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夏季休暇 12

 こんな風にプールに遊びに来たこと自体が初めてなんだから当たり前だが、流れるプールというところにも初めて入った。 

 ははっ。

 こんな風になってんのか。

 入ろうと足を差し入れた時から引っ張られるように流される感覚はしていたが、実際に腰までつかってみると、水圧が結構強く、押し流されそうになる。

 なるほどな。

 師匠の言う通り、これはたしかに鍛錬になるかもしれねえ。

 

「先輩。なんで流れに逆らって歩き出しているんですか」


 足腰を鍛えるのに丁度良いと、流されるのとは逆方向にゆっくりと踏みしめるように歩き出した俺の腕を、クレデールが引っ張って止める。

 

「なんでって、そっちの方が鍛錬に――いや、そうだったな。今日は遊びに来たんだったな」


 俺も師匠のことは言えねえか。

 けど、こんな風に女子と遊びに来るのなんて初めてだから、どうしたらいいのか分からねえんだよなあ。


「ん? そういや、ディンはどこ行った?」


 辺りを見回してみたが、人が多すぎるってのもそうだが、ディンと、それからリオンとレンシアの姿も見えなくなっていた。

 まさか、はぐれたか?


「おい。これ、一端、戻った方が良いんじゃねえか?」


 場所は特に決めてねえから、はぐれた場合、おそらくは最初の合流地点に集まることになるんじゃねえかと思うが。


「大丈夫ですよ。ディン先輩も、リオンさんも、それからレンシアさんも、多分一緒にいらっしゃいますし、お昼ごろにまた合流しようと考えているはずです」


 まあ、たしかに、クレデールの言うことも一理ある。

 この広く、人の密集しているプールの中で、はぐれるのはそう珍しい事じゃねえだろう。

 そのたびにわざわざ集まり直していたんじゃあ、時間の無駄以外の何でもねえ。


「そうだな。わざわざ迷子の呼び出しをするのも面倒だし、こっちはこっちで適当にしてるか」


 とはいえ、困った問題もある。

 

「なあ、クレデール。普通、こういうプールで遊ぶっていったら、どういうことをするもんなんだ?」


 来たことねえからわかんねえんだよな。

 財布は置いて来たから、買い食いして歩くってわけにもいかねえし。

 周りを見てみると、巨大な浮き輪に乗って押したり押されたりしていたり、水を掛け合ったり、背中に乗せたり、乗ったりしているが、ああいう風にするのがここでの普通の遊び方なのか?


「私もよく分かりません。先輩と同じで、私も初めて来ましたから」


 初心者同士がふたりで迷子って結構ハードだな。

 しかも、このプール、施設内は結構広い。にも関わらず、当然、連絡手段はねえ。いや、迷子の呼び出しならばあるが。


「あー、じゃあ、まあ、とりあえず、近いところから入ってくか」


 向こうが俺たちを探しているかもしれねえという申し訳なさはあるが、もし単純にはぐれただけというのであれば、この流れるプールに入って回っているというのも、悪くはねえ選択肢だ。

 この流れるプールは、構内を一周網羅する、とまではいかねえが、かなりの長さになっていて、ここを流れつつ、目に付いたプールに入って遊ぶようにしていけばそのうち会えるかもしれねえ。

 しかし、このままクレデールともはぐれるという事態になるのは避けてえな。かといって、ずっと手を繋いでいるってのもあれだしな。

 そういや、今はいてるこの水着って、ポケットが付いてたな。落とさないよう、ファスナーが付いてるやつ。


「クレデール。ちょっと、待っててくれるか?」


 こいつまで迷子になったら困るし、ひとりで動かないよう、くれぐれもと言明してプールサイドに上がり、更衣室への入り口にクレデールを待たせながら、俺はロッカーへと戻り、財布から小銭をいくらか取り出し、水着のポケットに納める。

 これなら、途中小腹がすいたり、喉が渇いた時にも、わざわざここまで戻ってくることなく、その場で飲み物やら、食事やらを調達できる。

 時計を確認すれば、そろそろ昼どきだしな。

 そして、出がけに見かけた自販機で飲み物を買ってから戻った時、仕方がなかったとはいえ、やはりクレデールをひとりにするべきじゃあなかったと思い知らされた。いや、思い起こさせた。


「ねえ、いいじゃん。ちょっとだけだからさあ」


「きみみたいにかわいい子を放っておいてどっか行っちゃうような奴なんて置いといて、一緒にいいことして遊ぼうよ」


 最近、そんな現場にあってなかったし、いつもは学院にいたり、外にいる時でも大抵隣にいたから忘れていたが、クレデールは大層モテる奴だ。

 今はかなり落ち着いているが、入学直後は下駄箱やらにラブレターが入っていることあり、最初に会った時にも、よく知らない、というより、初対面の通りすがりにナンパされたりした。

 たしかに、クレデールは長い銀の髪も、整った目鼻立ちも、プロポーションも、どれをとっても美少女と表現するに躊躇いのないような奴で、話しかけづらいオーラを出してはいても、このプールのようなある種開放的にさせるような空間では、そういう風に声をかける輩が出てきても不思議ではない。


「ですから、先程から申しています通り、ここで人を待っているんです」


 あしらうのも面倒くさいというように、溜息をつくクレデール。


「いいね、その塩対応」


「いいじゃん、俺らも一緒でも。人が多い方が楽しいよ」


 そんなことを言いつつ、ナンパ男たちはクレデールに手を伸ばす。

 これは、早めに連れ出さねえと、後から小言を言われそうだな。


「クレデール。悪いな、待たせた」


「先輩」


 クレデールは、俺が声をかけた瞬間には顔を輝かせたが、絡んできていたナンパ男たちがこちらを向くのと同時に、遅いですよと言いたそうな視線をぶつけてきた。

 いや、遅くはねえだろ、普通だよ。

 つうか、こんな短い間でナンパされるなんて思わねえだろ。いや、思っていたとして、クレデールを男子更衣室に連れて入るわけにはいかねえから、結局同じことだろうが。


「なんだお前は。この子には俺たちが先に声かけてんだよ」


 だから遠出はしたくねえんだよな。絡んでくる奴が増える。

 

「いや、直前の会話で分かれよ。そいつは俺の連れだってんだよ」


 これ以上面倒くさいことになるのも避けてえな。

 とばっちりで強制退場なんかさせられたらシャレにならん。

 しかし、経験上、こういうタイプはふたり以上、集団でいると気が大きくなって、多少睨みを利かせただけじゃあ、消えてくれねえんだよな。


「イクスー」


 どうすっかと思っていたところで遠くから声が聞こえてきて、振り向けば、ディンとリオン、それからレンシアが飲み物を片手に歩いてきたところだった。


「イクス? イクス・ヴィグラードか?」


「あの、シュレールの異端児の?」


 なんだその名前。

 勝手に人にあだ名をつけんじゃねえよ。

 たしかに、俺はシュレールの中じゃあ、優等生って振る舞いはしてなかったかもしれねえが。

 つうか、そんな名前が付けられるとしたら、中等部時代ってことだろ? よくそんなの知ってたな。

 それから、クレデール。お前は吹き出しそうになってんじゃねえよ。

 そして何より、今はそのあだ名というか、悪名が便利だってのが気にくわねえ。


「す、すまん、いや、すみません。あんたの彼女だったとは知らずに」


「はい。俺たちはもう消えるんで」


 俺の彼女じゃねえ、と訂正する前に、そいつらは滑りやすいプールサイドをそそくさと駆けて逃げていった。

 

「クレデール。大丈夫だったか?」


 問題ないことは見ていて分かったが、まあ、気分の良いもんじゃねえだろうってのは予想できた。


「――はい。先輩がすぐに来てくださったので、大丈夫でした。ありがとうございます」


 しかし、クレデールはとりあえず普通そうだったし、大丈夫だろう。

 見たことのなかった、あるいは何かに照れているような顔を浮かべていたのは気になったが。まさか、あいつらにナンパされて、ってことでもねえだろうしな。



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