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夏季休暇 19

 ◇ ◇ ◇



「――っ、あのガキ、今度見つけたらただじゃおかねえぜ」


 帰る道すがら、俺は拳を反対の手のひらに撃ちつける。

 クレデールと合流したことで、かなり訝しがられてはいたが、署までの任意同行を求められるまでには至らず、軽い職務質問だけで済ませて貰えた。

 とはいえ、財布に学生証を入れておらず、第三者であるクレデールが来てくれなければ、今頃どうなっていたことか。

 稽古と実践以外では決して女は殴らねえと決めていたが、あいつだけは別だ。こっちは――社会的なという意味では――生命の危機だったんだからな。

 やられたらやり返す。喧嘩だって、やられてばっかりじゃあ、相手がますます増長するばかりだったしな。

 もっとも、今回の相手はぶん殴ろうってわけじゃねえが。


「ですが、先輩。どうなさるつもりですか? あの子に会うには、結局またここで待つくらいしかないと思うのですが、同じようにしても、今日の繰り返しになるだけだという可能性が高いように思いますが」


 その通りだ。

 おそらく、今日の件で向こうは俺のことを認識したはずだ。それも、自分の邪魔をする敵として。

 単純な力比べでは負けるはずもねえだろうが、社会における立場的には俺の方が圧倒的に分が悪い。今日実践された通り、あんな風に騒がれたら負けるのは俺に決まっているからだ。

 だが。


「だからって見過ごせねえよ。あいつのやろうとしていたことは、立派に犯罪だぜ」


 いくら見た目が初等部女子だとしても。 

 それに、初犯ってわけでもないことだしな。いや、初犯だからって許されるわけじゃねえが。


「先輩は本当に……」


 隣を見れば、クレデールは何だか嬉しそうに笑っていた。

 今の話のどこにそんな風に笑える内容があったんだ?


「何だよ」


「いえ。先輩は本当に、面倒くさい、ストーカー気質ですね」


 こいつ、マジでそろそろぶっ飛ばしてやろうかな。

 俺がそう考えていたことを察したのか。


「先輩。女性は殴らないんじゃなかったんですか」


 クレデールはそんな風に言ってくるが、なにも殴るだけが能じゃねえ。

 それに。


「子供にだって、躾はするだろう。犬なんかのペットだって同じことだ」


 だが、まあ、今日のところはこいつに助けられたことは事実なので、拳は収めることにした。

 とはいえ、このままでは何の手掛かりも得られねえ。何とかして、本名くれえは突き止めたいところだが……いきなり名前を尋ねるのは、明らかに不審者だしな。

 そう思っていたら、ポケットのスマホが着信音を鳴らす。

 ディンからだ。


「なんだ。海なら行けねえぞ。今面倒くせえことに巻き込まれていてな」


 正確には、巻き込まれているというより、自分から首を突っ込んだんだが、とにかく、奴を一発、ぎゃふんと言わせねえことには他のことにかまけるつもりはねえ。


「それは、また、エリアス先輩の日程があった日に連絡するよ。そうじゃなくて、頼まれていた、ミルク色の肌と、バラ色の頬、花びらみたいな唇と、折れそうなほど細い手足の、初等部くらいに見える、可愛らしい女の子のことだよ」


 頭が痛くなるくらい余計な情報が過多に盛り込まれていたが、要するに、あのガキんちょのことを調べてくれたらしい。つうか、スマホのカメラ越しにそこまで分かるかよ。そして、相変わらず情報を手に入れるのが早え。

 それはともかく、頼んだ、というより、尋ねたのは、あいつを知っているかどうかってつもりが結構だったんだが。要は期待だな。

 とはいえ、助かることは事実。

 やってることが完全にストーカーだが、敵を知らなければ、逆にこっちがやられる。現に、さっきやられそうになったわけだしな。


「彼女の名前はフォレッタ。フォレッタ・トリス。年齢は9歳の、初等科でいえば、3年生の年頃だね。まあ、彼女は学校には通っていないわけだけど。正確には通えていないかな」


 ディンの語ったあのガキ――フォレッタの情報は、クレデールの推測とも被っている部分があった。

 どうやら、両親はすでに他界していて、身寄りは祖母だけだが、その祖母は今、病気で入院中らしい。つまり、天涯孤独、とは言えねえが、ほとんどそれに近い状況ってことだ。


「先輩。もしかして」


「ああ。おそらく、生活費だな」


 ディンの言う通りであるならば、バイトとしてでもフォレッタを雇ってくれるところは皆無だろう。

 年齢が低すぎるってのもそうだが、学校にも通っておらず、保護者たるべき祖母は入院中。いくらなんでも、そんな子供を雇ってくれるところはねえだろう。

 それで、生活費を稼ぐために考え出したのが、ああやってタクシー代だと詐欺をすることなんだろう。

 もちろん、他にもある、つまり、出現場所がここだけであるとは限らねえわけだが、それは居合わせてみねえと分からねえ。


「だが、それなら頼れるところはあるんじゃねえのか?」


 身寄りのない、生活力の乏しい子供を保護してくれる施設はどこかにあるはずだ。

 あんな詐欺まがいのことをせずとも、頼ることのできる大人は……例えば、児童養護施設とか。


「それだと、ここから離れてしまうから、なのかもしれません。離れてしまえば、ただでさえ遠い病院が、さらに行き辛い場所になってしまいますから」


 それから、とクレデールは続ける。


「大人には――他人と言い換えても良いかもしれませんが――頼りたくないという事情、あるいは信念のようなものがあるのかもしれません」


「それはもしかすると、過去に大人と、いや、今までの話を考えると両親か、それにかかわる話の中で、何かあったかもしれねえってことか?」


 あの年で、そんな覚悟を持つほどの事なんて何があるんだ?

 クレデールは首を横に振り。


「わかりません。そもそも、今までのことは全て状況から考えた憶測でしかありませんし、あまり想像で語り過ぎるのも、変な先入観を持つことになって良くないと思うので」


 これ以上は、直接あのガキ、いや、フォレッタから聞き出さなきゃならねえってことか。


「先輩。とりあえず、件の病院に行ってみましょう。フォレッタさんのお祖母さんからお話しをうかがえるかどうかは分かりませんが、看護師さんからならば、少しくらい事情をうかがえるかもしれません」


 おそらく、フォレッタは1日1回以上は病院に顔を見せているだろうというのが、クレデールと、それからディンの一致した見解だった。


「僕もすぐに行くから、イクス達は家で待っててくれるかな?」


 どうせ俺たちも買い物の荷物を置きにいかなきゃならねえところだったしな。

 俺は了承して電話を切ると、クレデールと一緒にうちへ向かって走り出した。ディンが来るまでには時間はかかるだろうが、なんだか、じっとしてはいられない気分だったからだ。

 それに、解決できるんなら、早いに越したことはねえだろう。これ以上の被害者を出さないためと、フォレッタの犯罪まがいを止めるためにもな。


 

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