寮の住人達 7
◇ ◇ ◇
ディンとセリウス先輩がのぞきに行くのは阻止したが、どうやらふたりは女子との交流を諦めたわけではないらしかった。
寝る前に部屋で日課のトレーニングをしていると、ふたりが尋ねてきた。
「イクス。ちょっと付き合ってよ」
ふたりはこれからエリアス先輩の部屋にゆくのだと言う。
それほど遅い時間という訳ではないが、こんな時間に先輩も迷惑なんじゃねえかと思ったが、どうやら、エリアス先輩とセリウス先輩が何か企んでいるらしい。
「企むとは人聞きが悪いな。ただ、寮生の親睦を深めようと思ってな」
しかし、覗きに行こうなどと言っていたふたりをそのまま女子の部屋に野放しにするわけにはゆかないので、仕方なく俺も部屋を出る。
エリアス先輩の部屋にはそんなにたくさんの人間が集まれないということは、ここにいる全員が認識していたので、集まったのはディンの部屋だ。夜中に女子の部屋に押し入るのは失礼だからと言っていたが、ディンにそんな感性があったとは驚きだ。
「僕だって、同意もなしに女性の部屋に押し入ったりはしないよ。それに、女の子の部屋に入るのならふたりきりの方が良いし」
わざわざ余計なひと言を付け加える。
それがなければ……いや、付け加えたところでまともな男子学生の考えることではないと思うが。
「おーい。入るぞ」
流石にノックするくらいの常識は持ち合わせていたらしい。
セリウス先輩が扉をたたくと、すぐに中から了承の返事があった。
「こんばんは、先輩方」
扉を開いて、リオンが出迎えてくれる。
エリアス先輩はもちろん、クレデールもすでに部屋に集まっていて、元々敷いてある絨毯の上に、それぞれ寝間着姿で足を崩していた。
クレデールは澄んだ青色の膝丈までのパジャマ。クレデールの瞳の色と同じそれは、そのせいかよく似合っていた。
エリアス先輩は落ち着いた感じのする寝間着姿。まだ夜は冷え込む日もあるというのに、肩がむき出しになっていて、寒そうにも見える。本人はまったくそんな様子はなく、のほほんとした感じだが。
リオンはひらひらのワンピースのような格好だった。流石に襟首はすっきりしていたが、あれでは眠りにくいんじゃないかと思えるほどだ。
しかし、婚約者であるディンが何も驚いていなさそうなのは、普段からあんな感じの寝具ということだろうから、俺の心配する問題じゃないんだろう。
「見てご覧よイクス。女の子たちが集まって寝間着を着ているところって、とっても素敵な光景だと思わないかい?」
「知らねえよ。お前は一度、煩悩を取り去って貰う必要があるな」
ディンは何だか感動している様子だった。
女子の寝間着姿なんて、お前にとっては目新しくもなんともないだろ、と嫌みのひとつも言ってやろうかと思ったが、一応、セリウス先輩は親睦を深めるという名目で遊びに来ているのだから、最初から空気を壊すような発言をするべきではないだろう。
「明日の入学式に、大事な後輩を隈のできた顔で参加させるわけにはいかねえからそんなに時間はとれねえが、これより歓迎会の二次会を開催する」
エリアス先輩とディンが控えめに、しかし、楽しそうな表情で拍手をし、クレデールとリオンはつられるように、仕方ないといった表情で手を叩く。
「ディン。あれを出せ」
「はい、セリウス先輩」
言われてディンが取り出したのは、便箋などにも使える普通の茶色の封筒で、先から何本か紐が伸びている。
「まあ、こんなのはなくても良いんだが、あった方が盛り上がるし、緊張感も出る。金をかけるわけにもいかねえからな。まあ、ちょっとした余興程度に考えてくれればいい」
セリウス先輩が目配せをすると、エリアス先輩が立ちあがり、机の引き出しからカードのケースを取り出してくる。
「最初の種目はババ抜きよ。何か質問はあるかしら?」
質問じゃないが、ここに来た時から気になっていたことはある。
「どうかしたの、イクスくん」
「先輩。いや、質問ってことじゃねえんだが」
俺は立ちあがってクレデールの方へ近づく。
「どうしたんですか、先輩?」
「どうしたんですか、じぇねえよ。お前、髪くらいちゃんと手入れしてからにしろよ」
クレデールの銀の髪は、いまだに風呂の水濡れたままだった。
たしかに髪が長いと面倒なのは分かるが、自分で長く伸ばしているんだから、これくらいの手入れはちゃんとして欲しい。いや、こいつの場合、面倒だから切っていないという線も捨てきれないが。
それに、このまま歩くと廊下にも、このエリアス先輩の部屋の絨毯にも水を垂らしてしまうことになる。
「先輩。済まねえけど、タオルを貸してくれねえか? 俺が使う訳じゃないから安心して欲しいんだけど」
エリアス先輩は、含みのありそうな顔で微笑んだ後、大きめのタオルを新しく取り出してくれる。
「どうぞ、イクス君」
「助かる、先輩。クレデール。お前はしばらくじっとしてろよ」
手入れは疎かだというのに、クレデールの髪自体はさらさらと指通りがよく、風呂上りらしく、ほのかにシャンプーの良い香りがしている。
「……おい、あれわざとだと思うか?」
「いいえ、先輩。イクスがそんなこと考えているはずありませんよ。多分、廊下に水が滴ったら掃除が大変程度にしか思っていません」
セリウス先輩とディンが何やらこそこそと俺の方を見ながら話していたが、残念ながら会話の内容まではっきりと聞き取ることはできなかった。
「クレデール。お前の部屋じゃないんだから、いや、お前の部屋でもダメだけどよ、水を垂らすと絨毯が駄目になりやすくなるから、しっかり手入れしてからにしろよな」
「そうは言いますけど、もう十分に乾いて――分かりました、先輩。気を付けます」
本当に分かってんのか、と思って見つめていると、クレデールは少し言葉を濁した。
せっかく綺麗な髪をしているのにもったいない。
いや、別に俺はこいつの髪がどうのと気にしているわけじゃねえが。
「それならイクスが毎日拭いてあげればいいんじゃない?」
何だか人を馬鹿にしているような目で見ていたディンが面白そうに提案してくる。
たしかに、さっきこいつは分かっていなさそうだったが。
「冗談じゃねえ。なんで俺が毎日――」
「そうなの? じゃあ、僕のところにおいでよ。女の子の髪の扱いなら慣れているから任せて」
しれっと、ディンがさわやかな笑顔で提案する。
「ディン?」
「リオンのこともよくやらせてくれるよね?」
訝し気な視線を向けていたリオンをディンは微笑みひとつで封殺する。
リオンはリオンで、簡単に言いくるめられちまっているし。
しかし、この婚約者のいる浮気男にやらせるわけにはいかねえ。こいつが刺されて死のうが自業自得だが、リオンがかわいそうだ。
「いや、お前は駄目だ。俺がやる」
ここの女子は、俺たちが来るまでクレデールの髪について何もしていなかったということ。
そんな奴らに任せるわけにはいかない。
どうせ掃除をすることになるのは俺なんだから。