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夏季休暇 20

 ◇ ◇ ◇



「僕もクレデールさんの言うことには賛成だよ、イクス。女の子の相手をするときには、まずはやっぱりその子のことを知らなくちゃ」


 チキンライスのオムライスをスプーンに掬いながら、ディンは先生が生徒に言い聞かせるように断言した。

 ディンが来るまでの間、この後、あるいは病院まで出かけるようなことにもなるかもしれねえと、先に食事を済ませておこうと思い作ったものだったんだが、途中でクレデールがリオンとの電話越しでのやり取りの最中にそのことを話すと、ディンとリオンのふたりもまだ昼食を済ませておらず、食べたいということだったので、急遽4人分に作り直した。


「とりあえずはフォレッタさんのお祖母様が入院している病院に行ってみようよ。エルミィさんからならこっそり話を聞けるはずだし」


 たしかに、フォレッタの行動は、主に自宅と入院先の病院の往復を基準としているはずだ。その考え方で間違いはないだろう。

 ただし。


「それはわかったわ、ディン。それはそれとして」


 シオンは口をつけていたカップからそっと視線を外し、ちらりとディンを睨む。


「その『エルミィさん』っていうのはどなたのことを言っているの?」


「エルミィさんはねえ、薄茶色の癖毛と水色の綺麗な瞳がチャーミングな看護師さんだよ。ふんわりとした雰囲気で、なのに身体のラインは魅力的で、喋り方も優しげなんだ。ただ、少しばかり天然気味なところがあるから、それが心配なんだけど」


 今日はシフトに入っているって言ってたから、病院にいるはずだよ、とディンはスマホを出して連絡を取ろうとする。

 こいつは、本当にどこにでも知り合いがいるな。それとも最近知り合ったのか?

 まさかこの事態を予期していたわけでもねえだろうし。そうなら、マジで預言者か何かだ。


「ディン」


 ただし、それをただ見逃すはずもない人物もひとり。


「その、エルミィさんとおっしゃる方とは、いつ知り合ったの?」


 思わずこっちが驚くような声音で、怖いくらいという表現がぴったりの笑顔を張り付けたリオンが、全く音を立てずにスプーンを皿に戻す。

 

「去年の夏かな。イクスと知り合って、遊んだりはできなかったけど、この辺りの事も知っておきたいなあと思ったからね」


 ディンはそんなリオンの様子など気に留める様子もなく、いつも通り、のほほんとした調子で微笑み返す。


「それで、この辺りで気になった所には色々と顔を出してみていて、エルミィさんは丁度そのとき、病院の花壇の花に水をあげながらため息をついていてね。男なら、そんな物憂げな表情でいる女性を放っては置けないだろう? それで、僕は『綺麗なベゴニアですね。あなたの愛情がうんと注がれているのが、すごくよく分かります。けれどそんなあなたの笑顔の花にはまだ水が足りていないようです。よろしければ僕があなたの如雨露になりましょうか』って話しかけて――」


 知ってはいたが、こいつは、息を吐くように人を口説くんだな。

 しかも、それを婚約者の前で語るか、普通。

 リオンは眉をぴくりと反応させていたが、他人の家だからか、それ以上に行動を起こすことはしなかった。

 さすがに礼儀なんかも良く教育されているなあ、と感心する。

 もちろん、これがディンや、リオンの屋敷だったら(おそらくはそうだろう)どうなっていたかは分からねえが。


「まあ、でも、さすがに入院している人の話まではしてくれなかったし、しなかったけどね。僕も聴くつもりはなかったし」


 それは当たり前だろう。 

 病院に勤めているんなら、患者に対して守秘義務があるはずだからな。


「でも、家族なら別だよ。この場合は、知り合いってことになるけど……そっちの話を聞くのは難しいだろうね、今はまだ」


 そっち、というのは、フォレッタの祖母の事だろう。ようやく話が戻ってきた。

 いくらディンがヒモ紛いの事をしていたって、相手にも話せることと、話せないことはある。ディンだって、強引に聞き出すつもりはないだろうしな。


「イクス。僕は決してヒモ紛いのことなんてしてはいないよ。ただ、困ったり、悩んでいる女性を見かけると、どうしても身体が自動で反応してしまってね。それで、話を聞いたり、一緒に食事をしたり、色々あるわけさ」


 それがヒモって言うんじゃねえのか? と尋ねると、ディンは「ちゃんと僕もお題は払っているから。ヒモっていうのは、全く自分ではお金を使わない人のことさ」などと、自分との違いを説明してきたが、俺にはそこのどこに違いがあるのか、さっぱり分からなかった。分かりたいとも思わなかったが。


「つうか、お前の考えるヒモの定義なんてどうでも良いんだよ。お前がやってたら屑だってことには変わりねえんだから。今、重要なのはそこじゃねえ」


 ディンは「ひ、ひどい」と泣き真似をしていたが、当然、その場にディンを慰めるような奴はいない。以前、アレクトリに慰められているところなら見たことはあるが。


「ああ、アレクトリにも声をかければ良かったなあ。でも、やっぱりちょっと遠いよね。年齢も近そうだし、僕たちより精神面で力になってくれそうなんだけどな」


 アレクトリの方が、俺たちよりは、フォレッタと年齢も近いだろうしな。

 まあ、物理的にそれが無理だろうってことは、ディンも分かってはいるんだろうが。


「そろそろ、行きましょう。あんまり遅くなるわけにもいかないですし」


 リオンがそう言って立ちあがり、クレデールとディンは玄関へ、俺はキッチンのシンクへ、そしてリオンは洗い物を運んできてくれた。


「ありがとな、リオン」


「これくらいは当然です。本当なら、片付けも私がしたかったのですが……」


 客人にそこまでさせるわけにはいかねえよ。

 あのバカふたりに比べりゃ……いや、比べるのもリオンに失礼か。


「ところで、イクス先輩。今日もクレデールさんと一緒にいるんですね」


 あれ? とっくに気付いていたか、ディンには話してあったから聞いてるもんだと思っていたんだが。


「そりゃ、クレデールは夏の間、うちに滞在することになってるからな」


「へえ、そうだったんですね。それなら、クレデールさんでも安心――って、ええぇっ!」


 驚くのがふた拍くらい遅えよ。

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