寮の住人達 6
◇ ◇ ◇
学生寮の風呂は1階にあるひと部屋だけだ。
大きさとしては、例えば俺たち男3人であっても、並んで足を延ばすことのできるだけの広さはあり、時間の短縮や、ガス、水道、電気代の面から考えても、全員で一緒に入るのが効率的だという考えには、俺も賛成だった。
まあ、1年の男子生徒にも新入寮生がいて、もっと大所帯になっていたら流石に順番を分けるべきだったのだろうが。
すこし熱いくらいのお湯に、俺たちは並んで汗を流していた。
「それにしても、今年は良かったなあ。あんなにきれいな、可愛い子が許嫁なんて、羨ましいじゃねえか、ディン」
セリウス先輩がしみじみと呟く。
「本当に。僕にはもったいない人ですよ」
答えるディンの方も、やたらと実感が込められていた。
「明日は晴れるといいな」
セリウス先輩が風呂場の窓を見上げる。
明日は、俺たちは休みだが、新入生にとっては一大イベントである入学式が控えている。
「クレデールも、リオンも、明日は注目を集めることだろうな」
セリウス先輩の言うように、ふたりとも、容姿の面では飛び抜けている、と思う。
俺があまり周りに興味を持っていなかったからということも多分に関係しているのだとは思うが、同学年、あるいは、去年同じクラスだった女子生徒と比べてみても――失礼とは思うが――やはり、ひときわ目立つように思う。
もちろん、新入生に限らずに言えば、エリアス先輩も人目を引く存在であることは確かであり、入学式よりも後に入寮の申請があれば、もう少しは増えていたんじゃねえかとも思える。
そんなに簡単なものでもないが。
「それはそうと、もしかして、ディン。お前はあの許嫁と一緒に風呂に入ったこともあんのか?」
セリウス先輩が、かなり重大な秘密でも尋ねるかのように、声を潜める。
「そうですね……小さい頃――初等部以前ならば。残念ながら、最近はありませんが」
ディンは、そう言って肩を竦める。
残念ながら、じゃねえよ。
いや、たしかに残念なのかもしれんが……って、違う。
しかし、俺が疑問を呈するよりも、セリウス先輩が悪だくみを口にする方が早かった。
「そうか。そういえば、ディン、洗濯機は確か丁度この裏だったな」
俺だって男だ。
ディンがピンと来たような表情を作るのとほぼ同時に、ふたりが何を考えているのかは理解できた。
「先輩。一応、言っておくが、覗きは犯罪だぞ」
立派な(犯罪に対して立派なという言い草もおかしなことだが)痴漢行為に抵触する。
流石に同じ寮生の同性から犯罪者が出たのでは、居心地も悪い。
そう思って、俺は牽制したのだが。
「分かってねえなあ、イクス」
聞き分けのない子供を諭すような口調で、肩を組んできたセリウス先輩は、俺に言い聞かせる。
「そこに求めるロマンのふくらみがあるんだぜ。むしろ、出かけない方が失礼だとは思わないか?」
いいや、全く。
少しも思わねえ。
つうか、ふくらみとか言ってんじゃねえよ。もうそれは完全にセクハラ以外の何でもねえよ。
いや、具体的に何とは明言しないが。
「探求とは、つまり未知への好奇心だよ。人類の文化はそうして発展してきたんだ」
ディンも、壮大な夢であるかのような口調で俺を引き込もうとしてくる。
お前は許嫁がいる身分で何を言ってんだ。
もっと自分の許嫁を心配しろ。
俺が言うことじゃないんだが、俺が言わなけりゃあこの場にはストップ役がいないので仕方ない。廃寮とかになっても困るしな。
「イクス。それは、もちろん僕だって、彼女たちの嫌がることを積極的にしたいわけじゃないよ。ただ、たまたま、僕たちが洗濯機を回しに行く時間が、彼女たちが生まれたままの姿を晒す時間と被っているだけなんだ」
何言ってやがるんだ、こいつは。
洗濯機があるのは、丁度この風呂場の裏側だし、たしかに、俺たちはこの後、洗濯物を回しに行くが。
「普段、洗濯物なんて、切羽詰まってないと回さないくせに何言ってやがる。エリアス先輩ほどじゃねえが、そっちの部屋も大概だと知ってんだぞ」
流石にあそこまでひどいことはないが、ディンの部屋を訪ねた際、隅に色々と積まれているというのは日常的に目にする光景だ。
いつもそれを片付けるように言うんだが、結局、俺の方が我慢できずに洗濯物なんかはたたんでしまう。本人のためにならないと、わかってはいるんだが。
特に、エリアス先輩なんかは、もう少し恥じらいというかを持って欲しいものだと、いつも思う。
あれは多分、面倒くさいというのも本音だろうが、俺の反応を見て楽しんでいるに違いない。もしくは、俺を異性として全く意識していないかだ。
普段の態度からして、異性としてからかわれていると感じる瞬間はあるので、おそらくは予想通りだと思うんだが。
まあ、去年1年のおかげで、不本意ながら、大分耐性が付いた……付いてしまったが。
「とにかくだめだ。聞いちまった以上、俺にも止めなかった責任が生まれる。先輩やお前が白い目で見られる分には一向にかまわない、むしろ、痛い目を見ておくべきだと思うが、すくなくともこれから1年間一緒に過ごすんだから、関係は良好に保つ努力をするべきだろう」
関係性において――あるいは何事においても――初めが肝心だということは、俺は身をもって体験している。
しばらく説得して、ようやく、一応は2人とも納得してくれたようだった。
「仕方ねえな。じゃあ、枕投げくらいで手を打っておくか」
セリウス先輩は、何か、含みのありそうな笑顔で俺の方を見るが、真意は分からなかった。しかし、覗きよりは、かなりマシだろう。
「同意がとれればいいんじゃねえか」
これから一緒に暮らす寮生同士のコミュニケーションは必要だというのは理解できる。
とはいえ、覗きとの落差が激しすぎるだけで、本当はこんな時間に女子の部屋を訪れるのが正しいのかどうかは分からない。
異性どころか、同性の友達すらいたことがないからな。
俺としては、風呂に入った後に運動するのはどうかと思うので、カードくらいが丁度良いんじゃねえかとも思うが。寝転がってやることもできるし。
「合意の上ってやつだね」
ディンが良い笑顔で言っていたが、俺はそれを無視した。