段の生活態度の方がよっぽど恥だろうが」
「とにかく、クレデールさんには誠意を込めて尽くさなきゃだめだよ。今日のブラッシングは、特に丁寧にね」
何故俺が怒られるのかは分からなかったが、相談に乗ってくれたディンの事を一応、尊重しておくか。
膨れ面で出てきたクレデールを、いつものように椅子に座らせると、俺はいつもより優しくドライヤーと、櫛をかけた。




