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夏季休暇 21

「そ、それって、つまり、同棲ということでしょうか?」


 リオンはわずかに顔を赤く染めながら恐る恐るといった感じの口調で尋ねてくる。

 同棲って……改めて他人から言われるとそう見えるのかもしれねえが、そんな風に意識してはいねえんだよな。


「リオン。お前なら、クレデールをひと月半ほどもひとりにして放っておけるか?」


 俺には、その結果の惨状が目に浮かぶようだぜ。

 溜まるゴミ袋の山に、いや、袋に入っていればまだマシか。洗濯物を溜めすぎて、暑い気候も相まって、あられもない姿で部屋の中で過ごし、食事は溜め込んで買ったインスタント食品、当然、制服にアイロンなどかけるはずもなく、来年、再び夏服を出そうとしたら、出てくるのはよれよれでしわくちゃなものばかり。

 ベッドのシーツやタオルは洗濯せず、髪の手入れなど当然する気もない。

 そこまでいきゃあ、変な臭いもしてきそうだし、暑いから風呂にくらいは入りそうだが、それはそれで床が湿気ってまずいことになりそうだし、下手すりゃ床下の乾燥剤と混ざって火事にでもなりかねねえ。

 そこまでじゃなくとも、あのほとんど何もないと言っていいだろう部屋が、夏の終わりには物置か何かかと見紛うばかりの惨状に陥っているのは、想像に難くねえ。俺にはとても放っておくことができなかった。パンドラの箱を開ける役目は負いたくねえからな。それも、最後に希望が詰まってない感じの。


「……それは、たしかに心配ですね」


 しばらく考え込むように目を閉じてから、リオンは苦笑いを浮かべながらため息をついた。

 

「事情を知らない男子生徒からしてみたら、羨ましがられそうなシチュエーションですけどね。あのクレデールさんと同棲なんて」


 そうかあ?

 そりゃ、たしかに男子として憧れそうなシチュエーションだってのは理解できなくもねえが、そもそも、ふたりきりじゃなくて、母さんと父さんもいるしな。朝早くて夜遅いから、休日でもなきゃ全員揃うことはまずねえが。

 

「大体、そんなこと言うなら、お前らだって似たようなもんなんじゃねえのかよ。家も近くて許嫁同士なんだろ? ディンのファンクラブの連中が知ったら卒倒しそうな状況に思えるが」


 そう反論すると、リオンは急に口を閉じてしまった。

 何かまずい事でも言ったか?


「……大丈夫ですよ、イクス先輩。そういった事は、昔からなのでもう慣れました」


「昔からってのは、ディンに関連した、相手の女とのトラブルがか?」


 考えてみれば、すぐに分かりそうなことだった。

 ディンはモテる。

 それはもう、学内外、年下年上関係なくだ。

 その上、あれだけ大勢の女との付き合いをしているのにもかかわらず、いまだに刺されていないことからも明白だが、ディンはその付き合っている大勢の女から好かれている。


「ええ。それはもう。パーティーでも何でも、ディンは片端から女の子に声をかけましたし、初等部の頃から、女生徒がディンを巡って喧嘩する事なんてしょっちゅうの事でした。まあ、私も子供でしたから、混ざって喧嘩をしたりもしたんですけどね」


 だから、クラスや学年の女の子たちとは、あまり良好とはいえない関係だったんです、と懐かしそうに目を細める。

 それから慌てたように。

 

「あ、けれど、誤解しないでくださいね。別に、いじめられていたとか、そんなことはないんです。ちょっとした、嫉妬とか、やっかみ程度のことですから」


 そんなの中等部くらいの女子ならどこだってある話です、とリオンは軽い調子で、俺が黙り込んでしまったので、空気を和ませようとしているようだったが、それはあまり上手くいっているとは言えなかった。とはいえ、代わりに俺に何か上手い話ができるわけでもないのは、何となく口惜しく感じたが。

 たしかに、リオンの話を聞いて、クレデールの状況と少し似ているなと思ったことは確かだ。

 

「お前も、クレデールも、強い奴だな」


 だからふたりはすぐに仲良くなれたのかもしれねえな。同じ寮に暮らしているという理由だけじゃなく、どことなく、シンパシーのようなものを、無意識にしろ、感じていたのかもしれねえ。

 まあ、そんな理由なんてどうでもいいことだ。肝心なのは、今、クレデールとリオンが仲良さげにいるってことだからな。


「私、イクス先輩のことは、長期休暇で帰ってくるディンから少しは聞いていましたよ。とても楽しそうに話していました。イクス先輩が買い物に出かけた際に他校の生徒に絡まれた話とか」


 それは、あんまり、楽しそうに話す内容じゃねえだろう。

 多すぎてどのときの話か分からねえが、去年、寮の新入りだった俺とディンはふたりで買い出しに行ったりもした。

 俺に喧嘩を吹っ掛けるためにあんな僻地の学院にまでわざわざ出向いてきた奴らも、いちいち相手をしていた俺も、他人から見りゃどっちもどっちかもしれねえが、ディンは巻き込まれた側だろう。今でこそ楽しそうに話したりするが、辟易していたかもしれねえ。


「それでも、ディンは楽しかったみたいですよ。当然ですけど、そんなこと、それまでのディンの人生ではあり得ませんでしたから。ディンが寮に入ったのも、何となく面白そう、楽しそうだったからだって言っていましたし」


 変わってるな。

 まあ、ディンらしいと言えば、そうなのかもしれねえなと、ふと思った。


「それに、ある意味では、私はディンのそういったところが好きなのかもしれませんし。もちろん、気にくわないところでもあるんですけど」


 リオンがぼそりと呟いた言葉の真意は分からなかったが、ふたりがそれで幸せだってんなら、それでいいのかもしれねえな。

 

「ありがとな、リオン、助かった」


「このくらい、何でもありません」


 最後の皿を拭き終え、棚に戻し、俺たちはディンとクレデールの待つ玄関へと向かった。

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