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夏季休暇 13

 ◇ ◇ ◇



「イクスのあだ名なんてたくさん知ってるよ。『赤い髪の悪魔』とか、『鮮血の悪王』とか、『シュレールの狂犬』とか。どれもセンスがいまいちで、僕としてはぴんと来なかったから、イクスには言わなかったけど」


 昼飯にしようと座った丸テーブルで、ディンは指折り数えながら「他には何があったかな」と顎に手を当てた。


「まあ呼ばれてたのは中等部の頃だけだったけどね。正確に言えば、僕が知っているのが中等部の頃までのものってことだけど。まあ、それは置いといて、懐かしいなあ。久しぶりに聞いたよ」


 中等部って、そのころはまだ俺はディンと知り合ってねえぞ。

 にもかかわらず、知っているってことは、要するに、中等部全体、あるいは噂の出所から考えて、うちの学院から俺の家のある所の範囲まで、もしくはディンの家の範囲まで広まっていたってことじゃねえか。


「女の子たちが怖がっていたし、避けてる様子だっから声をかけられなかったんだけどね。てゆうか、見にも行けなかったし。今思えば、声をかけていれば、今頃イクスもモテモテで、女の子たちとデートなんかも一緒にできたのにね」


 ディンはさらりと言うが、今の自分の台詞を加味したうえで考えれば、それは不可能だとすぐに思い当たらねえもんかな。

 つうか、そんな未来、これっぽっちも想像できねえ。


「それで? 僕たちとはぐれてふたりきりだった間、他には何があったの? ハグしたり、キスしたり、背中に乗ったり、日焼け止めを塗ったりした?」


「どれもしてねえよ」


 それはお前がしたいことだろうが、とまではさすがに言わず、俺は自分のカツカレーを口に運んだ。

 施設内の売店で買ったものだ。朝は弁当まで作ってる時間がなかったからな。

 寮やら自宅で作るときより少しばかり甘口に感じられ、俺としてはもっと辛くてもいいくらいだった。まあ、ここは大衆向けのレジャー施設で、辛さを選べるわけでもなく、子供にも食べやすいようにしているんだろう。かといってタバスコを入れる気にはならなかったが。


「それにしても災難だったわね。ちょっとはぐれた間にそんな風に絡まれるなんて」


 大丈夫だった? とリオンが尋ね、さっき俺に言っていた言葉をクレデールが繰り返したところ、ディンとリオンとレンシアの3人は、額を寄せ合って何やら内緒話を始めた。


「どう思う、ディン」


「イクスのことだから、そのまんま、ただクレデールさんが困っているみたいだったから仲裁に入っただけだと思うよ。僕としては……もう少し、イクスには頑張って欲しいところだけど」


「せめてあたしがはぐれなければ。そうすれば、イクスとクレデールさんをふたりきりにさせることもなかったし、ディンさんとリオンさんをふたりきりにして差し上げられたのに……」


 つうか、そんなナンパだのなんだのよりも、重要な話がある。

 むしろ、ここへ来たからにはこっちが本題だ。


「それで、ディン。聞いときてえんだが、本来、プールってのは遊びに来て、どうするもんなんだ? クレデールもこんな風に知り合い――友達と一緒に来たのは初めてらしくて、俺たちふたりでいてもよく分かんなかったんだよな」


 このままだとマジで鍛錬するくらいしかねえぞ。

 せっかく遊びに来ているんだから、それだけじゃあ味気ねえ。


「さっきクレデールとレンシアがやってたみてえに、競泳っぽいことでもしてりゃあいいのか? それとも遠泳か?」


 そう言うと。


「イクス。あなた、よく父上に反論できたわね……」


 レンシアに呆れられてしまった。 

 たしかに、鍛練じゃなく、遊びに行くんだと啖呵は切ったが……仕方ねえだろうが。俺だって初めてなんだよ、こんなことをしてんのは。

 ディンは少し考えてから、手を合わせ。


「遊ぶのなんてどうやったってできるけど……ビーチボールなんかは持ってきてないから、鬼ごっことかにする? プールの中でやるんだよ。流れるプールとかが広くていいかな」


 鬼ごっこねえ。

 いや、対案があるわけじゃねえし、俺が気にし過ぎなんだと思うが。


「先輩? 難しいお顔をされていますが、どうかしたんですか?」


 クレデールが俺の方を振り向き。


「イクスは友達がいなかったから、鬼ごっこのルールを知らないんじゃないの?」


 レンシアがそんなことを言いながら笑う。

 失礼だな。俺だって、鬼ごっこのルールくらいは知っている。

 たしかに、今までやったことはねえが、見たことならあるぞ。


「先輩……」


 何故かクレデールに同情的な目で見られたが、お前だってやったことねえだろ。


「私は幼稚舎や小学校に通っていたころにやったことがありますから」


 クレデールが若干自慢気にそう言ったのを聞いて、俺はむしろ安心した。

 こいつにも、友達がいたころはあったんだな。

 むしろ、中学に通っていた時期が異常だったってことか。まあ、思春期だし、あのイカれ野郎がいたんじゃな。


「僕も」


 クレデールに、ディンも賛同する。


「あら、ディンは今だって女の子のことを追いかけてばかりじゃない」


 リオンがそう皮肉を飛ばすが、


「そうだね。だって、かくれんぼはリオンが泣いちゃうからできなかったし」


「はあ? 何言ってるの?」


 急に話が変わったことにも気付かないほど、リオンは焦ったようにディンに詰め寄るが、その場にディンの口を遮るような奴は、もちろんひとりもいなかった。


「ほら、幼稚舎の頃、初めてリオンがうちに来た時に、リオンが『探検よ』ってうちで探索がてらの探検をしたことがあったでしょう? 色々部屋を回って、父の書斎でちょっと迷子になった時に」


 その時のことを思い出したのか、それとも忘れてなどいなかったのか、リオンが横から慌ててディンの口を塞ぐ。

 ディンはまだ語りたそうにしていたが、リオンがあまりにも必至な目をしていたため、俺たちもそれ以上聞くことはできなかった。


「リオンさんも可愛らしい頃があったんですね」


「クレデールさん? 何か言いたいことがあるならはっきり言って」


 いいえ、とクレデールが微笑み、リオンは拗ねたように唇を尖らせた。


「もう。やるなら早くやりましょう」


 リオンに促され、結局、直前の俺の気がかりは解消されなかった。

 まあ、女子組が気にしてねえならそれで構わねえんだけど。

 そして、案の定。


「じゃあ、初めはイクスが鬼だね」


 流れるプールについてから行ったじゃんけんでは、俺がひとり負けし、最初の鬼役を引き受けることになった。

 皆が逃げるまで十数え。


「お前ら、後からセクハラとか訴えんじゃねえぞ」


 俺も追いかけっこを開始した。

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