夏季休暇 14
◇ ◇ ◇
夕方。
プールを十分に楽しんで疲れたのか、帰りも送ってくれるというディンの家の車の中で、女子組は肩を寄せ合って、静かに眠ってしまっていた。
まあ、あれだけはしゃげば当然と言えるのかもしれねえ。俺やディンより学年もひとつ下なことだしな。
「みんなぐっすりだね」
ディンはそんな寝顔を観賞しながら、嬉しそうに微笑んでいる。
まあ、それだけこいつらが皆と一緒のプールを楽しめたってんなら、それは良かったことなんだろう。
「ディン。俺からも礼を言う。こうして一緒に遊んだりするのも悪くねえな」
今日は楽しかったと礼を告げると、ディンは驚いたように、数度瞳を瞬かせた。
しかし、すぐに今まで以上の微笑みを浮かべ。
「友達と遊ぶときにいちいち礼を言うのかい、イクスは。いいんだよ、そんなの。僕だってとっても楽しかったからね」
また遊びに行こう、とディンはスマホで予定らしきものを確認し始めた。
「とりあえず、夏季休暇中にもう一度、ここの期間に泊りがけで出かけないかとエリアス先輩に誘われているんだよね。もちろん、それ以外でも、僕が好きな時にきみのところに遊びに行こうと思っているけど。リオンやクレデールさんも一緒に」
などとディンが言うので、俺はどう答えたものかと逡巡した。
まだディンには、それからリオンにも、クレデールが夏季休暇中うちに泊まることは告げていねえ。ディンはなんだか察しているような雰囲気はあるが、今朝、クレデールがうちにいたのだって、俺があらかじめ迎えに行っていたくらいに思っているという可能性は十分にある。
もちろん、報告しなきゃならねえ義務はねえが、帰りにクレデールをどこでおろすのか、あるいはどこまで送ってもらえるのかという問題がある。
「あー、そのことと関係しているんだが、実は、夏季休暇中、クレデールはうちで過ごすことになっていてな」
クレデールには悪いと思ったが、俺は告げてしまうことにした。
年頃の男女が同じ屋根の下で長期間一緒に暮らすことに、一般的に考えると、世間的に問題があるようにも思えるが、ディンは女の不利になるような事をやたら滅多ら吹聴するような奴じゃねえし、俺自身、やましい気持ちからそう言いだしたんじゃねえから、問題はねえはずだ。
「ふーん。そうだったんだね」
「意外と驚かねえんだな」
「うん。だって、そうなると思っていたからね」
今度は俺の方が驚く番だった。
一体、どうしたらそんな想像に行きつくんだ?
「それは、僕の方がきみについて、きみよりよく分かっているということかな」
そんなわけのわからねえ前置きをしてから、真面目な表情を作り。
「イクス・ヴィグラードは、困っている人を見かけたら、なんだかんだといいつつ手を差し伸べてしまうくらいには情が深く、多少、直情的なところはあるにせよ、一度決めたらとことんまでやるような人物だというのが、今回の件、ああ、クレデールさんに関わる範囲で言えば、僕がきみに対してしている評価だよ。だから、クレデールさんのことを、きっと、夏季休暇中も放ってはおかないはずだと思っていたんだよね」
つまり、ディンはクレデールの両親が夏季休暇中もほとんど家に帰らないってことをあらかじめ知っていたってことか。
噂の出所は……詮索する事じゃねえな。
「そんな顔しないでよ。僕は褒めているんだよ。いや、嬉しく思っていると言った方が良いのかな。きみがそういう風に他人と関わっていることをね。以前は人とのかかわりといえば、喧嘩ばっかりだったきみが、普通の学生と同じように、いやそれ以上に仲良くやれるようになったのは、とても素敵なことだと思っているんだよ」
「大きなお世話だよ」
俺は黙り込んで窓の外へと顔を向けたが、窓ガラスに反射するディンの顔は、形容しがたいほどにとろけそうな笑みだった。
「照れなくてもいいのに」
「夕日のせいだろ」
そう答えると、堪えきれないというようにディンは吹き出して笑い始めた。
「イクス。今度は海に遊びに行こうよ。浜辺で夕日を受けながら追いかけっこをしたり、綺麗なお姉さん方に声をかけに行ったり、水着が流されたハプニングで抱き着かれたりしに行こうよ」
エリアス先輩にも誘われているしね、とディンは朗らかに笑う。
どうやら、こいつは相当、エリアス先輩と一緒に出掛けることを楽しみにしているらしい。
「いや、最初の奴は普通にやればいいけどよ、後のふたつはおかしいだろ。海でやることつったら、浜辺を走るとか、遠泳するとか」
いや、それだと鍛錬になっちまうな。
ナンパやらハプニングやらには賛同できねえが、出かける事自体は、俺も楽しみではある。
「海に遊びに行くこと自体は賛成してくれるんだね」
「ん? ああ。楽しそうだしな」
俺が賛同すると、ディンは、じゃあ、また水着を買いに行こうね、などと何でもなさそうに言う。
「いや、水着は今日使ったのがあるじゃねえか」
そんなに早く、数日程度でサイズが変わったり、破れたりはしねえはずだ。
「いや、イクス。女性の胸を大きくする方法には諸説あって、その中でも手っ取り早くできる方法っていうのは――冗談だよ、冗談」
俺が目を細めると、ディンは笑いながら顔の前で両手を振った。
まったく。
ちょっと油断するとこれだよ。
直前まで、少しはいい話をしてたと思ったら。
「でも、水着を買いに行こう、いや、水着じゃなくても、ショッピングに行こうっていうのは、本気だよ。今日見たのと違う水着姿も見てみたいし、女の子たちが楽しそうに買い物しているところも付き合ってみたいだろう?」
別にそんな風には思っちゃいねえが、まあ、ディンやリオン、それにクレデールがショッピングに行きたいってんなら、それに俺も付き合っていいというのであれば、付き合ってやるのもやぶさかじゃねえとは思っているけどな。
これもディンから以前聞いた話だが、女子ってのは買い物好きな生き物らしいしな。
「その認識はちょっとどうかと思うけど……まあ、きみがやる気になってくれて嬉しいよ。きっとその方がクレデールさんも嬉しいだろうしね」
「はあ? 何でクレデールが出てくるんだよ」
「分からないなら、今はそれでもいいんだよ。気づく過程も重要だと思うし、僕が教えていい事でもないからね」
何だかよく分からねえ話をしているうちに、車は停まっていて、それはつまり、うちにたどり着いたということを意味していた。
帰り道の都合上、うちの方がレンシアの道場より近いからな。
「レンシアさんのことは僕が責任をもってお送りするよ」
「悪いな」
俺は一端、車を出て、最後部の座席の横の扉を開き、ほかのふたりを起こさないように声をかける。起こしても良かったんだろうが、疲れて寝ているんだろうから、そのままにしてやった方が良いだろう。
「クレデール。おい、起きろ。着いたぞ」
まさか、俺に抱っこでもして運ばせるつもりじゃねえだろうな。
「……ん、先輩。おはようございます」
「朝じゃねえ、夕方だ。とにかく荷物を持って出てこい」
車を出たクレデールは、大きく伸びをして、また服がめくれて白い腹と背中が見えていた。
まったく、少しは人目を気にしろってんだよ。
「ディン先輩。ありがとうございました」
「ううん。大丈夫だよ。イクスと仲良くね、クレデールさん」
またね、と言い残し、ディン達を乗せた車は去ってゆく。
少しは名残惜しい感情もあったが、まあ、どうせすぐにまた、会おうと思えば会えるしな。
俺はクレデールの分の荷物も持って、家の中へと向かった。




