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夏季休暇 8

「イクス。せっかく女の子たちが薄布1枚だけを身にまとった姿で、その眩しい肌を僕たちに見せつけてきてくれるというのに、その機会をわざわざ逃すというのは、彼女たちに対して失礼なんじゃないかな」


 なんだ間違い電話か。

 せっかくの夏季休暇、いや、夏季休暇だからこそ、この暑さで俺の目や耳も、幻覚や幻聴を引き起こすほどおかしくなっちまったらしい。

 もう、今日はあれだな、大人しく家に籠って課題でもやってた方が良いな。

 その日。

 朝方、道場での修行を終えて戻って来て、朝食を食べた後に、客間でクレデールと一緒に夏季休暇の課題をこなしていると、そんな間違い電話がかかってきた。

 まったく、ディンの名前が表示されてたから、思わずとっちまったじゃねえか。最近の間違い電話ってのは手の込んだことをするもんだ。

 そう思っていると、再びスマホがメロディを奏で、通知を知らせてくる。

 

「……先輩。出なくていいんですか」


「……分かってるよ」


 仕方なく、俺はスマホを手に取ると、通話のアイコンをタップした。


「……もしもし」


「ひどいよ、イクス。たった数日会わないだけで僕の声まで忘れたっていうのかい?」


 電話の向こうでディンはわざと大仰な口ぶりで嘆いている。

 聞き間違いでも、見間違いでも、なんでもなく、電話の相手はディン本人だった。

 

「忘れたわけじゃねえよ。相手すんのが面倒くせえと思っただけだ」


「イクスー、プール行こうよ、プール」


 俺の言葉など意に介さないように、ディンは要件を伝えてくる。

 まあ、たしかに、休みに入る前に、そんな話はしていたな。


「リオンでも誘えばいいんじゃねえか?」


「もちろん、リオンも一緒だよ。だから、イクスはクレデールさんを誘ってよ。どうせ今日も会うんでしょう?」


 確信しているような言いざまだ。

 会うっつーか、まあ、それどころじゃねえんだけどな。


「なんで俺がクレデールと会うことが前提なんだよ」


「え? だって、クレデールさんの御両親は海外でお仕事中だし、だとすれば、君が毎日クレデールさんのところにお邪魔して、料理やら、洗濯やら、掃除やらの面倒を見るのも当然の流れだと思ってね。クレデールさんの引っ越し先は、君の家からそう離れていない所だし」


 なんでこいつは当たり前のようにクレデールの引っ越し先を知ってんだ。一体、どこからの情報だ。アレクトリか? それとも、学院の名簿でも見たのか?

 だが、残念だったなディン。

 まあ、さすがのお前の女に関する神通力でも、クレデールがうちに泊まっているとは思いもしなかったんだろう。もちろん、更に面倒くさいことになるのは目に見えているので、わざわざ教えたりはしねえがな。


「俺が誘ったって、あいつが首を縦に振るとは限らねえぞ」


「そうかな。僕はクレデールさんが承諾する方に賭けるけど……」


 何を、と具体的なことは聞かなかった。

 それであれば、まだ言質はとられずに済むし、ディンは女のことになると異様に勘が働くからな。


「まあ、水着選びに付き合った身としては、クレデールさんの水着姿も是非ともこの目に焼き付けたいから――痛い、リオン、ちょっと、引っ張らないで」


 どうやら、電話の向こうにはリオンも一緒にいるらしい。

 お前らだって、人のことは言えねえくらいに十分仲がいいじゃねか。

 そう言ってやりたかったが、言ったところで、ディンには大してダメージにはならないだろうし、むしろ惚気るだろうということは予測できたので、何も言わずに黙っていた。


「もしもし、イクス先輩ですか」


 どうやら、ディンからスマホをひったくったらしく、リオンの声が聞こえてくる。


「ディンの言い分はともかく、私もクレデールさんとは一緒に遊んでみたいと思っていたので、先輩からも誘ってみてはいただけないでしょうか? 先輩から誘われたら、クレデールさんもきっと承諾してくれると思うので」


 その後、もちろん私からも誘いますと付け加えてくる。

 リオンも、ディンも、その俺の対クレデールに関しての交渉に対する謎の信頼は何を根拠にしているんだ。まさか、寮での世話焼きか?

 

「……分かった。確認取れ次第、俺から連絡するから」


「ありがとうございます、お願いします」


 俺が通話を切った直後、今度はクレデールの方のスマホが着信を知らせるべくバイブレーションを起動させる。

 俺たちは苦笑めいたものを浮かべ合いながら、クレデールがペンを止めてスマホを取る。


「はい」


「もしもし、クレデールさん? リオンです」


 この距離だ。もちろん、リオンの声は通話口から漏れて俺のところにまで届いてくる。

 先回りしてクレデールに事情を話しておこうって算段か。

 

「どうかしましたか、リオンさん」


 あくまでクレデールは、この場には俺はいないという設定で話しを進めている。

 おそらく、というよりはほぼ確実に、クレデールが俺のところに泊っているなんてことが奴らに知られたら、面倒なことになる。


「あの、もし良かったらなんだけど、一緒にプールに行かない? ディンが行きたいみたいだから、普通の公営のプールだけど」


 公営じゃねえプールがあんのか。

 まさか、自分とこの屋敷の敷地内に丸ごとプールが収まってるってんじゃねえだろうな。


「もちろん、クレデールさんが望むのなら、うちか、ディンのところのプールでも構わないけれど」


 どうやら、それもあるらしい。

 しかし、ディンが外に出かけることを希望している。

 まあ、ディンの思惑なんざ見て取れるな。公営のプールに行けば『薄布1枚の女の子たち』がたくさんいるだろうしな。


「……お任せします。私、友人とプールに出かけたことなんてありませんから」


「……だったら、イクス先輩には悪いと思うけれど、イクス先輩がいれば大丈夫だと思うから、最初は公営のプールに行きましょうか」


 それからしばらく話していて、話がまとまったらしく、クレデールがスマホを耳から離す。

 さて。

 クレデールの意思はすでに分かっている。

 反対したりはしないだろう。

 しかし、今すぐにディンにでも、リオンにでも、確認を取ったという連絡を入れてしまえば、俺がクレデールと、それだけ短時間に連絡を取り合える場所にいたということがばれてしまう。

 リオンからの先回りがあったとはいえ、それだけスムーズ過ぎると、変な疑りを持たれかねねえ。

 そう考えて、リオンとクレデールの通話が終わってから、5分ほどしてから、俺は最初にリオンのところへ、それから続けてディンのところへとかけ直した。どうせ、一緒にいることはわかっていたんだが、まあ、誤魔化すためというか、形式上というか。


「ほら、僕の言った通りだろう」


「わかったわかった。すげえすげえ」


 自慢げなディンを適当にあしらうと、クレデールさんによろしくとしっかり言い残し、ディンは弾む声で通話を切った。

 俺はスマホを置き。


「そんなわけだ。悪いな、付き合わせることになっちまって」


「いえ、構いません。元々、買い物に行った際にそのような話は聞いていましたし、私も先――プールで運動するのも悪くないと思ていましたから」


 クレデールは一端、手元のノートから視線を上げて、そんな風に、いつもの澄ました顔で言い切った。


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