夏季休暇 24
◇ ◇ ◇
両親が詐欺にあって亡くなったと、フォレッタはたしかにそう言った。
それがいつのことかは分からねえ。しかし、すくなくとも、今でさえ十分に小さいフォレッタが、さらに幼い頃のことだろう。
おそらくは、今話しを聴きにいっているディンが、こういうことにかけちゃあ悪魔的な才能の持ち主だから、何とか話を聞いてきて、それで分かるとは思うんだが。
しかし、肝心のフォレッタとの関係は、さらに拗れた。
目的があったとはいえ、フォレッタが自分の家族のところへ見舞いに行くのを邪魔した格好にもなっちまった。
「いや、落ち込んでても仕方ねえな」
俺なんかより、ずっと泣き場所を求めているだろうフォレッタがあんだけ強気でいるんだからな。たとえそれが意固地になっているからだとしても、張り合おうって俺がこのままじゃだめだ。
関わるつもりなら、この先もフォレッタとの衝突は避けられねえだろう。
それに、あそこまで言っておいて、あそこまで言われて、ここで引き下がるなんてできはしねえ。
「さっきは俺の覚悟が足りなかった。あいつの覚悟に負けねえだけの覚悟をもって臨まなきゃならなかったんだ」
正直、心のどこかでは、所詮初等部相当だと、質の悪い悪戯の延長だと侮っていた。
だから駄目だったんだ。
あいつの力になりたいと思うなら、こっちも本気で、真正面からぶつかっていく必要があったんだ。
「ですが、先輩。フォレッタさんの言う通り、本当に詐欺事件なのだとすれば、それはもう私達ではなく、警察の領分になりますよ」
「そうだろうな。けど、俺たちが解決しなきゃならねえのは、その詐欺事件じゃねえ。そいつもたしかに過程だが、本当に必要なのは、フォレッタを真っ当な道に引き戻すことだろ」
とにかく、今度はこっちもしっかり準備をしてからだ。
「収穫はあったんだろうな、ディン」
「きみの大活劇のおかげでね」
リオンと一緒に戻ってきたディンは額の汗をぬぐうような真似をしてみせた。もちろん、院内がエアコンを完備しており、そんなに汗をかくはずがないということは知っている。
しかし、笑顔を浮かべているディンとは対照的に、リオンは難しそうな顔をして黙り込んでいて、それは多分、ディンが看護師の女性――エルミィっつってたか――とばかり話していたから、という理由だけじゃねえんだろう。
「結論から言うよ。どうやら、フォレッタさんの御両親は詐欺にあったみたいで、それ以降、お祖母様がフォレッタさんを引き取っているらしい。なんでも、知り合いの借金の保証人にされちゃったらしくてね。8000万とかって言ってたな」
ディンはこともなげに言ってのけたが、8000万だと?
そんなの、普通、どうやったって手に入らねえ額じゃねえか。宝くじにでも当たるくらいの強運じゃねと不可能だぞ。つうか、あまりにも日常から離れていて、どうしたそんなことになるのか、ちっとも想像できねえ。それから、返済の方法もだ。
「フォレッタさんの今のことだけを考えるなら、僕が払ってしまってもいい。けれど、やっぱり、どう考えても、そんな金額はおかしい。ちゃんと調べる必要がありそうだね」
いや、ディン。
お前、今すげえサラッといったが、普通、払える金額じゃねえぞ。
「助かる。事情の方は任せる。確認も含めて。俺はフォレッタの方をどうにかする」
しかし、ディンがそう言うのなら、俺も、俺にできる事をするだけだ。
「うん。イクスはちゃんと守ってあげてね。もしかしたら、フォレッタさんの方にも危険があるかもしれないから」
「ああ」
何とかしてやりてえ。それは本心だが、とはいえ、あいつの居場所も分からねえんだよなあ。
昨日までとは事情が違う。
あんな風に喧嘩をした後、俺に探されそうな場所に居ついたりはしねえだろう。
「そのことなんだけどね、イクス」
ディンはスマホを操作し、フォレッタのスマホの番号を表示させる。
いつの間に。
つうか、あのガキ、いや、フォレッタもスマホくれえは持ってたんだな。借金だか何だかって言うもんだから、持ち物も全部持ってかれちまってんのかと思ってたぜ。つうか、その番号、どうやって手に入れたんだ。
まあ、聞くまでもねえことだが、個人情報って概念がねえのか、病院のくせに。
「先輩。そもそもフォレッタさんは、猫のアップリケのついた白いポシェットを提げていましたよ」
そうだったな。
まだ実際に徴収はされてねえんだな。
「ってゆうか、その知り合いというのがそもそも怪しいと、僕は思っているんだけどね。だって、フォレッタさんがこんな状況になっているのに、彼女の様子を見に来たりすらしないんだよ? 電話でもして、フォレッタさんと連絡を取れば、すぐに彼女の為人を理解できると思うんだけどね」
胡散臭い話になってきたが、とにかく、あいつをひとりでいさせるのはまずいってことだな。
「ディン。大元まできっちり調べとけよ」
そう言い残し、俺はフォレッタを追いかけるべく、GPSを起動する。
まだそんなに離れてねえ。
やっぱ、徒歩か。
このくらいなら、走って追いかけりゃあ、何とか追いつけねえこともねえ。
「いくぞ、クレデール」
俺だけで向かって、また署までの任意同行を求められたりでもしたら面倒だ。
だったら、中身を知らなければ優等生なクレデールを連れていった方が、余計なトラブルは回避できそうだ。
「絶対、説得してやるぜ」




